Crystals of snow story

**ももいろの時間*

[2]

〈桃の国〉100000HIT記念お祝い作品

パッーーーーーーーン!!

派手な音が響き渡った。

一瞬なんの音か理解出来なかった文弥だが、襖が勢い良く開け放たれたのだということに気が付い。
なぜなら、開いたその先に、さっきまで自分が座っていた座敷が見えるからだ。

そして、目の前に仁王立ちになって、夜具の上で絡み合ったままの二人を見下ろしている正志がいた。

「は・・・羽生ぅ・・・」

正志の顔を見た途端、ホッとして文弥の身体から力が抜けた。

ああ・・・・良かった。

助かったんだ。

「早かったな、正志」

文弥にのしかかったまま、首だけを正志に向けて正人が言った。

「残念だったな」

正志の冷たい声に文弥はぶるっと身体を震わせた。
明るい座敷のせいで逆光になっている正志の表情は暗くて読みとることが出来ない。

「ふふ。惜しい気もしますけど、今日の所はここまでで許してあげますよ」

さっき外したばかりのボタンを今度は器用に留めていく。

「帰るぜ、センセ!」

正人が一番上のボタンを留めている最中に正志にぐいっと腕を取られて、文弥は引きずられるように立たされた。

そのままぐいぐい腕を引っ張られ、部屋から出る瞬間に「忘れ物」と正人がネクタイを投げてよこした。

振り返りパシッとネクタイを受け取った正志の顔は怒りで少し蒼ざめていて、今更ながら事の重大さに文弥の身体が震えだした。

料亭から抜け出し木陰に留めてあった正志のバイクも所までたどり着くと張りつめていた糸がぷつんと切れたのか文弥の頬に熱いものが滴り落ちた。

「・・・・・・・っ・・・・・く・・・」

生徒に涙を見せるなんて・・・・そうは思うのだが、情けなさに嗚咽が漏れる。

「恐かったのか?」

そっと震えている文弥の肩に腕を廻して、正志は心配そうな色を瞳に浮かべ、泣き顔を覗き込んできた。

こくりと文弥が頷くと自分の肩に文弥の頭を載せて、正志は髪を優しく梳いてくれた。

「あいつは俺のもんばっかり欲しがるって前にも言っただろう。
先生も先生だ、あんな奴と二人でメシなんか食いに行くなよな。
今度はほんとにアンタがくわれちまうぞ」

ちょっと拗ねた口調でそう言ったあと、

「でもよかった・・・・・間に合って」

ほーーーーっと、長い息を付いて、正志はぎゅぅーーーっと文弥を抱きしめた。

正志から伝わってくる暖かさが、身体の震えを取り去っていく。

あったかいな・・・・・羽生は・・・・・

助けに来てくれてありがとう・・・・・・・

助けに・・・・

でも、なんで??

「でも、どうしてここにいるってわかったんだ?」

おかしいよな?

羽生さんに誘われたのは今日の放課後だし、羽生がなんでここに僕と羽生さんがいるって知ってるんだろう。

「これだよこれ」

そう言って、正志は尻のポケットから携帯を取りだした。

「美山文弥情報は逐一俺の携帯にメールで入ってくる事になってんの」

「はぃぃ〜?」

「最初はさ、俺のダチ何人かに冗談で先生見掛けたらメール入れといてくれて言っただけなんだけど、なんかいつの間にかはやっちまって全然知らない奴からも来るんだぜ」

あんぐりとしたままの文弥の前で、正志はピピピと履歴を取りだして、

「昨日は6時15分前に学校を出て、7時25分に南町のラーメン屋に行って帰りに松下んちのビデオ屋で映画二本借りただろ?
え−−とアダルトはかりなかっただと、真面目なんだなセンセ。
それから、昨日は6時45分に学校を出て、11時前に角の酒屋の自販機で缶ビールを2缶購入。
これって、レギュラー?ロング缶?今度一緒に飲もうぜ。
それから〜」

「も、もういい・・・・・・・」

一体全体誰が見てるんだよ〜

町民全部が自分に注目していることに文弥はまだ気が付いていなかった。

「俺もここまで情報が集まるのかって驚いてたんだけどさ、おかげで今日は間に合ったんだから感謝しろよ」

うう・・・そりゃそうだろうけど。

僕のプライバシーーーはどうなる?

「俺、いくら兄貴でも、メシくらいなら大丈夫だろうって甘く見てたんだけど、入った先が櫻楼だろう、いやぁ、メール受信したときは正直焦ったぜ」

確かに、お座敷と一枚の襖を隔てた寝所の間。
艶めかしい布団のひいてあるそれは時代劇でしか見たことなかったけど、あるとこに行けばそんな用意まである料亭って本当にあるんだなと文弥はなんだかカルチャーショックを受けていた。

「ぼ、僕だってまさか、あんな部屋になってるなんて・・・・」

「しゃぁねぇなぁ、センセは・・・」

フッと、呆れたように笑って、正志は文弥の頬を撫で上げた。見つめる切れ長の瞳には微かに悲しそうな色を掃いて。

「キスはされちまったんだよな?」

「う・・・・・・」

不覚にも、気持ちいいと思うなんて・・・・

さっきのキスを思い出してしまった文弥は赤くなって言葉に詰まってしまう。

「んとに・・・・・・・たばこ臭いのはいやだって言ってたくせに。あいつ、俺より吸うぜ」

俯いた顎を持ち上げて怒ったような表情で正志が続ける。

「あいつ、旨かった?なぁ?」

「や、やめろよ。そう言うこと訊くの悪趣味だ」

「フン、俺だって捨てたもんじゃないんだからな」

「や・・・・だ。羽生・・・・や・・」

顔を逸らそうとしても正志の指がしっかりと顎を固定して放してくれない。

そっと。唇が触れる。

触れてきた正志の唇は少女のように柔らかくて、文弥はその意外な感触に驚いた。

ああ、まだ・・・・・17だったな・・・・

少年の唇は文弥の唇を吸うと柔らかな舌をそっと滑り込ませてくる。

ふわっと、煙草の薫りが文弥の口腔内に拡がり、そのことが一気に文弥を現実に引き戻した。
すでに、文弥の舌を探し当てて激しさを増してきた熱い口づけに堕ち掛かっていたのだか、教師としてのプライドがそれを押しとどめる。

「駄目!!煙草の味がする!」

「なんだよ、急に〜!」

「お前、たばこ臭い!だから駄目」

正志の腕の中で真っ赤にゆで上ってはいるものの毅然とした態度で文弥が言った。

「ちぇ・・・・俺ってそんなに下手かよ」

いや・・・じょ、上手だったけど・・・

「上手とか下手とかなんて言ってないだろ」

上目使いに睨みあげた。

「はいはい。煙草やめりゃーーいいんでしょ、やめりゃーー。
そんかわり、今度はいやだっていわせねぇかんな」

昼休みから吸ってねぇーのにとぷーーーとふてくされて、正志はバイクのメットを被り、文弥にも予備のメットを投げてよこした。

「なななんで、そんなことになるんだ?」

いつ、煙草やめたらキスしていいなんて言ったんだよ?

「なんだって?」

「だから、なんでお前が煙草やめたからって僕がお前とキスしなきゃいけないんだ?!?!」

「あーーー、メット被ってるからなに言っても聞こえねぇよ〜」

サッとバイクにまたがって正志はセルを廻してエンジンをかける。

仕方なく文弥もメットを被り、「後ろに乗っていいのか?」と尋ねたら、早く乗れと返された。

ん?

「聞こえてるんじゃないかぁ〜」

「都合の悪いことは聞こえないことになってんだ、俺。センセ、振り落とされないようにしっかり掴まってろよ」

あはははと、大きな声で正志が笑う。

一際大きな音と共に、ぐいっと、後ろに身体が引っ張られ、慌てて文弥は正志の身体にしがみついた。

しがみついた身体は、思っていたより細く、さっきの唇の柔らかさ同様、正志の年齢が持つ曖昧な幼さを文弥に如実に伝えていた。

田舎の暗い道を正志のバイクが風を切って走る。

月の出ていないこんな夜はちょっと町並みから外れるとまさに一寸先も闇で、バイクのヘッドライトだけが二人の行く道を照らしていた。

髪をなびかすのは初夏の風。

ライトの照らし出す二人の行く先には正志の望む甘い恋の季節が待っているのだろうか・・・・・・

END

※15万お祝いにちょっとした番外をお送りさせていただいています。※

「ももいろの雫」はこちら♪

 

100000ヒットのお祝いに懲りもせず【桃の国】様に献上した作品です。
読んでくださった方も沢山いらっしゃることと思いますvv

いったいいつまで書く気なのか・・・・・・・・>だって、この二人好きなんだモン♪

ももさん、迷惑掛けてごめんね(><)

氷川雪乃