Crystals of snow story
My Princess Prince
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ブレンダは咄嗟にさっと、柱の影に身を顰めた。
そっとうかがってはみるものの、クーネスが熱心に話しかけている相手の姿が噴水の水柱の影になっていて見えない。
「それが・・なか・・・手強いんだ」
ヒソヒソと話し声だけが漏れ聞こえてくるのだが、あいにくクーネスの声がなんとか聞こえてくるだけで、会話の全貌がなかなか掴めない。
手強い?姫のことだろうか?
「・・けど・・・・・ようや・・・・・させてくれ・・・なったからさ、あと・・と押しさ・・・」
姫の前でいつも見せている貴公子然とした口調よりははるかに砕けた口振りで、顔つきも今はやけに下卑た薄ら笑いを浮かべている。
最初ッから胡散臭い奴だと思っていたのです。
それより、姫・・・奴になにをさせたんです!
あと一押しって・・・まさか!
ブレンダはちゃんと聞こえない会話にいらだちながらキリキリと唇を噛みしめた。
その時、高く上がっていた水柱がゆっくりと下がり、クーネスの相手の姿が見えた。
あれは!!
呪術師、ダーマじゃないか!
じゃぁ、あいつは・・・・・・・なんてこと・・・
ルビー様の時には証拠を掴めずにみすみす逃がしてしまったが、今度こそはしっぽを捕まえてみせるからな。
バタバタと羽音を響かせてダーマの化けた黒い鳥は西の塔の方向へ飛んでいった。
あれは、西の塔・・・・・・
ああ・・やはり、ダーマの雇い主はお后さまだったのだな・・・
姫が危ない、一刻も早くこのことを知らせねば。
パティオからクーネスの姿が見えなくなったのを確認してから、ブレンダはハーティの部屋へと向かった。
「レナ。アンジェリカ姫はご在室か?」
姫に与えらた控えの間で、ブレンダは湖の宮殿の頃からハーティの側女をしてるレナを捕まえた。
「ブレンダ様・・・」
傍目にもハッキリとわかるほどうろたえているレナに、
「どうしたんです?レナ、まさか、わたしに隠し事など無いでしょうね?」
口調は優しいものの、ブレンダの目はいつものように微笑んではいない。
むしろ見たこともないほど、冷たい色をしている。
「も、もうしわけありません!ひ、姫がお通しするようにと・・・」
わっ!と泣き縋りかけたレナを振りほどきブレンダはノックもせずにハーティの居室に続くドアを、叩き壊しそうな勢いで開いた。
その音に天蓋付きの大きなベッドの中で姫だけでは無い影が大きく動いた。
遅かったのか?!
いや、そんなはずはない。わたしより先に着いたとしても差は3分と無いはずだ。
「姫!無礼をお許し下さい!」
祈るような気持ちでベッドに近づいたブレンダは幾重にも重なり覆っているレースをためらわずに剣で切り裂いた。
「おや・・・・ブレンダ殿・・・これはまた無粋な・・・」
ハーティを腕に抱いたまま上体を起こした、クーネスがくくくっとほくそ笑んだ。
しかしハーティはブレンダが入ってきたことにも気づかない様子で、力無くクーネスの胸にしなだれかかったままだ。
着衣はさほど乱れていないが、ハーティの輝くようだった金髪は光をなくし。澄み切っていた紫色の瞳はぼんやりと夢見るように開かれている。
淡いローズ色のだった唇だけが濡れたように赤く、今ブレンダが踏み込むまでの出来事を鮮明に物語っていた。
「クーネス、命が惜しければアンジェリカ様から離れろ・・・」
「ブレンダ殿に命令されても訊けませんね。私は姫に呼ばれたのですから、ねぇ、姫」
ハーティにはクーネスの声しか聞こえないのか、クーネスが話しかけると、嬉しそうに微笑み返した。
くそ!姫は完全にクーネスの魔力に魅入られている・・・・
「姫!!!目を覚まして下さい!コイツは音楽家なんかじゃない!呪術師ダーマの手先なのですよ!」
ブレンダがハーティの肩を大きく揺すると、クーネスは大きな声を立てて笑った。
「なぁんだ、知ってたの?
その割には助けに来るのが遅かったね。もう姫は俺の虜さ、あんたがなにを言ったって聞こえないよ。
俺の瞳に魅入られて、俺の口づけを受けた娘は、俺なしじゃいられなくなるんだよ」
「なんだって!?」
「あんたが、どれだけ呼んだって、姫はもう反応しないってことさ。姫はもう蛇に睨まれた蛙なんだ。俺に食われるのをじっとまつだけさ」
「貴様!!」
ブレンダがクーネスの首根っこを捕まえて捻り上げると、クーネスの言ったとうり、ハーティは離れたくないとばかりにクーネスに縋り付いた。
「くっっ・・・・ほう・・みろ・・邪魔者はお前の方だお前こそ消えろ・・・」
苦しいそうな息ながらも、クーネスは勝ち誇ったような笑いをその冷淡な美貌に浮かべていた。
「姫の側にいるのはわたしだ、邪魔者だなんて言わせない!」
ブレンダは掴んでいた腕に力を込めてクーネスをベッドから投げ落とすと、鞘から抜いた剣の切っ先を喉元に押し当てた。
「よおく、そこで見ているんだな、お前の魔力など、ぬぐい取ってやる」
片手で、剣を突きつけたまま、ブレンダは開いている反対の腕で、クーネスを捜して視線を彷徨わせているハーティを抱き寄せると、薄く開かれている唇に思いを込めて唇を押し当てた。
姫・・・・・・わたしを思い出して下さい・・・
貴方の側にいるのは、このわたしでしょう?
愛しているのです。
あなただけを・・・・
心から・・・・・
わたしを貴方のこころから閉め出さないで下さい!
アンジェリカ姫・・・・・
ハーティ!!!!!
どこかで誰かが呼んでいるような気がした。
とても大切な人を忘れていたような気がしていた。
誰だったろう・・・・
いつもぼくの側にいてくれる、大切な人・・・・
ハーティって呼んでくれた、大切な・・・・・・・
ブ・・レンダ・・・・
「ブレンダ・・・・?」
ハーティがうっすら睫毛を持ち上げると、すごく近いところにブレンダの顔があり、綺麗な黒曜石の瞳が暖かい色を浮かべていた。
ああ・・・・ぼくのブレンダだ・・・・・
でも、どうしてブレンダがぼくのベッドにいるんだろう?
「ハーティ・・・」
ブレンダが、ハーティの髪をそっと撫でると同時に、
「何故だ?何故俺の、呪縛が消えたんだ?!?!」
下司っぽい叫び声が横合いから聞こえてきた。
「な・・・なんで、クーネスがぼくの部屋にいるの?ブレンダ?」
不安そうに訊くハーティにブレンダは安心しなさいと頷いて見せた。
「ノープロブレム、大丈夫です、アンジェリカ姫。今すぐ追い出しますから。衛兵!!!衛兵はいないか!!!此奴を地下牢に閉じこめろ」
バタバタと走り込んできた衛兵に連れて行かれる間も、クーネスはずっと、
「女なら・・俺の呪縛が解けるはずはないんだ・・・女なら・・」と呟き続けていた。
数日後、西の塔ではまたしてもお后とダーマが額を突き合わせてヒソヒソと、内緒話をしていたがその内容はまた後日とお話しすることにしよう。
おや?ダーマの手首になにやらうごめく銀色のものが・・・・これはこれは、世の中にはえらく綺麗な蛇がいるものだ、瞳はアクアマリンをはめ込んだようなアイスブルーではないか・・・・・・・
そのころ、ハーティはまたしても、お城を抜け出して森を散歩していた。今日はしっかり横にお付きのブレンダを従えてなのだか。
今日のハーティは少し肩のでた、薄紫色のドレスで、腰から下の部分には小さな花が手刺繍で刺してある、上品かつ大人びた服装だ。
「アンジェリカ姫、そろそろ、城に戻られませんと・・・」
「やだよ。だって、今日もシャルル、来るんだろ。あいつ嫌いなんだってば」
「仮にも隣国の王子に、嫌いなどと・・・・・・」
「だって、嫌いなんだもん」
ハーティはぷいっと膨らんで見せた。
「しかたありませんね・・・・・では、今日だけですよ」
困りましたね、としかめっ面を作って見せてはいるが、ブレンダの目は笑っている。
あの事件以来、やたらと甘い自分にブレンダも気づいてはいるが、以前のように、誰か身分の高いもの同士と恋仲の噂でも立ってくれればなどと、二度と口が裂けても言うつもりは無かった。
もう二度と、誰かの腕の中に抱かれているハーティなど見たくはないからだ。
しかし、思いの丈を込めて愛の告白をして、口づけたと言うのに、クーネスの呪縛に捕らわれていたためか、ハーティは何一つ覚えてはいないようだった。
「ほんと?!」
「ええ、後で、姫は急な腹痛のためお会いできませんでしたとでも親書をしたためておきましょう」
「やったぁ!オズワルド、ここで止まって!!」
軽快に闊歩していた馬の手綱をハーティは大きく引き、ひょいっと飛び降りた。
「ど、どうしたんです、急に?」
不意に、悪い予感が走ったブレンダは柄にもなくあたふたとハーティを呼び止めた。
「ま、まさか、また・・・」
とことこ、灌木の間を抜けながら大木の近くまで歩いていったハーティはくるりとブレンダの方を振り返って、
「大丈夫だよ〜、騎士たるもの敵に後ろを見せちゃいけないんでしょう?」
スカート掴みながら、自慢げにハーティは胸を張った。
「ひぃ!姫ーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
姫がスカートをまくり上げたときに上げたブレンダの絶叫が遠くラベンダーバレイの渓谷までとどいたという。
ここは常春の国ラベンダーバレイ。
魔法と、夢が織りなす不思議な国の王子様が本当の恋をするのはもう少し後のようだ。
THE END
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