Crystals of snow story

My Princess Prince

「ねぇん、ブレンダったらぁ」

甘ったるい声でブレンダの腕にしだなれかかっている、美女が、急に顔を上げた途端「あら?姫もやるじゃない?」と楽しそうな声をあげた。

美女と一緒にいる割にはなんだかさえない顔色のブレンダはその声につられるようにピンクの薔薇の花壇に目を向けた。

ハーティ?

垣根越しにハーティがなんだか胡散臭そうな美青年と楽しそうに歓談している姿が目に入ってきた。
普段は男に触れられるのを極端に嫌うくせに、男が時折愛しげにハーティの髪や頬に触れてもくすぐったそうにクスクスと笑っている。

そいつに触られるのは嫌ではないのですか?

さっきはわたしを怒鳴りつけて逃げ出したのに・・・・・・

信じられなものでも見たように、ブレンダはこくりと喉を鳴らしたが、そこは従者の立場をわきまえて、あらぬ噂を流させないように美女の視線を自分の方へと戻させる。

「わたしと一緒にいるときによそ見ですか、トパーズ伯爵夫人」

夫人の気持ちをハーティからそらせるために、最高の微笑みで微笑んだ後、

「伯爵に隠れて折角ふたりっきりになれたというのに・・・つれない人だ貴方は・・・・・」

拗ねたような口調で言った。

「ばかね・・・・ブレンダったら」

「誰もこないもっと奥へ行きませんか・・・」

指先をそっと握りしめられて、甘いバリトンで囁かれた夫人はたまらない。

「うふふ・・・良いわよ。悪い人ね・・」

ハーティのことなど、すっぽり抜け落ちて、ブレンダに旨くその場から連れ出された。



そのころ、西の塔では、お后が漆黒のローブを纏った得体の知れない老婆と密会していた。

「本当に、大丈夫なのだろうね?」

「ふぉふぉ、もちろんですじゃ、美しいクーネスの魅力にまいらない娘っこはおりませんて」

「確かに綺麗な青年だとはおもうが、わらわが願っているのはあのいまいあましい姫の失脚。王のお怒りをかって、ここから追い出したいのじゃ」

神経質そうに、后は先ほどから何度も手に持った扇を開いたり閉じたりしていた。

「普通の娘っこなら、すぐにクーネスを寝所に入れるはずですじゃ、何せ、クーネスの瞳には魔力を与えてありますでな。身分が違うものとふしだらな行為におよんだとあれば・・・王のお怒りはまのがれませんて」

「いっそ、ルビーのようにひと思いに殺してしまえばよいものを」

「ルビー様を殺めて半年も経っておりませんのじゃ、あまり急かぬことですなお后様。王にこのことがしれたら、首が飛ぶのはわれらのほうですでな」

ふぉふぉふぉっと不気味な笑い声が夜の闇に溶けたと思うと、老婆は大きな黒い鳥に化けて塔の窓から飛びさってしまった。



「私の顔になにか?」

たおやかに微笑んで、美青年はハーティに尋ねた。

「え・・・?いいえ、なんでもありませんわ。たかが引っ掻き傷なのにハンカチーフまで巻いていただいて・・・」

見とれていたことが恥ずかしくて、ハーティは頬をバラ色に染めた。しかし何故か青年のアイスブルーの瞳からは目が離せない。

湖のようなその色に吸い込まれそうなりながらハーティは青年の話に耳を傾けた。

青年の名はクーネスといい、義兄に音楽を教えるために后が最近城に呼び寄せた、音楽家なのだという。

「なにを演奏なさるの?」

「なんでもだいたいは出来ますが、専門は横笛です、姫」

「まぁ、聴きたいわ」

「今は、笛を携帯しておりませんで、姫のご都合がよろしければ明日にでも」

「ほんと?嬉しい」

「では、早く明日になるように、ゆっくり眠っていただかないと。さぁ、これだけあれば良いでしょう。今夜は薔薇の香りの中で夢を見れますよ」

ナイフで器用にバラの刺を取り、クーネスと名乗った男は小さな花束をハーティに渡した。

「ありがとう・・・クーネス。ほんと、良い薫り・・・・」

「ピンク色の薔薇は貴方のような美しい人にこそふさわしい」

クーネスはそっとハーティの頬に口づけた。

「では、明晩、ここでお待ちしています」

突然のキスに驚いたハーティにクーネスがにっこりと微笑み掛けた。

「お、おやすみなさい!」

ハーティはドキドキする胸を花束で守るようにして、宮殿へと駆け戻った。

ど、どうしたんだろう、ぼく・・・・・

クーネスの青い瞳に見つめられるとドキドキして、変な気分になっちゃう。

どうして・・・・・・

ぼくは男の子なのに・・・・・・・

ブレンダでさえ、相手にしてくれない、嘘っぱちの姫なのに・・・・・



ハーティとクーネスの逢い引きは瞬く間に宮殿の中に知れ渡った。
身分が違う、灼熱の恋と噂され、噂を聞くに付け、ブレンダは納得のいかない憤りを感じていた。

今日こそは姫にご忠告申し上げないと・・・・・・

あんな、身分違いの男に懸想なさるなんて・・・

身分が違うからこそ、わたしは・・・・・

こんなことなら、いっそ、想いをうち明ければ良かったとでも言うのですか、ハーティ・・・・・・・

ブレンダがハーティへの想いに気が付いたのはずいぶんと前のことだったようだ。
それは、三年前ハーティがブレンダの姉に、花束を贈りたいと頬を染めて言ったのがきっかけとなったらしい。
その時、遊び相手として従者で有りながらも兄のような心でハーティを見ていたブレンダの何かが変わった。

ほかの誰かを思って頬を染めるハーティなど見たくはない。
誰にも渡したくはない・・・・・

そう強く願う自分に気が付いたのだ。

しかし、そのころブレンダはもう16で、しっかりと自分たちの身分の差を知っていた。だからこそ、想いを胸の奥底に秘めてきたのに。

そのうえ、ここへ来てからと言うもの、ハーティは秘密を知っているブレンダさえ、もともと姫だったのでは?と錯覚に陥るほど崇拝者たちから送られる豪華なドレスが良く映えて、ますます美しくなり、ブレンダを悩ませた。

最近ではよそよそしいほど従者の立場を頑なに守り、たぎる想いを紛らわすために、あまたの美女と浮き名を流して憂さ晴らしをしていたのだが、あんな胡散臭い銀髪野郎にみすみす奪われるのかと思うと、胸が激しく騒ぐばかりだった。

何故、あの男なのです・・・ハーティ・・・・

ブレンダがハーティーの部屋に向かって足早に歩いていると、パティオの噴水の影で、クーネスが誰かと話しているのを見つけた。

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