Crystals of snow story
**ももいろの吐息*
〈桃の国〉10000HIT記念お祝い作品
ワックス掛けされた床の上に並ぶパイプ机の数は37席。 6×6で必ず一つ後ろにはみ出る。 はみ出たところに、必ずいるのは、羽生正志。 明るい色の少し長めの髪。 学校一の問題児。 こどもっぽさがまだ頬のラインに残ってはいるものの、意志の強そうなすっきりした顔立ちのこの少年は、いつもなにが気に入らないのか、不機嫌そうに机に片肘をついて、教室のまどから、校庭を眺めている。 気になるのは、はみ出しものの生徒だからだろうか・・・・・ 出欠を取りながら、縦に並んだ名前の横に並んだ○をまたまた縦から順番につけていく。 急に寒くなり、寒暖の差が激しいからか、今日は4人も病欠の連絡がすでにはいっていて、教室にある37席の所々にポツポツと虫食いの穴が開いていた。 「はい、静かに。出席を取るよ」 ざわつきがほんの少し収まった部屋のなかで文弥の柔らかく少し低めの声が皆の名を呼び始めた。 田口・津島・中川・根本・・・ 気のない返事を返す生徒や、やたら大声を張り上げる生徒、時たまクスッと顔を上げながら、文弥は小さな○を連ねる。 「羽生」 文弥が正志の名を読み上げても、返事は返ってこない。 視線を一番後ろ窓際の席にやると、さっきまで校庭に向けられていた顔が正面を向き、睨み付けるような視線がじっと文弥に注がれているだけ。 手元にある正志の出席欄にはビッシリと丸印。 赴任から一ヶ月も経たないころから、生徒たちの囃し立てるようなうわさ話は文弥の耳にも入ってきていた。 職員室でも態度はどうであれ、前は週に3日来ればよかった羽生が毎日遅刻もせずに来るのだから、理由はどうであれありがたいこと、と、美山の手柄にされていた。 正志はこの学校の後援会長の息子で、父親は地元の名士らしい。 「正志さんは、美山先生が好きらしい・・・・・」 おもしろ可笑しく、ひそひそと囁かれる、噂。 そうなんどもいわれれば、何となく気になるのは人の常で、文弥も教師とは言えただの人だ。 あんな、男の子っぽい男子生徒が、僕のことが好きだなんて・・・・・・ ふと、横に並んだ姿を想像してみるが、どうやっても肩に腕は回せそうにない、まして・・・ おいおい、僕は何を考えてるんだか。 ここのところ、ずっとため息ばかりついているような気がするなと、その元凶との出会いを思い返しながら。 *************** いかにもな、高校生がたむろしていた。 古めいた小さな社。 常駐の神主がいるのかいないのか、かっては煌びやかだったであろう本殿も、くすんだ色に変色していて、唯一真新しいのは神木の欅の廻りに張られた、白い紙だけだった。 アパートなんてものは学校からずいぶん離れた所にしか建っていないような田舎町なので、文弥は教頭が紹介してくれた、一人暮らしのおばさんの家の離れに居を構えることにした。 そこは離れのくせに、二階建てで、下が水回り、二階に二間続きの和室と結構広い。 引っ越しの荷物を運び終えた運送屋が帰ったあとに、やれやれと文弥が一息つこうとたばこに火をつけ、窓から外を眺め、目にした光景が社にたむろしている彼らだった。 朱色が所々剥げた鳥居の奥にある社の石段、賽銭箱の前あたりで、制服を着崩した4.5人の高校生がいた。 文弥は熱血教師になりたくて、教師になったわけじゃない。 だから、あくせく働かなくても、好きな実験や勉強の続けられるであろう〈実際はたかだか田舎の高校にそんな実験設備はないのだが〉教鞭を取ったのだ。 だから、正直、彼らに注意をしようかどうか躊躇した。 わざわざ、引っ越してきた当日にもめ事に首を突っ込むこともないかと、見て見ぬ振りを決めようとそっと窓から離れかけたのに、運悪く銜えたばこの少年とハタと視線が合ってしまったのだ。 お互いたばこを銜えながら、まぬけた文弥の顔とは対照的に挑むような正志の目。 その挑戦的な眼差しに、文弥の中でパチンと何かが爆ぜた。 「おい、君たち【槇原高校】の生徒だろう」 明後日の就任で、いやでも彼らに会うのだ、最初からなめられてはたまらない。 「だったら、どうだってんだよ!にーちゃんには関係ねーだろう!!」 正志の横にいた体格のいい少年が、大声で文弥に言い返す。 「関係なくないね、僕は美山文弥。明後日から君たちの先生だ」 言い返した生徒は、その言葉に慌てて、たばこをもみ消したが、正志はまだじっとたばを銜えたまま、更にゆっくりと吸い込んで煙を吐いた。 「君、君も喫煙はやめたまえ!」 二階からの制止の言葉に、 「降りてこいよ」 挑戦的な眼差しのまま、正志が初めて、口を開いた。 「偉そうに、高いとこから説教するんじゃねえ。降りてこい」 大声ではないのに、張りのある通りやすい声だった。 一瞬、逡巡の色を見せた文弥に、正志はにやりと薄笑いを浮かべた。 チクショウ・・・・・・・・ 文弥の僅かなプライドが、もう一度、パチンと音と立てた。 「あんた、おとなしそうな面してる割に根性あんだな。 くるりと詰め襟の真っ黒な背中を文弥に向けて正志はすたすたと歩き出す。 子分なのか、取り巻きなのか分からないが後ろに4人も従えて・・・・・・・・ 『あいつ、かっこいい・・・・・かも』 遠ざかっていく正志の後ろ姿を見て、ふと浮かんだそのフレーズに文弥はヘッと蒼白になり我に返った。 我に返って、張っていた気が一気に抜けたような大きなため息をついた。 その日から、文弥のため息は回数を増し、すこしずつ、ほんの少しずつ色付き始めているような気がする。 むろん文弥自身、まだ気づいてはいないのだが・・・・・・・・ なに色?もちろん・・それは・・・・・・・ END |
このお話はすでに、読んでくださったお客様も多いことと思います。
文弥先生と正志のお話。続きはないのですかぁ〜と、仰っていただいていたので、性懲りもなく続きを書いてしまいました(^^;)
この作品をうちに持ち帰ったのは、今日〈3/13〉に、桃の国様が50000ヒットを迎えられたので、この続きを新たに献上させていただいたからなのですvv
さぁ、今これを読んでくださった貴方、前に読んでくださっていた貴方。
今すぐ【桃の国】へ〈笑〉
末筆ですが、ももりん、5万ヒットおめでとうございましたvv
氷川 雪乃