Crystals of snow story

**ももいろの時間*

〈桃の国〉100000HIT記念お祝い作品

美山文弥。

6月27日生まれの蟹座。

当年とって、24歳。

中肉中背、平凡を形にしたような男である。

いや、じっと見てみれば癖のない可愛らしい顔立ちなのだが、本人に自覚がないために、これと言ったおしゃれをするわけでもなく、いつも同じような紺色の背広に代わり映えにしないネクタイをしている所為で、都会の雑多な人混みにほりこめば、まぁ、まず、見つけだすのは困難極まりないだろうなと推測されるほど平凡な男である。

しかし、都会育ちの彼なのだが、就職難の所為で、かなり辺鄙なK市にある「槇原高校」で教鞭を執ることになった。

この平凡極まりない男が、辺鄙な田舎に来たせいかで何故か目立ってしまった。
今では彼はここK市では、ちょっとした有名人なのだ。

なぜ、平凡極まりない文弥が目立つのかというと・・・・・・・

ここの大方の生徒は、どちらかというとのんびりとおおらかで、未だにこんなにのどかな高校もあるのだなぁと、都会では学校崩壊が叫ばれる昨今、珍しくさえ感じるほどなのだが、どこにでも、ごくごく一部に、やはり問題児はいるわけで。

しかも、その問題児、何故か文弥の見える範疇で問題を起こす。

その様子はまるで忙しくて構ってくれない母親の気をひこうとする幼児にもにて、なんだか憎めないのが玉に瑕なのだが。

明るい色の少し長めの髪、整った顔立ちをしてるその問題児の名前は羽生正志。

このあたりのかつては長者とよばれていたいわゆる大地主の次男坊である。

その超目立つ彼らのボンが、文弥にご執心らしいとの噂が、就任そうそう拡がったのだ。

田舎でのうわさ話が拡がる早さは都会では考えられないくらい早い。

なんせ、町中が親戚やら知り合いばかりなのだから。
それによそ者は、昔からうわさ話の格好の餌食となると相場は決まっている。

たとえそれが平凡の極みの文弥であろうとも。

最近では、どうやら、長男の正人さんも追っかけ廻してるとか。
もともと、羽生家のもんの考えることは下々のもんにはわからんとか。
あそこは昔から代々嫁さんを貰う前に可愛いお稚児さんを傍に置くならわしがあったんじゃとか。
いやいや、そういえば二代前の当主は結婚してからも、綺麗な男妾を囲ていたそうなとか、あることないこと尾ひれが付いて囁かれていた。

K市で今やこの噂を知らないものは誰一人いなかった。

唯一例外、当の本人の文弥を除けば・・・・・・・・

おやおや、飽きもせず今日もまた正志がちょっかいをかけているのか、文弥怒声が科学準備室から響いている。

「羽生!!!いったい何度言ったら分かるんだ?!ここはお前の喫煙所じゃない!たばこを消して箱を僕に渡しなさい」

またしても、昼休みの科学準備室で、文弥の怒声が響く。
ここ数週間と言うもの、毎日この会話が繰り返されて、没収した煙草もワンカートンをゆうに超えていた。

「いいじゃんよ、教室はガキどもがうるせぇし・・・ここ、風が通ってすずしいだろ?ほい、今日の没収分」

今日という今日は、堪忍袋の緒が切れる寸前なのか、両手の拳を両脇に垂らし、ふるふると頭から蒸気を立ち昇らせて怒っている文弥の横で、正志は悠々と胸ポケットから出した真新しいセブンスターを机の上に載せた。

「これだけ、吸わせてくれよな。あとちょっとだし」

「ダメだ!」

正志が指の間に挟んでいた吸いかけを文弥がパシッと奪い取って、灰皿にもみ消した。

「ちぇ、ケチ・・・」

「ケチじゃないだろう!だいたい未成年の喫煙は身体に悪いんだぞ!」

「へぇ、どう悪いんだよ」

「せ、成長に害がでる。たとえば、背が伸び悩んだり・・・・」

「俺これ以上、伸びなくてもいいぜ。センセよりずっと高いしな」

「・・・・・う・・・」

痛いところを突かれて、言葉に詰まると、正志がにやっと笑う。

「ほかには?」

「に、ニコチン中毒になるぞ!」

「それって、未成年じゃなきゃ、なんねぇのかよ?」

ふふんと鼻で笑う仕草が憎らしいくらい様になっていて、文弥は思わず変なことを口走る。

「き、キスしたときに嫌われるぞ!たばこ臭いって!!」

「そうかぁ?俺、嫌がられたことないぜ?第一、だいたいいつも、向こうからしてくれって、いわれっし。最近の女は積極的だからな」

確かに、こんな田舎にこれだけのいけてる男がいたら女の子の方がほっては置かないだろう。

事実、17の正志の経験した女の数の1/10の経験も文弥はしてはいなかった。

文弥の経験はたった二人。大学の時に1年間ほどつき合っていた娘と、ここに赴任が決まったときに「別れましょう、遠距離恋愛なんていやなの私」とあっさり振られた前恋人がいただけだ。

「・・・・・・」

そんなわけで、またしても、返事に窮した文弥に、今までとぼけていた正志が急に真顔になって、クイっと、上体を伸び上がらせて顔を覗き込んできた。

「センセはたばこ吸う奴とのキス、嫌いなのかよ?」

「あ、あたりまえだ!」

赤くなって怒鳴った。

文弥自身も実はかつて少しとはいえ吸っていたのだが、赴任した直後、正志たちに注意してからと言うものキッパリやめていたのだ。

だから、正志は文弥は煙草を吸わないものだとおもっていた。

しかし事実文弥は、煙草を吸う相手とキスした事はなかった。第一、キスだって片手の指が余るほどの経験しかないのだし・・・・・

「ふううん」

しばらく、正志は文弥の赤い顔を見つめたあとに、ぼそっと、続けた。

「んじゃ、俺、今日から煙草やめるわ」

「ほ、ほんとか?」

顔を明るくした文弥の前で「ヨッ!」と立ち上がった正志は「仕方ねぇじゃん」と呟いて、理科準備室から出ていった。

ああ、日々の説得がやっと実を結んだなどと、大きな勘違いに酔いしれている、文弥を残して。




日々、文弥を悩ませている事例は、正志のほかにもう一件あった。

それは、正志の兄、正人からの執拗なアプローチだ。

その日も、文弥が帰ろうとしたところに、正人からのTELがかかってきた。普段なら、かなりきつい口調で断りを入れる文弥だが、いかんせん今日は気分がいい。

そうだ、正人に自慢してやろう。

僕の説得で、お宅の弟さんは喫煙をやめると言ってくれましたよって。

そう思うと、思わず、口元も知らず綻びて、「食事ぐらいなら構いませんが・・・」と答えたのだ。



「さぁ、どうぞ」

徳利を掲げた正人がにこやかに日本酒を勧める。

「はぁ・・・」

ここまで来て断るわけにもいかず、文弥は盃を受けて飲み干した。

食事って・・・・てっきりその辺のレストランかと思ったのに・・・

正人に連れられて入ったのは、料理旅館も兼た「櫻楼」とかいう料亭だった。

12畳ほどある和室にデンと置かれた座卓の上には豪華な料理が並べられているが襖に仕切られた部屋はなんだか旅行に来ているみたいで落ち着かない。

「いつも、うちの正志がお世話をおかけして、先生には本当に感謝してるんですよ」

「あ、いえ・・・僕はそんな」

「いやぁ、先生のおかげで、毎日真面目に学校にも行ってくれてるし、さ、先生、くぃっと開けて下さいよ」

「あ・・・・はい・・・」

接待など、経験のない田舎教師の文弥である。慣れない場所で、言葉巧みに盃を進められて、いつの間にすっかりほろ酔い気分で出来上がりかけていた。

「でね、今日から煙草をやめるって、言ってくれたんれす」

よほど嬉しかったのか、文弥は半分船を漕ぎながら何度も同じことばをさっきから繰り返している。

「ああ、ほんとにお世話をかけてしまって・・・・」

「ほんとれすよ!」

ぐらりと、大きく文弥の身体が傾いだ。

「おっと、ほら、センセ、横になった方がいい」

「う・・・・ん、もう眠たい・・・」

「はいはい、いいこだから、ここじゃ寝にくいからね」

ふわっと身体が持ち上がったかと思うと、なんだかやけに柔らかいものの上に置き直されて、文弥はくるっと、丸まった。

ああ・・気持ちいい。

このまま眠ってしまいたい・・・・・・・

☆★☆

くちゅ・・・

柔らかなものが唇に触れてゆっくりと口腔内にも忍び込んできた。

懐かしい感覚に文弥は貪ってくるものにゆっくりと舌を絡ませた。

ああ、きもちいい・・・・・

「んん・・・」

一旦離れようとした唇を、文弥はイヤイヤと首を振りながら腕を伸ばして求めた。

もう一度深く唇が合わさり、微かに煙草の薫りが文弥の口内に拡がった。
数ヶ月口にしていない所為か酔っていてもハッキリと煙草の味がわかる。

え・・・・・?

煙草?

酔いで霞の掛かっている文弥だが何故かこの薫りが引っかかる。

数少ないキスの経験しかないが、文弥の過去の相手に煙草を吸う女の子はいなかったのだから。

ましてこんなにキスの旨い相手もいなかった。

それでも、ぼんやり、キスに酔いしれているとようやく移動した唇が耳元で囁いた。

「先生・・・・キスされるの好きなんだね。積極的だからびっくりしたよ」

聞こえてきた低い男の声に、文弥の夢がすっかり覚める。

え・・・・?ええええ??

覚めてみると正人の手があちらこちらに彷徨っていることにも改めて気が付いた。

「や、やめてください!!なにするんですか!!」

「はは。今更恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか」

な、なに???

何がどうなってるんだよ〜

「それとも焦らしてる気?悪い人だ・・・・」

焦らすって、何をぉ???

涙目になっている文弥なのだが、さっきのキスで合意してくれたと勘違いをしたらしい正人はフフッと笑って、鎖骨を甘く噛んだ。

「ひゃう〜」

噛んだ??うわぁ〜〜

驚いた文弥は真っ赤になってジタバタと足掻いている。

なんせ文弥自身ほとんど経験らしい経験はないし、鎖骨なんて噛まれたことなど一度もないのだからもう何をされているのかすら理解できない始末だ。

「敏感なんだね、文弥先生って・・・・可愛いよ」

正人の手がゆっくりと文弥のシャツのボタンを外していった。

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