5万HIT記念連載小説

******アウトドアの勧め ******

 

(第 2 話)

 

「仕方ないな・・・俺が戻ってくる迄、ここで一人で待ってられるか?」

「あ、相澤・・?」  

思わず情けない声がでた。  

幾らまだ日が高いとはいえ、こんなに薄暗くて何が出てくるか分かんないような獣道に、俺を一人ほっぽといて行く気かよ!

「ん?待ってられないのか?」  

そう訊かれて、素直にハイそうですと言えるくらいなら、今頃はもっといい子になってるよ。

「ふん。なんだい。子供扱いすんなよな!ここで座ってりゃいいんだろ。さっさと行って、俺の荷物運びに降りて来いよ」  

ガサッと大きなシダの葉を揺らして座り直した俺に、すぐだからなと言い置いて、相澤は大きな荷物を軽々と抱えながら、山道を軽快な足取りで歩いていく、俺と歩いているときより数段早いスピードで。  

口数もあまり多くなく、これ見よがしに俺の気を引こうとする奴らと違い、相澤は黙ったまま俺に合わせてさりげなく気を使う。  

逞しくて男前の相澤が、何で俺みたいな顔だけが取り柄の性格破たん者が好きなのか俺には皆目わかんない・・・
まぁ本人から直々好きだと言われた訳じゃないんだから、面白可笑しく騒ぎたい周りのデマかもしんないけど。  

相澤が見えなくなってしまうと、音もなくうっそうとした森の中はすんごく気味が悪い。  

よく見ると胡座をかいてる足下にはうじゃうじゃ小さな虫がいるし、時々すぐ近くで鳥が羽ばたいたりすると、思わず、 「ヒャ〜!」  と情けなくも叫んでしまう。  

臆病もんの俺は、ほかよりもこんもりと茂った草や灌木の下に、放置された死体が腐り果てて転がってるんじゃないかなんて考えると、ついこの間恐い物見たさで読んだ、スティーブン・キングのおどろおどろしい世界を思いだし、背筋にぞぞぞっと戦慄が走った。  

明るいことを考えればいいんだろうけど、そう思えば思うほど、こんな時ほどマイナーな妄想に捕らわれる。  

もし、暗くなっても相澤が帰ってこなかったらどうしよう・・・  
弱音なんか吐かないで一緒に行けば良かった。  

そもそも、兄貴達に誘われて都会っ子の俺がキャンプになんかに来たのが間違いなんだ。 

俺はいつも通り、行きたくないって言ったのに・・・  
俺を可愛がってくれている洒落もんの兄貴は、俺の虚栄心をくすぐるのが滅法上手いと来てる。

今までは我が儘な俺が行きたくないと言えば、仕方ないなと肩を竦めてくれていたのに、今回ばかりは何故か簡単には引き下がらなかったんだ。  

これがキャンプ場?なんて疑いたくなるほど、綺麗に整備されたキャンプサイトのパンフレットを見せて、温泉もあるし、水洗トイレも完備だし、『これからの男はアウトドアの心得ぐらいなくちゃな』なんて上手に俺をその気にさせてしまったんだから。  

本格的な夏になる前の土日を利用して行くことになったんだけど、俺はまだ高校生で今週は土曜日も授業のある日だった。  

ワゴン車で行く先発隊は朝の内に出発して、俺は俺のためにわざわざ遅れて出発してくれた相澤と、電車やバスを乗り継いでこの山にやって来た。  

その時の俺はあまり深く考えてなかったけど、ワゴン車がテントサイト迄乗り入れられる近代的な設備の整ったオートキャンプ場なら、こんな山道を何時間もかけて歩いて昇らずとも、キャンプ場までバスか何かが走ってるんじゃないのか?  

なんだかんだと一人で考え、足下の葉陰が風で揺れるたびに、大きな虫や蛇が飛び出して来るんじゃないかと怯え、不安に恐々としていた俺の元に、待ちこがれていた相澤が戻ってきた。  

小走りで斜面を駆け下りてくる相澤の引き締まった身体は、映画に出てくるレスキュー隊みたいに逞しくて、俺はホッとすると同時に相澤の男らしい肢体に思わず見とれてしまう。

「遅かったじゃないか!」  

嬉しさなんか見せてやるもんかと、仏頂面を作り、ヨタヨタと立ち上がりながらぶっきらぼうに言放った。

「俺が居なくて、寂しかったのか?」  

俺の荷物を地面から拾い上げながら、にやりと端正な顔に笑顔を浮かべた相澤は、とんでも無いことを俺に訊いてきた。

「だ、誰が!」  

こんな山ん中に一人でほっぽっとかれたら誰だって寂しいに決まってるじゃないか!  

相澤のバカ!!

相澤の降りてきた道を俺は手ぶらで登り、その後ろを俺の荷物を抱えた相澤が続く。  

荷物・・悪いな・・・  

そうは思っていても口にはなかなか出せない・・・
くるりと相澤の方に向き直り、相澤の手からリュックを一つもぎ取った。

「よっちゃん?疲れてるんだろう?いいよ、持たなくても」  

相澤の手がもぎ取ったはずのリュックを掴んでおもむろに引っ張った。

「あっ・・」  

ほとんど笑ってる状態の膝が簡単にバランスを崩して、俺は不覚にも相澤の胸に倒れ込んでしまった。

「大丈夫か?」

「きゅ、急にひっぱんなよ!」  

厚い大きな胸板があの日をまざまざと思い起こさせて、俺が慌てて相澤から飛び退くと、相澤は俺の過敏な反応に、ほんのすこし寂しそうに笑った。    

 

 

 

「なんだぁ〜?ここ?」  

だだっぴろい草原に、青や緑のテントがポツリポツリと5っつ程点在している。  

ぼろっちい屋根の付いた共同の炊事場が一つ、その横にたぶん、ぽちゃん式のトイレだろうと思われる小屋。   

どうやって浴びるのか、トタンのドアの至る所に穴が開き、外からほとんど丸見え状態の冷たい水しかでそうにないシャワー。

「う、嘘だぁ〜!」  

こ、こんなんじゃ無かったぞ!パンフレットに載ってたのはもっと綺麗で、一区画ずつキチンと区切られてて、そこに一個ずつ流しや電源までついてて、そんでもって、大きなロッジの中に温泉やレストランまであるはずじゃ無かったのかよ?  

俺は助けを求めるように、横に立つ相澤を見上げた。   

所が相澤は素知らぬ顔で、テントをはる用意をし始めた。

もしかして・・・・もしかしなくても・・・はめられたのか?俺・・・

「相澤!どういうことなんだ?兄貴達はいったい何処にいんだよ!」  

コールマンのモスグリーンのテントを手早く袋から取り出して、平らな地面に拡げている相澤を俺は大声で怒鳴りつけた。   

相澤は俺から目を逸らしたまま、

「小出達は隣村のキャンプ場にいる」  

淡々と返事をして作業を続けた。  

俺は怒りに燃えながらも、改めてそこここに散らばった沢山の荷物をジッと見詰めた。  

テントだけでなく、くるくると丸められた銀色の保温マットが二つに俺と相澤が使う二人分のシュラフ。
ガスランタン、懐中電灯、ラジオ。
缶詰や米の入った食料の袋と食器の入ったおおきなリュック。

俺ってなんてバカなんだ?こんな簡単なことに今まで気がつかないなんて・・・・・・・

先発隊はワゴン車で行ってるんだから、ハッキリ言って俺達は手ぶらで行っても困らない筈なんだ・・・みんなと合流しさえすれば・・・っていうことは、端っから相澤は兄貴達と合流する気は無かったって事だよな。

「どういう事なんだ?ちゃんと説明しろよ」  

俺はイライラと爪を噛みながら、テントを起こすためにファイバーの棒をスルスルと差し込んでいる相澤の広い背中に問いかけた。

「よっちゃん。最初から二人だけで行こうって誘っても、俺に付いてこなかっただろう?」

「あ、あったり前じゃないかよ!何で俺が相澤と二人でキャンプになんかこなけりゃなんないんだよ」  

元々キャンプなんか来たくなかった上に、ここはいまや主流のオートキャンプ場なんて洒落たしろものなんかじゃない。

こんなのは確か野営場ってんだろ?  

俺の返事にちょっと手を止めた相澤は曖昧に微笑んだ。だからだよ、と言いたげに。  

あっという間にドーム型に立ち上がったテントから離れた相澤は、黙々とリュックの中から木槌と黄色いプラスチック製のペグを取りだしてテントを地面に固定し始めた。

「よっちゃん。断熱シートをテントの中にひいて、シュラフ二つとも、ほうりこんで置いてくれないかな」

「え?」  

俺・・・今夜ここで、このテントん中で、相澤と二人きりで寝るのか?

「ヤダ・・・」  

みぞおちの辺りがキュンとした俺は、相澤の広い背中を眺めたまま、ジリッと足下の砂を鳴らして後ずさった。

冗談じゃない・・・  

ごくりと唾を飲み込んだ俺は、金の入っている小さなリュックを地面から拾い上げ、今来た方へとくるりと踵を返した。

 

「よっちゃん!待てよ」  

スタスタと来た道を歩き出した俺の肩を、追いかけてきた相澤が慌てて掴んだ。

「何処へ行く気だ?」

「帰るんだよ!」

「無理だ。もう日が傾いてきてるのに、バス通りに付くまでに真っ暗になるよ」

「あ、相澤とふたりっきりでテントの中で寝るぐらいなら、山ん中で一人で寝る方がましだ!」 

酷いことを言ってることは自分でも分かってた。

でもそれ以上に俺は相澤が、あの日の相澤が恐かったんだ。

「すまない。騙したりして悪かった。俺は今晩テントの外にずっといるから・・な?それならいいだろう?一人で帰るなんて頼むから言わないでくれ」  

項垂れた相澤が俺の肩から手を放し、俺のリュックにそっと手を伸ばす。

「絶対だぞ!絶対テントの中に入ってくんなよな」

「解ってる」  

俺と相澤は一つのリュックの紐をかたっぽづつもって、赤く染まり始めた夕暮れの中を、さっき張ったばかりのテントまで黙りこんだまま歩いた。

 

はめられた、よっちゃん、さてどうなることか・・・・

ところで、季節的な設定が春の終わり頃なので、ちょっと違和感があるかもです。。ごめんねぇ〜