☆ムーンライト☆セレナーデ☆

(act1)


いつ果てるともなくしんしんと降り続く雪の中で、僕は祭壇の上から優しく笑い掛けてくる智也さんを、ただじっと見詰め続けていた。

 家族でも親族でも、まして恋人だと名乗って出ることも出来ない僕は、ただ智也さんの住んでいた〈ムーン・ライト荘〉の家主の息子として、ひっそりと智也さんを見送るだけだった。

 あまりにも、突然訪れた智也さんとの別れに泣くことも出来ずに震えながら立ち竦んでいる僕に、智也さんの親友で〈ムーン・ライト荘〉の住人でもある戸塚さんは自分の着ているコートで包むように僕を抱きしめてくれていた。

 

 

「舞ちゃん。最期のお別れに行こうか?」

 本来ならお棺を開けて、お別れをするのだろうけど、智也さんが乗っていた車にスリップを起こした大型トラックが突っ込んだ悲惨な事故だけに、僕の目の前にある棺は閉じられたままだった。

「智也さん・・」

 

 

 小学校からの親友なんだと、戸塚さんの事を智也さんはそう僕に話してくれた。母さんから事故の知らせを聞いた僕が、無我夢中で智也さんの帰郷先の駅に降り立ったとき、僕を駅で迎えてくれたのも戸塚さんだった。 

 電車から飛び降りて早く病院に連れて行ってと叫んだ僕を力一杯抱きしめると、戸塚さんは僕の耳元でそっと呟いたんだ。

「舞ちゃん。ごめん。智也の奴、今病院には居ないんだ」

「戸塚さん?苦しいよ」

 僕を抱きしめる力の思いがけない強さに息が詰まる。

「即死だったって。俺が行った時も、もう・・・」

 多くの帰省客の乗り降りが年末の慌ただしさを感じさせるなか、周りの風景や音のすべてが僕の前から消えた。

 うそ・・・嘘だ・・・嘘だ!

 

「舞ちゃん?」

 多くの友人達がすすり泣きと供に、智也さんの棺に献花をして通りすぎていく。

 煌びやかな錦の掛け布に覆われた棺の前でぼんやり片手に百合の花を持ったまま動けずにいる僕に、戸塚さんは心配そうに声を掛けてくれる。戸塚さんだってもちろん僕と同じぐらい辛いはずなのに、昨日からずっと僕に付いていてくれているんだ。

「僕は・・・大丈夫だから」

 花を棺の上にそっと載せて、強張った顔に無理矢理笑顔を作って戸塚さんを見上げた。 戸塚さんは僕の顔を見た途端、辛そうに眉を顰めたあと、そっと僕の腕を取って、家族の方々に軽く頭を下げると黙ったまま表に出た。

 家族席には智也さんのお母さんらしき人が、涙の涸れ果ててしまった瞳を、ただぼんやりと開けて何処を見るともなく座り続けていた。

 

「祥平君(しょうへい)!」

 僕たちの後ろから透き通った声が掛かる。

 振り返ると喪服姿の智也さんに面差しの似た、美しい女の人が立っていた。この人がきっと智也さんのお姉さんなんだろう。一人っ子の僕に『俺には煩くて怖い姉さんがいるんだよ』と笑って話してくれたことがある。

「亜紀姉さん。この度は・・・」

 戸塚さんが決まり文句を言う。

「私もまだ信じられないわ。あの子が居ないなんて」

 この世にこんなにも寂しそうな笑顔があるなんて今まで僕は思いもしなかった。今までの僕はずっと明るく笑って来れたんだ。父さんを亡くしたとき僕はまだ赤ん坊で何も憶えては居ない。それからも本当なら母一人子一人の寂しい生活なのだろうけれど〈ムーン・ライト荘〉のおかげで僕には沢山のお兄さん達が居た。そして誰よりも大好きな智也さんが居たんだ。

「祥平君、智也のガールフレンド知ってるかしら?」

「え?」

「クリスマスに戻ってからも、毎晩決まった時間に電話をかけてたみたいだし。三が日すぎたらすぐに戻るなんて言い出すし、母さんときっと向こうに、いい人が居るのねって話してたのよ」

「心当たりは有るにはあるけど・・・」

 チラリと僕の方に目をやりながら曖昧に応えている。

 僕たちのことを一様知ってはいても大きな声で言うわけにもいかず、戸塚さんは言葉を濁した。

「これ、大学に帰る荷物の中に入ってたんだけど」

 手に持っていた紙袋から、ピンク色の可愛らしい包装紙に包まれた一つの箱が出てきた。

「あ!それ」

 包みを見た途端、戸塚さんが素っ頓狂な声を出す。

「俺、解ります。ちゃんと渡しますから」

「本当?良かったわ。その人にも、もし良ければお墓参りに来てやってって、伝えてね」

 包みを戸塚さんに渡すと、こみ上げてくる悲しみを押さえ込むように堅く唇をかみしめて元の席に戻っていった。

 

「これ、舞ちゃんへのおみやげ。俺達とスキーに行ったとき土産物屋で買ったんだ。智也の奴照れくさいとかなんとか言いながら結構嬉しそうだったな。智也がそうな物を買うなんてなんか可笑しくて仲間内でからかったんだ」

 お姉さんが行ってしまうのを見届けると戸塚さんは箱を僕に手渡した。

 悴んでほとんど感覚の無くなった手で包みを開けてみると、いかにもスキー場のおみやげと言った感じの可愛いマグカップが出てきた。そして二匹のうさぎのイラストの横に、[I LOVE 舞]と書いてあった。

「智也さんらしくないや・・・」

 いつも冷静で持っている物も人にあげる物も実用第一で、ちゃらちゃらした物が誰よりも似合わないのに。

「智也さんの嘘つき・・・・すぐに帰るって、すぐに帰ってくるからって言ったくせに・・・いらない・・・こんな愛の言葉なんかいらない!ぼくの所に帰ってきてよ!今すぐ僕の所に返ってきてよ!ちゃんと、ちゃんと自分の口から『愛してる舞』って言ってよ!」

 ずっと貯まっていた物が一気に吹き出したように僕はやっと泣くことが出来た。

 マグカップを両手で握りしめながら泣きじゃくる僕の背中を、労るように撫でながら戸塚さんは囁いた。

「やっと泣けたな、舞ちゃん。一杯お泣き。悲しいときには泣くのが一番の薬だ。そうしないと悲しみで心が潰れてしまうからな」

 僕の頭の上の戸塚さんの声もやり場のない悲しみに震えていた。

 
act2へつづく