Crystals of snow story

**ももいろの溜息*

〈桃の国〉50000HIT記念お祝い作品

春のほっかりした日差しで暖められた教室の中。
37席あるうちのはみ出た机で教師が教鞭を執っているというのに、堂々と眠っているのが、羽生正志。

明るい色の少し長めの髪。

学校一の問題児。

小さな町で昔から権力を持つ、地主の息子。

町の人々は未だに彼を「坊」と呼ぶ。

第二次大戦後の農地解放以前は、この町の90%が羽生家のものだったとか、今でも広大な山林有し、山手にある羽生のお屋敷と言えば、学校からだってはっきりと見えるほどでかい。

どこか厚顔不遜な雰囲気の正志を井の中の蛙大海を知らず・・・・と笑ってやりたい気もするが、都会人にはないどこか大昔の殿様気質を生まれながらに持ち合わせている正志を見ていると、その不遜な態度もなぜか彼らしく、似合っているのだから、困りものである。

生まれ持って、人の上に立つ要素を持っている人種が存在するとしたら、羽生正志はまさにそう言った類の逸材だった。

きゅっきゅっと白墨を鳴らしながら黒板に化学式を書いている美山文弥も、彼の大様な態度にはすでに白旗を揚げていた。

いくら注意しても柳に風なんだから・・・・・・俺にはやっぱり教師なんか向いてないのかなぁと自己嫌悪に陥る事がいったい何度あったことか。

赴任したての頃は急に学校に来るようになった正志の目的が文弥に一目惚れしたからだとかいう、摩訶不思議なうわさ話も拡がったが、GWを間近に控えた今日ではそんな噂もかき消えてしまった。

人の噂も75日・・・・・・っていうけど、二週間も続かなかったよな。

そんな噂をほんの少しでも真に受けた自分が、文弥は今更ながら恥ずかしかった。

なんの取り柄もない、科学オタクの自分に、正志が惚れるなんて事自体あり得ないよなと溜息は自嘲にすり替わっていた。

★☆★

「美山先生、ちょっと・・・・・」

職員室に戻った文弥を、教頭がちょいちょいと手招いた。

「あ、はい、すぐ行きます」

自分の机に教科書セットを置き、急いで、校長室に向かうと、教頭の向こうに見知らぬ男が座っていた。

年齢は文弥より5つほど上だろうか、あか抜けたスーツが引き締まった身体によく似合う、ハンサムな男性だ。

高校生の保護者にしては年若いし、教育関係者にしては身につけているものが高価すぎる。

「美山先生ですか?」

教頭が紹介するより先に男が文弥に向かってにこやか声をかけてきた。

「は、はい」

「正志がいつもお世話になっております。僕は兄の羽生正人と申します」

まっすぐに文弥を見つめて、手を差し出した。

「いやぁ、正志が美山先生のおかげでまじめに登校するようになったので、父も大変喜んでいるんですよ」

「いや・・・僕は・・・・・・・」

どこか値踏みをするような視線が、気に入らないが、全体像は好感度120%と言った感じで、さぞや女性にもてるだろう。

「これからも正志のことを宜しくお願いいたします。いやぁ、貴方でよかった」

何がよかったのかいぶかしがりながら、

「はぁ・・・」

と、気のない返事を返していると、教頭がはげ上がった額の汗を拭いながら、、正人に何か慌てたように耳打ちをした。

ちらりとこちらを横目で見遣った正人は、ふふっと薄笑いを浮かべて、

「なぁに、教頭先生、美山さんもバカじゃない。みすみす職を棒に振るようなことはなさらないでしょう」

小馬鹿にしたようないい方にむっときたが、話の本質の見えない文弥は、奥歯をぐっと噛みしめて、

「お話はこれだけですか?僕は授業が有りますので、これで」

サッとイスから腰を上げた。

「わざわざよびたてて、申し訳なかったですね。文弥センセ」

からかうような口調にキッと睨み付けると、

「また直にお目に掛かると思いますよ」

嫌味なほど二枚目の正人はにっこりと言った。

★☆★

嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴!!!!!

一日中呪文みたいにその言葉を反芻していた文弥は校門をでたところに正志の姿を捉えて、なおさら不機嫌になった。

大人げなくもツンと無視をして正志の横を通り過ぎると、一瞬傷ついたような色を目に浮かべた正志は無言のまま、文弥の後ろからついてきた。

珍しいことに、いつもの取り巻き連中は一人もいない。

スタスタスタ

テクテクテク

しーんとした田舎道に足音だけが響く。

「なんのようなんだ?」

「なぁ・・・・・」

文弥が業を煮やして振り返るのと、正志が文弥の肩に手を伸ばしたのはまさに同時だった。

それ故に、真正面から正志の右腕がしっかりと文弥の肩を寄せたような形でに向き合ってしまった。

真抜けた顔の文弥を見下ろす形で、大きく瞼を見開いた正志はサッと頬に紅を掃いた。

何で、ここで赤くなるんだ?正志の整った男らしい顔をじっと見つめている文弥の頭には?がそこここに飛び回っている。

「なぁ、文弥センセよ〜」

その呼び方が、昼間の正人の小馬鹿にしたような呼び方を思い出させて、文弥は肩に載っていた正志の手を邪険に払いのけた。

「ちゃんと、美山先生と呼べ!お前に文弥と名前で呼ばわれる覚えはない」

「あんだよ・・・いつもは別におこんねぇくせによ。今日、正人の奴が来たからだろ・・・・・・だから、アンタ機嫌悪いんだよな?」

探るように覗き込まれて、文弥の頭にカッと血が上る。

「ああ、そうだよ!地元の名家かなんだかしらないけど、お前んちは人を小馬鹿にするようにしつけられてるのか?」

「正人のやつ・・・・アンタをバカにしたのか?」

「え・・・・・・、あ、いや」

冷静に聞かれて考えると、何をどういわれた訳じゃない。弟の担任教師に、弟を宜しくと言った言葉は決して、おかしくはないのだから。

ただ・・・・・・・・目つきとか雰囲気からそう思っただなんて、子供の喧嘩みたいだ。

「言えよ、何言われたんだよ」

「・・・・・・何でもない。少しいらついてたんだ、当たってしまってすまなかった」

そうだ、こいつは別に何をしたわけじゃない、いつもと同じようにしてるだけだ。

「俺が、アンタに惚れてるのしって、偵察にきやがったんだ。あいつ昔から俺のもんばっかりほしがりやがる」

ぼそっと、呟いた正志の言葉が一瞬理解できずに文弥はそのままその場を立ち去ろうとしたが、5歩進んだところでくるりと反転した。

「今、なんて言った?」

「何が?」

正志も同じようにへっと?聞き返す。

「お前の兄さんが何をほしがるって?」

「ああ、昔から俺のもんをなんだってほしがりやがるんだ」

「昔なんてどうでもいい、今の話を訊いてるんだ!」

「だから、アンタの値踏みに来たっていってるだろ」

「なんで??」

「俺がアンタに惚れてるから」

「だ−−−−−!!!!何の話をしてるんだ!!!」

はぁはぁと息を切らして最後には叫んでしまった。

「大丈夫か?文弥センセ?」

正志は取り乱した文弥を心配そうに覗き込んだ。

「う、うわ!近寄るな!!」

「にげんなよ・・・」

後ずさった、文弥の手を掴んだ正志の表情があまりにも辛そうで、文弥は困ったように溜息を吐いた。

「アンタ、いっつも俺見るたんびに溜息つくよな」

「お前が、ため息つかなきゃなんないような事ばっかりするからだろ」

クスッと笑った正志に、すねたような口調で唇をとがらせる。

こうなるとどっちが教師なのかとおかしくて文弥もプッと吹き出した。

「いつか、あんたの吐息を溜息から喘ぎに変えてやる」

不遜な態度で、正志がニヤリと笑う。

「なにぃ〜?!?!」

何を言い出すんだ、この不良は・・・・・・・・

呆れた文弥は、またしても大様に溜息をつくと、正志はおかしそうに笑って、文弥の肩に腕を廻した。

「おい、羽生!」

「へっきへっき、だれもいねぇよ、みてんのはお天とさんとお地蔵さんぐらいのもんさ」

「そう言う事じゃないだろ?」

「なんだよ、肩抱かれるだけじゃものたりねぇのか?」

「ば、ばか!」

声を立てて笑う正志の腕を、まいいいかと文弥は払いのけずにあぜ道を並んで歩いた。

五月晴れに晴れ渡っていた天空は西側に拡がる山の稜線が僅かに茜色に染まりはじめ、道ばたのお地蔵さんの赤い前掛けが柔らかな風に揺れていた。

*END*

ももいろの時間はこちら

50000ヒットのお祝いに【桃の国】様に献上した作品です。
読んでくださった方も沢山いらっしゃることと思いますvv

ご迷惑を顧みず、待たしても10万ヒットをお迎えになったので、新たに第三弾を献上させていただきましたvv

まさかシリーズに、ましてや人様のサイトで連載するなんて・・・・〈汗〉
次回はうちでのupにした方がいいといいと思うのですが・・・・・・

まだしばらく文弥先生と正志くんの話は続きそうです(*^_^*)

氷川雪乃