スターライト・セレナーデ

2 話

「舞ちゃん、居る?」  

学校から帰った僕が自室でのんびりと本を読んでいると、大矢さんが僕の部屋をノックした。

「開いてるよ。何?大矢さん」  

僕の返事と供にドアが開かれ、最近ますます艶ぽさを増した大矢さんが日本人形を思わせる端正な顔をドアの隙間から覗かせた。

「お客さんが来てるよ」

「え?僕に?」  

不審に思って首を傾げた僕は、手にしていた推理小説をパタンと閉じて立ち上がる。  

半年ほど前までは時折宿題を写させてくれと言ってくる悪友が何人かいたけど、今年に入ってから最近までめっきり付き合いの悪くなった僕の所には、ここ数ヶ月というもの遊びに来る友達はいなかった。  

去年の暮れに僕は最愛の人の死というあまりにも大きなアクシデントに見舞われたために、茫然自失の日々が続き、何とか学校には通っていたものの、仲のいい友達と話しをすることすら無くなっていたからだ。

「可愛い女の子だよ。谷川愛ちゃんだってさ」

早く行ってあげなさいと、僕に促すように、部屋のドアを大きく開いて、大矢さんは自分の身体をドアの脇に避けた。   

*****

「よく僕の家が分かったね。そんなところに突っ立ってないで、中に入りなよ」  

パステルカラーでまとめた私服姿にピンクの花柄の傘を差してちょこんと玄関先に立っている姿は、雨に濡れた紫陽花の花を連想させる。

女の子って制服と私服だとまるで印象が違うんだなと、男ばかりの所帯で育った僕には結構鮮烈な印象だった。

不意に今朝僕の腕の中にすっぽりと収まった、谷川さんの華奢な身体の感触をまざまざと思い出していた。

「ご免なさい。突然来ちゃって」

「なにいってんの」  

ニッコリと笑い掛けて、スリッパラックから来客用のスリッパを出して玄関マットの上に置いた。  

男友達なら自分の部屋に通すのだけど、やっぱりそれもまずいだろうと思い、僕はリビングに彼女を連れて入った。

大矢さんはさりげなく気を使う人で、相変わらず気を回したのだろう、既に2階に上がったらしく、広い部屋には僕達しかいない。  

「さっき香月君を呼んでくれた人。凄く綺麗な人ね」  

僕の勧めた大人数用の広いダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした谷川さんは意味ありげな視線でにじっと僕を見た。

「大矢さんって言うんだ。まあね、確かに誰が見ても綺麗だよね」

僕は谷川さんの真意が掴め無いまま、取りあえず相づちを打った。

「コーラでいい?」  

僕の問いかけに頷きながらも、視線を宙に泳がせながら、何か言い出しにくそうにもじもじしている。  

いつもは決して出しゃばりじゃないけど、必要なことは的確に言葉にする人なのに。

「はい。どうぞ」  

冷蔵庫から冷えたコーラのペットボトルを取り出して二人分注いだ僕はコルクのコースターを敷いた上に泡立つグラスを置いた。

「有り難う。あ、これ。今朝のお礼。わたしが焼いたから美味しくないかもしれないけど」  

持ってきた紙袋を開けて、谷川さんは小さなケーキの箱を取り出した。  

箱を開けて中を覗いた僕が、

「凄いね。谷川さん。シュークリームなんて作れるんだ」  

賞賛の言葉を掛けると、谷川さんは柔らかく微笑んで、 「ほんとに今朝は有り難う。嬉しかった」  

食器棚からお皿を出してシュークリームを並べだした僕に、彼女はもう一度改めてお礼を言った。

「そんなに気にしないでよ。僕じゃなくても谷川さんの知り合いなら誰でも同じ事をしたさ。乗る所が同じ駅だったら良かったのにね。男連れなら痴漢なんかこないのに」

「嫌じゃなかった?」

「何が?」

「いつも香月君と同じ電車にしてたから」  

紅く頬を染めて俯いてしまった谷川さんはまたしても消えそうな声で呟いた。

「どういうこと?わざわざ僕の乗る電車に合わせてたってことなの?」  

キョトンとして聞き返した僕に、彼女は耳まで真っ赤になって頷いた。  

これって、もしかしなくても僕のことが好きだって言ってるんだよね?まあ、僕は男だから可愛い女の子にそう言われて嬉しくない訳じゃないけど・・・

モテモテのカッコイイ男の子じゃない僕は、ほんの数回チョコレートや手紙を貰ったりしたことは有るけど、こんな風に面と向かって告白されたのは初めての経験だった。

「めいわく?」  

何をどう言えばいいのか解らなくて黙ってしまった僕に、谷川さんは不安な色を浮かべた瞳を向けた。

「め、迷惑じゃないよ」  

僕はブンブンと大きく首を横に振り、

「た、食べようよ。折角作ってきてくれたんだから」  

シュークリームに手を伸ばして不得意な話題を変えようと試みた。  

谷川さんは、花が綻ぶように優しく微笑むと自分の焼いたシュークリームを美味しいと言って食べる僕を、ちょこんと椅子に座ったまま見詰めている。    

「タカ!ちょ、ちょと待ってよ。まだバイトに行くまで時間有るんだろ。そうだ。この間言ってたCD聞きに俺の部屋に来ない?」

「何ですのん。えらい俺にまとわり付いて。今日の淑貴(よしき)さん変やなあぁ。尚志(ひさし)さんとけんかでもしはったんですか?」  

困っているような大矢さんの声と、笑いながら降りてくる尊さんの声が階段の方からリビングにいる僕たちの所に聞こえてきた。

「ねえ。タカ。待っててば」

「おっと。あぶないなあ。急に掴んで。そりゃ俺も淑貴さんに抱きつかれたら嫌な気はせえへんけど。こんな所、尚志さんに見つかったら偉いことになりまっせ。抱きつくんやったらこんな人目に付くとこやのうて、二人きりの場所にしてほしいわ」  

なんだかやけに嬉しそうな尊さんの笑い声。  

二人の姿がここからは見えないだけに、会話だけ聞こえてくるとかなり危ない内容に聞こえる。  

顔を見合わせた僕と谷川さんが二人して真っ赤になっている所に、リビングのドアを開けて部屋に入ってこようとした尊さんが僕たちを見た途端、ドアの取っ手に指を掛けたままの状態で固まってしまった。

尊さんの肩越しに、しまったとばかりに額に手を置いたまま壁に凭れて立っている大矢さんも見える。

「わ、わたし帰るね。香月君。明日も待ってるから」  

慌てて立ち上がった谷川さんは、戸口に居た二人にペコっと頭を下げて、逃げるようして雨の中に出ていってしまった。    

「可愛らしい子やな。ちぃそうて。舞ちゃんにお似合いや」  

僕に笑い掛けた尊さんの目がやけに冷たい。

「そうかな・・・」  

さっき聞こえてきた会話の内容がかなり気に入らない僕は、曖昧に返事をして、自分の部屋に戻りかけた。

「待ちぃな。あの子と今、付きおうてんのんか?」

「付き合う?谷川さんと?僕が?」  

どうして?そんなこと言うんだよ・・・  

右腕を真横に伸ばした尊さんに扉を塞がれた形で僕は尊さんと向き合った。

「明日も待ってるて、あの子言うてやったやんか」

「ああ、その事か・・・」  

通せんぼしている尊さんの腕の下をするりとくぐり抜けて、心配そうに立っている大矢さんにちょこっと微笑み掛けた。

尊さんは僕のことを好きだと言ってくれていた。

今すぐに尊のこさんの気持ちには答えられないけれど僕は尊さんとのことを時間を掛けて考えてみると答えたんだ。

尊さんはそんな僕の気持ちが整理できる迄待つと言ってくれた。

僕たちはスキューバダイビングを趣味にしている尊さんの提案で夏休みにバリ島に行く約束までしているし、決して智也さんの事を忘れた訳じゃないけれど、僕は少しずつそんな尊さんに好意を抱き始めていたんだ。  

所が今朝の朝帰りでも解るように最近尊さんはまるで僕といたくないのかと思うほど毎日出かけてばかりいる。

僕を好きだと言ったことも、バリ島へ一緒に行こうと言ったことも忘れてしまったみたいに。  

「舞ちゃん。どうなんや?」  

尊さんは別に怒っている様子もなく、そのまま行き過ぎようとした僕の背中に返事を促した。  

尊さんとのことを真剣に考えている僕が、谷川さんと付き合っているなんて本当に思っているの?

尊さんは僕にどう言って欲しいのさ?   

僕と智也さんの親友だった戸塚さんとの仲を疑った時のような、激しい嫉妬は今の尊さんからは感じられない。

僕が谷川さんと付き合う事にしたといえば、始まり掛けた僕たちの関係が何もなかったことのように、簡単にリセットされてしまうってことなの?

「今日、告白されたところなんだ。僕は別に彼女の気持ちが迷惑じゃないと答えたよ」  

さあ、僕は本当のことを言ったよ。

尊さんはなんて言ってくれるの。

「そうか・・・わかった」  

解ったって・・・何が?何が解ったのさ。 

戸惑う僕から離れて、食事の有無を書き込むホワイトボードまで大股に歩いていった尊さんは、向こう一週間の夕食の欄に大きく×印をつけて、

「淑貴さん。出かけるまでに、あと一時間ほど時間がありますねん。さっき言うてはったCD聞かせて貰いますわ」

「え?ちょっと、タカ」  

困っている大矢さんの腕を掴んだ尊さんは僕を置いて、再び二階に上がってしまった。

NEXT  

可愛い女の子の出現に、どう出る?尊さん・・・

次回をお楽しみに♪

※余談ですが、CrystalsってBLなのに女の子がよく出てきますよねぇと、時々言われるんですが。

まあ、BLと言えど世の中の男女は半々ですしね。

それに氷川、綺麗な女性も可愛い女の子も大好きなんです♪(百合物まで書いちゃうくらいですから)