スターライト・セレナーデ

5 話

「あれ?」  

僕が谷川さんと別れて帰宅すると、尊さんがリビングのソファに長い足を投げ出して、眠たそうにぼんやりと寝そべっている。

みんな自室に籠もっているよりもリビングのほうが好きだから、ここに尊さんがいるのは全然不思議じゃないけど、こんな風に一人っきりで寝ころんでるなんて珍しい。

「こんな所でなにしてんの?眠いなら部屋で寝ればいいのに」  

寝不足のせいか、ドアを開けた僕に気づきもせず、半分眠っている尊さんを上から覗き込んで声を掛けた。

「舞ちゃんか・・・あふぅ〜。おかえり、今帰ってきたんか?」

僕の声に半ば閉じていた目を開けて、欠伸と供に大きく伸びをした。

「ちゃんと自分の部屋で寝ればいいのに、風邪ひいちゃうよ、こんなとこでうたた寝なんかしたら」  

子供じみた尊さんの仕草が可笑しくて、くすくす笑った僕をほんの束の間寝ころんだままで、じっと眺めた後、よっこいしょ、とかけ声をかけ、起きあがるとソファーの端に座り直した。

「自分の部屋やとよけい寝られへんから、ここにおるんや」

困ったように少し寝乱れた頭を掻く。

「どうしてさ?」  

まさか幾らここの所雨続きだっていっても雨漏りがするわけじゃないだろうに。  

怪訝な僕の顔を上目使いでチラリと覗いて、

「実はな・・・ああ、やっぱりええわ」  

言い淀んだ後、もうこれでこの話は終わりとでも言うように、わざとらしく、窮屈な形で寝ていた間の凝りをほぐすために首や肩をぐるぐると廻している。

え?はぐらかしちゃうわけ?

「ちょ、ちょっと。ちゃんと話してくれなきゃ気持ち悪いよ」

僕は制服のまま尊さんの横に腰掛け腰のあたりのシャツをツンツンと引っ張った。

「もうええんや。どっちみち、もうすぐ出かけるから。
ああ、せやけど財布部屋に置いたままやったなぁ」  

再びチラリと天井に視線をやり、困ったように顔を曇らせた。

「だからなんなのさ?部屋に蜘蛛かゴキブリでも居て入れないんなら、僕が財布取って来てあげようか?」  

マジで困っている尊さんに、貧困な僕の頭に思いついた事を言ってみた。案外、尊さんみたいなナイスガイには意外な弱点があるのかも。

ムーンライト荘一番の巨躯の持ち主である立松さんなんて、極度の怖がりでホラー映画が大の苦手ときてるんだもん。尊さんにだって、なんか怖い物ぐらい、そりゃあるよね。

「ああああああ、あかん!舞ちゃん!!いま行ったらあかんて」  

今度は急に真っ赤になって、立ち上がり掛けた僕を必死な形相で引き留める。

「はぁああ?」  

いよいよ訳が分からない。

たしかに、元々おおらかっていうか感情を押し殺したりしない喜怒哀楽のハッキリ分かるわかりやすい人だけど、こんな風に取り乱してる尊さんを見るのははじめてだ。

「しゃあないなぁ。俺が部屋におられへんのは、隣で淑貴さんと尚志さんが仲直りしてはるからや」  

目が点になってる僕に、観念したのか、僕から視線を外して躊躇いがちにもぞもぞと身体を揺する。

尊さんの起こしたソファーの振動につられて僕の身体も微かに揺れた。

「それがどうかしたの?」  

小首を傾げた僕に、

「せやから・・・・・・な・・・ほれ、声がな?聞こえてくるんや」  

ますます小さな声で呟く。

大矢さんたちが、ケンカの仲直りをしてる?

大体、ケンカって言っても、あの2人っていっつもなんだかんだと揉めてるっていうか、じゃれてるっていうか、そんな感じだし・・・・

そんなこと、珍しくもなんともないのに???

それにケンカの最中ならともかく、仲直りしてるわけだよね???

なんでそんなことで、自分の部屋にいられないんだろ?

「仲直りしてる声が聞こえてきたら部屋に居れないの?なんで??良いことじゃない」

「もうええって!」  

再び小首を傾げて尊さんを見つめ返した僕に、今度は急に怒りだした。

「そう・・・それじゃ勝手にすればいいさ」  

何故突然怒られるのか僕には皆目解らない・・・僕は尊さんの事を心配しただけなのに・・・  

傷ついてソファからスクッと立ち上がり、自分の部屋に戻り掛けた僕の手首を尊さんは素早く掴んだんだ。

「かなんなぁ。もう!
怒鳴って悪かったけど、こんな事、舞ちゃんにどうゆうたらええんや?
大人の、恋人同士の仲直りなんや。
淑貴さん、声ださんように堪えてはるから、よけいになんや・・・扇情的ゆうか・・」  

ああ、仲直りって・・・・つまり・・・・

相変わらず鈍感な僕・・・

やっと尊さんの言葉の意味が飲み込めた。

飲み込めた途端、かぁーっとほっぺが熱くなる。

「そりゃ・・・災難・・だったね」  

なんて言ったら良いのか解らずに、僕もただひたすら困ってしまった。  

不意に顔を綻ばせた尊さんは、僕の紅く染まった顔を覗いてニヤッと笑った。

「赤の他人のことやったら、俺かて別に中坊やあるまいし、あたふた逃げ出すこともないんやけど。
あんな声だしはるんやおもたら、淑貴さんのあの綺麗な顔がちらついて・・・
おちおち寝てられへんかったってわけや」  

ちょっと、待ってよ。それって・・・  

尊さんも大矢さんとしたいって事?

そりゃ、たしかに大矢さんは綺麗だし僕も大好きだけど・・・・・・・・

ちょっと胃の辺りがムカムカする。

「ん??舞ちゃん?ちょっと露骨やったか?せやから言いたなかったんやって」  

僕の沈黙を違う意味に捉えた尊さんは、照れ笑いを浮かべて立ち上がり、

「そろそろ、大丈夫かな?ええ加減でかけんと俺バイトに遅れるわ」  

天井を恨めしげに見上げている。

「僕が取ってきて挙げるよ」

「え?」

「僕は別に大矢さんの声なんか訊いても、尊さんみたいに、大矢さんに欲情したりなんかしないもの」  

冷たい一瞥を尊さんに投げて、リビングを飛び出すと、階段を足音高く駆け上がった。  

勢い込んで尊さんの部屋に入ったものの、僕は、ここがかって僕の最愛の人、智也さんの部屋だったことを思い出し唐突に足が竦んだ。

懐かしいな・・・・

毎日訪れていたこの部屋に、智也さんの居たこの部屋に尊さんが移ってきてからは、僕は一度も足を踏み入れようとはしなかったんだ。

少しずつ部屋の中に歩を進める。 

今にも智也さんが、にっこり微笑んで僕を迎え入れてくれるような、そんな気がして、切なくなる。

でも、間取りは同じでも住む人が違えばこんなにも部屋の雰囲気は変わってしまうんだね。

もう、智也さんは居ないって、ちゃんと分かっているはずなのに、僕はかつての智也さんの部屋を求めるように、両のまぶたを閉じたまま立ちすくむ。

どのくらいたっただろうか、目を閉じ物思いに耽っていた僕は、唐突にきつく両肩を後ろから掴まれて、大袈裟なほどビクンと身体を震わせた。

最終話へ

次回をお楽しみに♪