5万HIT記念連載小説
******アウトドアの勧め ******
(第 3 話)
「こんなんでいいのか?」
俺は芝刈り爺さんよろしく、相澤に言われた通り林に入り細っこくて乾燥している小枝を両手一杯拾ってきた。
「ああ、上等だ」
小石を積み上げ簡易の炉を作った相澤は、俺から受け取った小枝の下に枯れ草を敷いてライターで器用に火を付ける。
俺なんか、バーベキューの時に着火材で炭に火を付けたことしかないから、手際よくメラメラと火を起こす相澤がまるで魔法使いみたいに見えた。
「ゴホッゴホッ!すげー煙」
「最初だけだから、風上においで」
フリースの袖で口元を押さえた俺を相澤が煙の来ない方へと手招きしたので、慌てて俺は風上へと回り込んだ。
枯れ草からは真っ赤な炎と一緒にネズミ色の煙が勢い良く吹き上げていたが、相澤の言った通り、最初の勢いが過ぎ薪に炎が移り出すと煙はさほど酷くなくなった。
「ここんとこ、ずっと天気で良かった。木が湿気てると煙がすごいからな」
相澤は飯ごうの取っ手を木の棒に通して、燃えさかる炎の真ん中に釣り下げながら火の様子に見とれて突っ立っている俺に言った。
「ふ〜ん。そうなんだ」
相づちを打つ俺の手に相澤はマシュマロの袋を「ぽい」っと投げてよこした。
「なに?これマシュマロじゃんか?」
「ご飯が出来るまで、食べてるといい。
火にあぶると結構旨いぞ」相澤に教えられたとおり、小枝の先に刺したマシュマロが火に炙ると、今にもとろりと溶けだしそうになった。
「へぇ。美味しいや」
口にしたマシュマロは今まで思っていたマシュマロと全然違う食べ物みたいだった。
「相澤も食う?」
「後でね。俺、今手が放せないから」
にっこりと笑った相澤はまた忙しそうに働きだした。
しかたなく、これといってすることのない俺は熱いのを我慢して、木の棒の先からマシュマロを一つ摘むと、ランタンに火を付けたり、缶詰を開けたりとやすみなく動いている相澤の口に突っ込んでやった。
相澤はたぶんわざとだろう、そっと俺の手首をとると、マシュマロの付いた人差し指を唇で吸い上げて、キュッと甘噛みした。
「あっ・・・・・・・・な、なにすんだよ!!!」
カッと頭に血が昇り紅くなった俺が、火傷したみたいに指を相澤の唇から引き剥がすと相澤はまた、寂しそうな笑みを俺に向けた。
さっきまで燃えるように赤かった山の夕焼けは、遠くに広がる稜線の向こうにほとんど消え去って、薄紫のとばりが急速に俺達二人を包み込み始めていた。
逢魔が刻・・・どこかで耳にしたそんな言葉が俺の脳裏に浮かぶほど、ランタンや炉で燃えさかる炎だけが照らす薄紫に煙る世界は幻想的で美しい。
ほんの僅か漆黒の闇が訪れるまでの短い時間だけに存在する魔性の刻。
美しさの背後に禍々しい魔物が潜んでいるような、そんな怪しげな美しさに俺はそっと張りつめていた息をはいた。
「なぁ、相澤。兄貴達は知ってんの?俺達がここに来てるって」
コッフェルに入れた、白いご飯と、缶詰の質素なおかずを食べながら俺は改めて、相澤に訊いた。
今頃バーベキューかなんか食べてんだろうなと思うと俺達の質素な晩飯が悲しい。
だけど相澤が苦心して炊いてくれた、ほんのちょっとお焦げの混じったほかほかのご飯は、香ばしい香りがして案外いける。
ここに着いてからまるで何かせずにいられないとばかりに、ずっと何かをしている相澤は、ご飯を食べながら、残り火を木の枝で寄せ、今度は大きめのコッフェルに水をくんできて湯を沸かし始めていた。
「知ってるよ。こんな事を考えついたのは小出だから・・・」
「兄貴がぁ?」
な・・・・んで、兄貴が・・・・・・まさか・・・
「悪かったな・・・俺がもっとよく、よっちゃんの気持ちを考えるべきだった」
闇の中で赤く炎に照らされた相澤の顔は、いつもより陰影がハッキリしていてよけいに大人っぽく見えた。
「あの事・・・兄貴達に話したのかよ?」
羞恥に唇を噛み、ポツリと小さな声で訊く。
この話題に触れるのはとてもイヤだったけど、兄貴の提案だと言われれば、きき流すわけにもいかない。
そう、あの後、俺と相澤の間であの話が出たことは一度も無かったんだ。
俺はずっと避けてきたのに・・・・・「言ってないよ」
相澤がじっと見詰めている銀色のコッフェルの水の中に、端の方から小さな気泡がポツポツと上がり始める。
「じゃあ、なんのために?なんで俺達を二人っきりにしなきゃなんないんだ?」
真実が読みとれず、顔を上げようとしない相澤にもう一度訊いた。
「本当に何も言ってない。言ってはいないが、何か有ったらしいと小出も思ってるみたいだな。
第一、俺が何も言わなくても、よっちゃんはあれからずっと俺を避けてるんだから道隆だって変に思うだろう?」小さかった泡は段々と端の方から大きな気泡に変わってきていた。
「よっちゃん」
黙っていると相澤は不意に顔を上げ、俺に真剣な目を向けた。
「な、なんだよ」
俺は思わず顎を引く。
「俺は・・・よっちゃんを抱いたことを後悔してない。
それでも俺の方が5っつも上なんだから、意地を張ってるだけのよっちゃんに、つけ込むべきじゃなかったんだろうなと思ったりもする。
だけど、そんな意地っ張りなよっちゃんのことを俺は心底可愛いとおもってる。
だから教えてくれ、あの日、もし相手が俺じゃなかったとしても、よっちゃんはあんな事をしたのか?
もしこれから先もあの日と同じ状況になれば、相手が誰でもあんな事をするのか?」ボコボコと音を立ててコッフェルの中のお湯が沸騰し始める。
その音だけがシンと張りつめた二人の間で聞こえている。
そして、俺の胸の中にも同じように突然沸き上がってきた想いがある。
あの日・・・相手が相澤だから・・・あんな事を言った・・・
キスも知らない子供だと相澤に思われたくなくて・・・
恐いと・・・哀願しながらも・・・・俺は相澤の情熱に応えて自ら身体を開いた・・・
本気で逃げれば逃げられたのに?
嫌だ!!違う・・・・・・俺は相澤のことなんか何とも思っちゃいない!
あの日だって、俺はほんの少し意地を張っただけ、相澤に抱かれたんだって、無理矢理だったじゃないか!
俺は相澤に抱かれたいなんて考えたことなんか無いんだ!
「べ、別に相手が相澤じゃなくても同じだよ」
微かに声が震える。
「い、一回寝たからって、いい気になんなよな。俺は相澤のことなんか何とも思っちゃいないんだから」
一言口に出せば、後は幾らでもすらすらと出てくる。
「あの時言ったろ?俺は経験ほーふなんだって。俺は気が向けば誰とでも寝るんだから!」
胸に込み上げてくる真実に向き合いたくなくて、俺の声がきつく尖る。
「よっちゃん・・・止せよ」
ぐずる子供を見るような相澤の目が、俺にますます火を付ける。
「な、なんだよ!嘘じゃないさ!俺は結構もてるんだぞ!!
俺を抱きたがる奴なんか腐るほどいるんだから!」「そんなことは・・・・・・・解ってるよ」
再び俺からスッと視線を外した相澤はコッフェルを熾火(おきび)から下ろし、二人分のカップにインスタント式のドリップを置き、コーヒーを作り出した。
大人ぶった冷静な相澤の態度が気に入らない。
それ以上にバカみたいにムキになっていく俺がもっと気に入らない。
「シャワー浴びてくる!」
ガバッと立ち上がり、側に置いてあった懐中電灯をむんずと掴んだ俺は、200メートルほど離れたシャワーに向かう。
穴だらけのトタンのドアを開け、懐中電灯を消してから真っ暗の中で脱いだ服をそこに掛けた。
蛇口を捻ったら思ったより強い勢いで冷たい水が出てきて、ガタガタ震えながら冷たいシャワーを火照った身体の頭のてっぺんからおもいっきり浴びた。
なんでかわかんないけど、込み上げてきた苦い涙もシャワーが綺麗に流してくれた。
俺、こんな所で何してんだろう?
水を止めて見上げた頭上からは信じらんない数の満天の星々が、裸の俺を見下ろしていた。
しばらくぼんやりと突っ立った後、ブルブルッと水に濡れた身体を山の冷気に震わせた俺は、バスタオルを持たずにシャワーを浴びに来たことにハタと気が付いた。
ど・・・・・どうしよう・・・・・・・・
ガタガタ震えながら思案に暮れている俺のすぐ側で、びっくりするほど唐突に相澤の声がした。
「風邪引くぞ」
俺にもぼんやりとしか相澤の顔が見えないんだから、相澤からもぼんやりとしか俺の裸は見えないんだろうけど、それでも俺の白い躰の隅々まで見られてしまうようで、俺は無言のままクルリと反転した。
相澤は背後からゆっくりと、柔らかいバスタオルで俺の冷えた身体を包み込む。
「離・・・せよ」
ギュッと力強く抱きしめられて、息が苦しい。
「わかっている」
静かな言葉とは裏腹に、相澤の腕は緩まない。
相澤の唇が濡れた髪から滴の垂れる俺の首筋に触れ、ぞくりと粟だった肌をそっと啄んでからタオルごと抱きしめていた腕をゆるりと離した。
「あい・・ざわ・・?」
何もなかったようにテントに戻っていく相澤の後ろ姿に、俺の口からあいつの名前がぽろりとこぼれ落ちる。
キスのせいなんかじゃない。
立っているのが難しいほどゾクゾクするのは、きっと寒いからだ・・・・
NEXT:次回更新は80000です〈笑〉