Crystals of snow story

**ももいろの木の葉* *

前編

〈桃の国〉200000HIT記念お祝い作品

二学期が始まって、槇原高校は体育祭に向けてバタバタと忙しく用意を勧めていた。

どこの学校も2学期は結構忙しい。まだ、夏休み惚けが直らないのは何も生徒だけでなく、教師の方も夏の疲れがとれないのかぼんやりとしていると言うのに、行事は目白押しに迫っている。

体育祭は準備も大変だし、走るだけなら良いのだが、ダンスだとか棒体操や組み体操は教え込むのにも時間をとるし、夏惚けの取れない生徒に覚えさせるのは至難の業なのだ。

それなのに・・・・・・

「頼むよ、羽生・・・・出るのなら真面目にやってくれないか?」

体育教師の堀田がやる気があるのか無いのかわからない不遜な態度で、突っ立っている正志に泣きを入れた。
正志が先頭立ってやってくれるとくれないとではクラス全員、いやハッキリいって生徒全員の志気に関わるのだ。

正志がしないとなれば、もともと不真面目な奴らはのらりくらりとなるのだが、正志が真面目に取り組めば、そう言う輩も背中に一本棒を入れたようにしゃきっとなりる。
だいたい、正志を差し置いて自分だけサボろうなんて根性のある奴はこの槇原高校には誰一人いないのだから。

つい、先日まで、うざそうな表情はしていたものの、結構真面目に正志は組体操に取り組んでいてくれていたのだが、先だっての3連休が開けてから、全くと言っていいほどやる気がない。

今も、鉄棒の支えに凭れ、心ここにあらずと言った体で、時折足下の小石をコツンと蹴りながら、本校舎の方を眺めている。


これは他の授業時間もそうらしく、春からこっちさぼらずに授業に出ていた正志が登校だけは毎日してはいるのだが、教室に来ないことが多いと堀田は他の教科担任からも訊いていた。

はぁ・・・こりゃ、美山先生に一度注意して貰わないとな・・・・・

文弥は正志のクラス担任でもあるが、この学校で正志を意のままに動かすことが出来るのは、校長でも教頭でもない、まだまだ青二才の新米教師、美山文弥だけなのだ。

だらけきって、見事に崩れたピラミッドに注意の笛を鳴らしながら、堀田は困り切ったように正志から離した眼で天を仰いだ。

空はすっかり秋色の爽やかさで、吸い込まれそうなほど真っ青な空がとても高かった。


「ええ?そんな・・・・・僕の授業にはちゃんと、出てきていますよ?」

放課後、科学準備室を訪れた堀田は、文弥にここ3日間の正志の行動を報告した。

「そうですか・・・まぁ、昔の羽生に比べたら、学校に来るだけでもましなんですけどね。一度、どうしたのか、美山先生から訊いてやって貰えませんか?


そう言えば、毎日煩いくらい、ここにやってくる正志が週明けからこっち全然きていないことに文弥はようやく気が付いた。
文弥の授業にはちゃんと出ていて居眠りをすることもなく、じっと文弥を見ていた正志なのでよもやほかの授業をさぼっているとは思わなかったのだ。

「では、宜しくお願いしますよ。羽生がちゃんとしてくれてるとたすかるんでね」

堀田は大きな身体をゆさゆさと揺らしながら準備室から出ていった。

ふぅ〜よわったな・・・・

もうすっかり、人気の無くなりかけている、校内に正志がいるはずもなく、文弥はしかたなしに、引き出しの中をごそごそとかき回してノートの切れっ端に書かれたメモを取り出す。
大きく一つ息を吐き出しながら、机の上にある電話機を持ち上げて、外線ボタンを押した後に以前に無理矢理正志から押しつけられた携帯番号を目で拾いながら廻した。

呼び出し音が数回なった後、怪訝そうな声が「誰だよ、お前」と訊いた。

携帯には相手の名前が出るようになっているが、学校の電話からかけたため正志の手のひらの中にある液晶には非通知と表示されているのだろう。

「羽生・・・だよな?」

文弥の声に一瞬言葉を無くした正志がぶっきらぼうに聞き返す。

「なんだ、文弥センセか・・・・俺になんのよう?」

「お前、今どこにいる?ちょっと会えないか?」

「会う?俺に?」

正志の声が急に明るくなるのがわかる。
さっきまでの不機嫌な声とのギャップが面白くて、文弥は受話器を持ちながら
クスクスと笑った。

「な、なんだよ!なにわらってんだよ!!」

「なんでもないよ、で、どこにいけば良いんだ?」

「そ、そうだな・・・・おい、けいこ。今日って『CRCUIT』開いてたか?」

『あいてたけどぉ。なぁに?正志くんもう帰っちゃうの?』

突然、受話器の向こうから聞こえてきた、女の声に、文弥の笑いが途切れる。

「センセ、駅の裏に『CRCUIT』ってサテンがあるの知ってる?そこに来てくれよ。俺もすぐいくからさ。まだ、ガッコにいるんだろ?俺の方が近いから先にいってるからな。センセ?聞こえてんのかよ?」

「あ・・・ああ、わかったよ」

砂を噛むような、ザラリとしたイヤな感じが口腔内に拡がっている。

なんだって言うんだろう・・・・羽生が女子にもててるのは前々から知ってることじゃないか。
それに、好きだとかなんだとか言うなって、僕は羽生を諫め続けていたくせに・・・・・・

そっか・・・彼女が出来たから、もうここには用が無くなったんだ。

帰り支度をしながら、文弥はそのことを寂しいと思ってしまう、自分自身に呆れていた。

☆★☆

三連休の初日、とんでもない内容のメールが正志の元に飛び込んできたのだ。

『文弥センセの家に、若い女来てますよ〜、結構美人ッす』

ことの真相を確かめようと、正志はバイクを飛ばして、文弥の借りている離れにつくと、メールの文字通り、窓から髪の長い女が見えた。

年の頃は23.4くらいだろうか、ちょうど文弥と同じくらいの年齢だ。

文弥も一人前の社会人なのだ。
部屋に女性が遊びに来ることもあるだろう。
だけど、夏休みのあの、雷の日から、自分に対する文弥の態度が少しずつ変わってきているような気が正志はしていただけに、文弥の部屋に女がいることが許せなかった。

一瞬、怒鳴り込んでいってやろかとも思ったが、ただの知り合いだったりしたら文弥が困るだろうと思いとどまった。

なんなんだよ・・・あの女。

しばらくすると、女は窓を全部開け放し、忙しげに掃除をし出した。

ただの知り合いが掃除なんかするなよな!

ただの知り合いかどうか確かめる術もなく、正志は名前も知らない女に毒づいた。正志の心の中に不安がどんどん拡がっていく。

センセ・・・遊びなんかでつき合うタイプじゃないもんな・・・

それは正志の願望だけでなく春からこっちの文弥情報が証明していた。

自分のあまり誉められたものではない行いは棚にあげて、なにやってんだよ・・・・センセの奴・・・と忌々しげに正志は舌を鳴らして、キッと古い木造建築の離れを睨みあげながらぶらぶらと神社の方に歩いていく。

文弥の部屋の窓が見える神社の石段に腰を据えると、丸く膝を抱えながら正志はじっと座った。

あの日と同じように、文弥が自分を見つけてくれるんじゃないかと願いながら。

だけど、時折チラリと窓から文弥の姿が見えるものの、文弥は正志に全然気が付かない様子だった。なにやら、女に話しかけたり、布団を干したりしているだけだ。

楽しいはずの連休なのに時間だけがのろのろと過ぎていく。

メールが来る寸前まで、正志は文弥をツーリングに誘おうと思っていた。前々から誘ったら、何かと良いわけを付けてことわるであろう文弥を突然迎えに行って驚かせてやろうと思っていたのに。

少し遠出をして、遅くなったら、どこかに泊まったり出来るかもしれないと思っていた。

それなのに、このギャップはなんなんだ?

なんで、俺、こんなとこにストーカーみたいにすわってんだよ。

センセのばかやろう・・・・・

日が暮れて、部屋に電気が灯っても、女が帰る気配はなかった。
そして、部屋の電気も消えたのだ。

今更、現場に踏み込むわけにも行かず、ただ、茫然と正志が座っている石段には気の早い落ち葉が何枚か風に揺られて落ちていた。

秋の綺麗な月が照らす神社の石段には、枯れ葉の立てるかさかさと言う音だけがいつまでも聞こえていた。

後編へつづく