Crystals of snow story
**ももいろの雫*
〈桃の国〉150000HIT記念お祝い作品
ここは夏休みの槇原高校、人気の無い本館校舎の隅っこにある理科準備室。 まだ5時過ぎ、しかも夏だと言うのに、煌めく太陽をもくもくと沸き上がってきた入道雲に覆われた所為で、冬の落ち日の頃のように薄暗い。 雑然とした、器具や標本に囲まれた机の横で、二人の人影が身を寄せ合ってヒソヒソと話していた。 「こ・・・恐いんだ」 触れあうほど側に寄った肩先がカタカタと震えている。 「ほんとだ・・・震えてる・・・・」 「だ・・・駄目なんだよ・・・マジで・・・」 「大丈夫だよ・・・恐くないって・・」 クスクスとからかうような笑い声が、薄暗い理科準備室に拡がる。 ピカッ☆ 「うわーーーーー」 ゴロゴロゴロ!!!! 「ぎゃ!また来た!!!!」 一つ雷が落ちるたびに、頭を抱え込んでいるのは、学校一の問題児、この田舎町では坊(ボン)と呼ばれている羽生正志。 その側で、来学期の授業計画を立てながら、おかしそうに笑っているのは臨時採用でこの田舎町に赴任してきた、美山文弥。 教師と生徒・・・・のはずなのだか、最近では何となく二人を包む空気にはほんのりとほかの色合いも含まれて来ているような気がするのは気のせいだけではないはないようなのだが・・・・・・ 「学校にはちゃんと避雷針が立ってるし、こうして部屋の中にいれば怖がることなんかなにんもないよ」 「んなこといったって、恐いモンは恐いんだよ!!!」 ピカッ!バリバリバリ!ドドーーーン! 「ぎゃうーーーー!!!!」 校舎の避雷針を雷が直撃したのだろう、稲妻が光ったと同時に、揺さぶられるような衝撃が轟音とともに文弥と正志を襲った。 文弥は窓の外に目もくらむような青白い閃光を見た、と思ったら、いつの間にかガタガタと震えている身体にしっかりと縋り付かれていた。 「おーーー・・・い、羽生ぅ。苦しいんだけど・・・」 強い力で抱きしめられながら、文弥は少しだけ自由になる手で、正志の頭をぽんぽんと叩いた。 「わ・・わりい・・・・このままにさせてくれよ」 珍しいくらい弱気な声で、正志は文弥に抱きついたまま、呟いた。 いつも、なんだかんだ理由を付けては抱きついてきたり、キスしようとしたりする正志だが、どうやら今日はいつもとは違うようだ。 仕方なく、文弥は小さな子をあやすように、震える正志の背中を優しく撫でてやった。その間も雷は何度もあたりに轟音をまき散らし、雨足の強い夕立が窓硝子を激しく叩き始めていた。 雷が少しずつ遠ざかっていくと、正志の震えも文弥の胸にダイレクトに響いて来ていた大きな心音もゆっくりと収まってきつつあった。 「もう大丈夫・・・羽生の嫌いな雷さまはどっか行ったよ」 だから放せと、文弥は拳で背中をたたく。 「もうすこし・・・・いいだろ・・・この雨が止むまでさ」 さっきの怯えは少しとれたのだろう、落ち着いた声が肩に埋められたままの正志の頭から聞こえてきた。 「さっきセンセが言ったろ?ここには避雷針があるし部屋にいたら大丈夫だって・・・」 「あ、うん・・・言ったけど?」 「山ン中に避雷針なんかねぇんだよな・・・・大抵一番おっきい木に落っこちるんだ」 「ああ、そうだろうね。だから雷が鳴ってるときに広いところに出たら出来るだけ身体を低くする方がいいんだ」 「ああ・・・でも俺、そんなこと知らなかった」 ゆっくりと顔を上げた正志は怯えたような瞳で、文弥の顔を見つめてから続けて、 「俺、ちっこい頃にフウって名前の犬、飼ってたんだ。 どっかから迷い込んできたちっこい奴で、俺が拾って家に持って帰ったんだけど、雑種だからって飼わせて貰えなかった・・・・・おかしいよな?俺のフウは雑種だから駄目で、兄貴の高慢チキな猫はどっかのチャンピオンのこどもだかなんだから良いっていうんだぜ。だから裏山に隠して飼ってたんだ」 突然雷からペットの話になったことが、文弥には良く理解できなかったが、普段あまり自分のことを話したがらない正志が珍しく雄弁に語り始めたので、黙ったまま時折頷いて見せた。 「俺んち、ここいらじゃ、なんだろ?だから、今だってそうだけど、ちっこい頃も友達なんかいなかった・・」 正志に沢山の取り巻きがいることは文弥も知っているが、言われてみれば、あんなのはやっぱり友達なんかじゃなくて、臣下みたいなもんで・・・正志の言うようにそれはきっと昔から変わらなかったのだろう。 正志の言うことする事にしたがいこそすれ、親身になって、時には「そうじゃない!」と言ってくれる友人をもてないことは成長期の少年にとって、とてもマイナスなことだったに違いない。 ここでは、大人でさえも、正志に意見をするものなど本当に希有な存在なのだから。 「その犬が・・・フウが羽生の大事な友達だったんだな・・・」 文弥には雷が恐いと抱きついてきた正志が、ひとりぼっちの小さな寂しげな少年のように思えて、目の前にある柔らかな栗色の髪を何度も撫でてやった。 「そのフウ・・・・俺が殺しちまった・・・・」 「え?」 驚いて文弥が目を見張ると、至近距離に有る正志の瞳が今度は苦渋と恐怖の色を浮かべていた。 「夏休みだったんだ・・・・俺、その日もフウ連れて、ひとりで裏山の奥にカブトムシ取りに行ってた。 文弥センセ、理科の先生だから知ってるよな?木の幹にナイフで傷を付けといたら樹液が一杯でて、そこに虫が寄ってくるだろ?」 「うん。樹液を吸いに来るからな」 「だから、一番でかい木の所に毎日行ってたんだけど、その日、俺、虫かご忘れて・・・・・・フウを木に繋いで家に取りに帰ったんだ・・・」 正志の言葉が辛そうに止まった。 もしかして・・その木に雷が落ちたのか? 「羽生・・・・それで雷が駄目なんだ・・・・」 「そ・・・・家に帰り着いた途端、急に雨が降ってきたんだ。 俺、傘持って必死に走った。フウが濡れないようにって・・・だけど、雷が何度もなってって・・・・・しっぽを丸めて木の下で怖がってるフウの姿が目に入った途端、突然、ピカ!って青白い稲光が走ったかと思ったら目の前が真っ白になったんだ。 気が付いたら俺、布団の中で、かかりつけの医者が横にいたよ」 その時のことを鮮明に思い出したのか正志の身体がブルッと震えた。 小さな少年が大事にしていた犬を雷で亡くし、自分も感電して倒れた経験が有るなら、17歳になったとは言え、正志が異常に雷を怖がるのも当然のことだなと文弥は思った。 「恐かったろうな・・・・可哀想に」 一瞬、何が起きたのか理解できずに、文弥はきょとんとしていたのだが、真っ赤になっている正志を見て、負けず劣らず朱に染まった。 「お、お前こそ、なんだよ、そんなに驚かれたら、こっちがびっくりするだろう!悪かったな!嫌ならもう絶〜対しない!!!」 |
なんか、季節ものでしょう?この間雷が鳴ってるときに、文弥センセが怖がってもおもしろくないなーーってことで書いてみたの〈笑〉
ってことで、番外編として、10万記念にお送りさせていただいたんですが・・・・
いかがでしたでしょうか?
このあと、本編は意外な方向へ〈笑〉