スターライト・セレナーデ

4 話

朝の電車ほど混み合うことはないけれど、何となく行き帰りを一緒にと約束してしまったために、放課後、人影の無くなった教室の中で僕は委員会に出席している谷川さんが戻るのを待っていた。  

まだだいぶ先のことのように思えるのに、もう秋に催される文化祭の準備委員会とやらが有って、級長だけでなく各クラスの副長も毎週木曜日ごとに召集されて居るんだ。  

「香月君!待っていてくれたの?」  

廊下から何人かの話し声が聞こえるなと思っていると、ガラリと引き戸を開けた途端、谷川さんはパッと顔を輝かして、一人で本を読んでいた僕の所に走り寄ってきた。

「舞人・・・」  

そんな谷川さんの後ろに僕の中学時代の友人、鹿取直也が複雑な表情で立っていた。

クラスは違うけど、中学は2年3年と同じクラスで、僕たちはいつも数名で連れ合って、休日に遊びに行ったり、試験勉強をするほど仲が良かった。

その鹿取とも、随分疎遠になってしまって、今ではほとんど話すことも無くなってしまった。

でも、そう言えば、入学当初から鹿取君が谷川さんと一緒の所を僕もよく見かけたっけ。  

と言う事は・・・?

鹿取君は谷川さんの事・・・・好きなのかな?

「鹿取君ごめんね。今日買い物につきあえなくなっちゃった。また今度で良いかな?」

委員会のある日まで僕がまってると思っていなかった様子で、谷川さんは鹿取君とどこかへ行くつもりだったみたいなのに、僕を見る鹿取君の何とも言えない険しい表情に気が付かない谷川さんは、嬉しそうに振り返って無邪気に鹿取君に訊いた。  

鹿取君は谷川さんの顔が自分に向けられた瞬間、まるで仮面を被ったような無表情を作り、

「別に構わないさ」  

と言い置いてさっさと教室を後にした。

「悪かったね。鹿取君と約束が有ったのに」 

肩を聳やかした鹿取君が出ていってしまった戸口から目が離せずに僕は言った。

「良いのよ。気にしないで。鹿取君はわたしが香月君のこと好きだって知ってるから」

「え?」  

ポカンと口を開けて振り返った僕に、

「鹿取君とは中学の時からの知り合いなの。
通ってた塾が同じでね。
わたし、実は高校に入る前から香月君のこと鹿取君から話だけ聞いてたの」  

僕の座っている隣の席の椅子を引いて腰を下ろした谷川さんは、僕の方を見ながら続けて、

「とってもいい奴なんだよって。しょっちゅう鹿取君あなたのこと、話してた。
出しゃばらないけど、あいつが居るだけで周りが和やかになるようなそんな奴だって。
それが、いつにも増して幸せそうに笑ってたかと思ったら、年が明けた途端、人が変わってしまったって。
香月君のことクラスのみんなが心配したけど、当の香月君は身体だけが学校に来てるって感じで、誰が話しかけてもまるで上の空で、その内誰も話しかけなくなったんだって。
でもみんな香月君の事が大好きだから、今でも同じ高校に進んだ鹿取君に香月君どうしてるって聞いて来るんだって。

その度に鹿取君はもうすぐだ。もうすぐきっと舞人は俺達の所へ帰ってくるから。みんなで待っててやろうって・・・」  

僕の乾いた心に少しずつ谷川さんの言葉が染み込んでいく。

そうだったんだ・・・・・・

僕が気づかずに傷つけてしまっていたのは何も戸塚さんや尊さんだけじゃ無かったんだ。

みんな一体どうしたんだって、何度も僕に声を掛けてくれていたのに。

どこか具合でも悪いのか、それとも何かあったのかって。

みんな何回も心配して聞いてくれてたのに。

僕は自分の悲しみに埋もれて、誰の言葉にも耳を貸そうとはしなかった。

僕を労る友人の気持ちをほんの少しもることはなかったんだ。  

その時、教室の窓から見える重くたれ込めた雲の隙間から僕に降り注ぐかのように天に続く一本の道のような光の筋が差し込んできた。

いつのまにか、そぼ降る雨は止んでいて、光がまっすぐ降りてきた。

まるで智也さんが僕の心を明るく照らして出してくれたみたいに。

ああ、智也さん・・・智也さん・・・僕は決して一人きりじゃないんだね。

「香月君の恋人だった人・・・去年の暮れに事故で亡くなったんですってね」  

天からの光を愛おしむ様に眺めていた僕に谷川さんが労るように言った。

「ど、どうして?」  

誰にも告げていなかった事実を、谷川さんに告げられた僕は狼狽を隠しきれずに谷川さんを振り返った。

「鹿取君達。
達って言っても、わたしはほかの人に会ったこと無いんだけど。
香月君と特に仲の良かった5人で香月君の居ないときに〈ムーン・ライト荘〉迄行ったんですって。
それまでも時々来てたんでしょう?」

「う、うん。宿題が分かんない時なんか、僕のところに来れば誰かしら教えてくれる大学生がいるから」

「それでね、その5人の内の誰かが『智也さんならどうして舞人がおかしくなったか知ってるんじゃないかって』言い出して、智也さんに話を聞きに行ったら・・・」

続ける言葉を探しあぐねるように口ごもると、谷川さんは困ったようにツイッと顔を寄せて僕の目を探るように覗き込んだ。

「智也さんは死んだって言われたんだね」  

死という言葉を唇に乗せた時、僕はきっと眉を顰めたに違いない。

谷川さんは小さく頷いて、

「日野さんって言う人が教えてくれたって。
『舞人にとって智也は俺達とは違う特別な存在だったから。立ち直るまで舞人を見離さないでやってくれ。
時間は少し掛かるかもしれないけど、きっともとの舞人に戻るから』って」

「そう・・・日野さんがそんなことを・・・」

「凄く綺麗な人だったんですってね。
鹿取君達も勉強を見て貰うのはほんの口実で、智也さんに会いたくて香月君の所に集まってたんだって言ってた」

「鹿取君が?」 

「ええ、そうよ。もちろん、鹿取君達もすごくショックで悲しかったって、言ってたわ。
帰る道すがら、周りの人が振り返るぐらい、みんなで泣いたって」

嫌な顔一つ見せずに僕たちの勉強を見てくれていた智也さん。

みんなもとても優しかった智也さん。

そう・・・だよね。

みんなも智也さんが大好きだったんだね。

「そんな話を聞いていたわたしは、初めてあったときからずっと香月君から目が離せなかった。
確かに入学当初はほとんど誰とも口を利かない状態で周りから孤立していたけど、日が経つに連れ、時折香月君の顔に浮かぶ笑顔がわたしはとっても好きになっていったの。
もっと、もっと香月君の笑顔が見たいって思ってるうちにこれが恋なんだって気づいちゃったってわけ」  

谷川さんはスカートの襞を指先で幾度も辿りながら、真摯な口調で胸の内を語った。

「僕は昨日、谷川さんの気持ちが迷惑じゃないって言ったよね?」  

僕も言わなきゃいけないんだ。  

ちゃんと自分の気持ちを言葉にして。

「うん」  

少し身体を硬直させて座り直すと、谷川さんは僕の話の続きを待った。

「僕は確かに智也さんを愛してた。
ううん。今も愛してる。
でもそんな僕ごと愛してくれると言った人がいるんだ。
僕はまだその人の気持ちに応えることは出来ないけど、その人とのことを真剣に考えなくちゃいけないと思っている。
だからゴメンね。
谷川さんの気持ちはとっても嬉しいけど。僕は君の気持ちを受け取れない」  

目の前に座っている、可憐な少女に僕は心底申し訳ないと思った。  

こんな僕を、友達すら拒否してしまった了見の狭い僕を好きだと言ってくれたのに。

「いいの。昨日解ったの。
ここのところ随分香月君が明るくなってきた原因が最初は大矢さんだったかなぁ、あの綺麗な人のせいなのかなって思ってたんだけど。
後で扉の所に立ちつくして香月君を見詰めていた人がそうなんだって、わたし解っちゃったから」  

僕に優しい微笑みを向けて、

「これからも良いお友達で居てね」  

谷川さんは小さな手を僕に差し出した。

「もちろん」  

僕はしっかりと彼女の暖かな手を握った。  

ねぇ、智也さん。

僕は今はまだ貴方の所に行けないけれど、どうか雲の上から僕を見詰めていて。  

僕を残して逝ってしまった智也さんが悲しまないように、僕は貴方の愛してくれた明るい舞人に戻るよ。

きっと・・・ 約束する。 

NEXT

BL書いてると、どうしても女の子は振られちゃうんですねぇ。可哀想なんだけど(笑)

優しい、鹿取君はいかがですか?谷川さ〜ん。