**未来への予約**

 

prologue

 

ベッドランプの淡いオレンジ色の光のみがぼんやりと照らす薄暗いホテルのベッドの中で、絡み合う二人の荒い息があがる。

甘い愛の言葉をささやき、睦み合う小さな声。

あまり上等でないスプリングの軋む響き。

二人の動きに共鳴するような、シーツの奏でる衣擦れの艶めかしい音。    

 

「俺と一緒に暮らしてくれないか?」  

甘い饗宴の後、乱れる吐息を整えるために、枕に顔を押しつけて俯いていた俺の肩に口づけながら白澤が言った。

これって、こいつ特有のピロトーク なのか?   

僅かに枕から顔を上げて横目で伺うと、目の前にやけに真剣な白澤の眼差しがあった。

まいったな・・・・  

何も聞こえなかったふりをして、振り向きざまに尚も掻き口説こうとする白澤の口唇を塞いだ。  

そろそろ潮時か・・・

こっちの相性は結構良かったのにな。

馬鹿な奴だなマジになりやがって・・・

俺が自分のボスの愛人だって知ってるくせに、マジになってどうするってんだ?    

「俺、会社やめるよ。
だから二人で大阪か、名古屋、いいや博多でも。ああ、そうか海外でも良いんだよな。
ほんと何処でも未来(みき)さんと一緒なら俺は何処だって・・」  

早々と帰り支度をする俺の横で、ベッドに腰掛けながら白澤は熱い思いを切々と語っている。  

そりゃ、お前は何処だっていいだろうが、俺はあいにく東京(ここ)が気に入ってるんだ。

冷たく無関心なこの街がね。  

ベッド脇のサイドテーブルに腕を伸ばし、慶吾からクリスマスに貰ったブルガリの腕時計を填めて、

「じゃ、俺は帰るから」  

白澤の頬に音だけのキスをして立ち上がった。  

一人悦になって話し続ける白澤を置いて出ていこうとすると、ドアのノブに手を掛ける寸前に、後ろから強く抱きすくめられた。

「なあ、ボスと別れてくれるんだろ?
そのつもりで俺と寝てくれてるんだよな?」  

俺の髪に頬を押しつけて、さっきとは打って変わった、頼りない声で俺に縋る。

「なぁ、白澤。俺なんかと折角掴んだエリートへの道を天秤に掛けるなんて、愚の骨頂だとは思わないか?
俺と慶吾とは別れるとか別れないとかそんな関係じゃない。
あんたがどう思ってたかは知らないが、俺は別に彼奴に囲われてるわけじゃない。
お互いに束縛し合わないドライな関係なんだ。
現に彼奴にはれっきとした妻が居るのはあんたも知ってるだろう?
俺はあんたともそのつもりだったし、あんたもそのつもりだと今日まで思ってた。
だから悪いけど、あんたとは今日で終わりだな」

抱かれたまま、両手を上に上げた。

「未来さん・・・」  

俺に廻された白澤の引き締まった腕が微かに震える。

「ドライな関係だなんて、そんな軽い気持ちでボスの愛人に手が出せるって本気で思ってたのかよ?
俺があんたにずっと本気で惚れてたのを知らなかったって、今更とぼけるつもりなのか?」  

俺の耳元で話す白澤の声が涙声に変わる。  

おいおい、やめてくれ、直に三十路になる男がいちいちこんな事ぐらいで泣くなよな。

「何とか言えよ!」  

黙っていた俺の身体が激しく揺さぶられた。

「なんて言って欲しいんだ?望みの言葉を言ってやるよ。
ただし心は別だ」  

俺は見ようによれば濃いブロンドにも見える琥珀色の髪を掻き上げ、身体を捩ると榛葉色の瞳を白澤に向けた。

「酷いよ・・・未来さんは・・」  

目の前にある白澤の整った顔が苦しげに歪み、絶えきれないように俺から目を逸らした。

「仕事やめるなんて馬鹿な気起こすなよな。
確かに、あんたが前から俺に気が有ったことぐらい知ってたよ。
だがな、あんたがほんとにあんたの言うように、俺に本気で惚れてたんなら慶吾が留守の間に手を出そうなんてせこいことしないんじゃないのか?
最初から本気で俺にぶつかってきてたら、幾ら節操のない俺でもあんたと寝たりなんかしなかったさ」

廻されていた、腕をやんわりと解いて、

「じゃあな」

と、掌をひらひら振った。

項垂れてすすり泣く白澤を残したまま、お俺は家路についた。

誰も待つ人など居ない閑散とした愛しの我が家へ。

 

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