お 猫 さ ま

「おいで、南」

ソファーでくつろいでいた澪が、ぽんぽんと自分の膝を叩く。

食事の後かたづけが終わり、リビングに戻ってきたばかりの雅之は『なに?』と可愛らしく首を傾げた。

「いいから、こいよ」

まだ、水で湿り気を帯びている雅之の腕を、澪はぐいっと引っ張り、自分の膝の上に、雅之を横抱きするように載せた。

「わっ!お、重いでしょ?」

「へっき。それより、明日から雅之は何もしなくていいからな。俺が9日間ずっと世話をしてやるから」

旅行に連れていってやれなくてごめんな、と楽しそうに澪は雅之に囁いて、すでに頬を染めている雅之の唇を捉えた。

ずっと、ずっと、愛し合おう。

ほんの少しの間だけ、部屋の中に閉じこめるから、誰にも見せずに、誰とも話させずに、俺だけのお前でいて欲しい・・・・・・・

何度も何度も愛し合おう、昼も夜も・・・・ずっと・・・・・・・

★★★

「ご、めんね。ごめんね」

すすり泣きながら、雅之は澪の背中に出来た真新しい創傷に、消毒液を塗っている。

「い、いてて・・・・・」

「わ−−−ん!!ごめんなさぁい!」

「ああ、泣くなよ。興奮して背中引っ掻く奴は、なにも南だけじゃないさ」

泣いている頭をよしよしと撫でながら『でも、まだちゃんとしてもないうちに、引っ掻く奴は知らないけどな』と澪は心の中で呟いた。

「爪のびてるんじゃないのか?見せて見ろよ。ほら、これじゃちょっと当たっても、傷が付くさ。まってろ、今切ってやるから」

上半身裸のまま、澪はむっくり立ち上がり、細々としたものを入れてある引き出に爪切りを取りに行った。

おかしいなぁ・・・・・3日前に整えたばっかりなのに・・・・・

きれい好きの雅之は綺麗に磨き上げられてはいるがかなり伸びている自分の爪を、涙で濡れた瞳でぼんやりと眺めていた。

でもなんで、引っ掻いちゃったんだろう・・・・・

さっき・・・・僕は・・・・・・

興奮して、爪を立てると澪は言ったけど、さっきは違う。澪に押し倒されて、澪の肌が僕の肌に触れたとき「イヤだ・・・」と思ってしまったんだ。

なぜ?・・・・・・・・・

イヤなんかじゃないのに・・・・・・

だって、僕は澪が大好きなのに・・・・・

どうしよう・・・・・・

どうしよう・・・・

どうしよう・・・

 

「なぁ〜、南ぃ〜。いい加減、こっちに来れば?」

ベッドの中から何度も澪がつまらなそうに呼んでいる。

「ごめんなさい。もうすこし・・・・さっきもいったけど姉さんに急いでねって頼まれたんだ。今日中に送るって約束してるから」

「ちぇ。。。俺、も−−−寝る」

PCから離れようとしない雅之に焦れた澪は、まだヒリヒリしている背中を上にして、舌打ちしながらポフンと枕に顔を埋めた。

普段は強引な澪だか、雅之が約束事を破れないたちだと知ってるので、仕方なく引き下がったのだが、雅之の頼まれた仕事の納品期限は実は連休明けまでだった。

そう。決して今日中にしないといけない用事などではないのだ・・・・

雅之は澪の傍に寄るのが怖かった。

さっきの事が、無意識にしてしまった行動が、雅之はとても怖かったのだ。

「ごめんね・・・・澪」

ぽそりと呟いた雅之の方は小さく小さく震えていた。

また、あんなことしちゃったら、どうしたら良いのか分からないから・・・・・澪に触れられてイヤだなんて、思いたくない。

明日になればきっと、何でもなかったって分かるから。

明日になれば・・・・・・・

きっと・・・・・・

★★★

何してるんだ、こいつは・・・・・・・

翌朝、早い時間に目覚めた澪は、横にいるであろう雅之に腕を延ばしたのだが、腕は虚しくも、かすかすっと虚しくベッドのシーツの上を空振りした。

眉を顰めながら、昨夜座っていたPC前のイスを見ても雅之の姿はなく、むっくりと起きあがって寝室から顔を出すと、リビングの向こうに置いてある4人掛けのダイニングテーブルに突っ伏している、雅之を発見した。

こんなところで寝たのか?バカだなぁ、風邪引くぞ・・・・と、傍に寄っていくと。

なんだぁ・・・・・?

突っ伏した横には買い置きしてあるツナ缶が3ヶ、空になって転がっていた。

夜中に、ツナ缶だけ3個も食うなんて。変な奴・・・・・・・

よっぽど遅くまで頼まれた用事を仕上げるのに掛かって、腹減ってたんだな。

あ〜あ、無防備な寝顔。

まったく、いくつになっても、可愛い顔しちゃって・・・・・・・

「おい、寝るんならベッドにいけよ」

空き缶をサッと、水洗いして、缶専用のゴミ箱に入れながら、澪は雅之に声を掛けた。

「う・・・・う〜ん。今何時?」

「まだ、5時半だ。ほら、抱いていって欲しいのか?ん?」

笑い掛けた澪に、寝ぼけ眼の雅之は嬉しそうに両腕を高く差し出した。

「仕方ないなぁ・・・」

そう言いながらも、端正な目元を綻ばせながら、澪も雅之の身体に逞しい腕を廻す。

ゆっくりと、雅之の腕が澪の首にかかる・・・・・

「痛っ!!!なにするんだ!?」

「え?わ・・・わ、ぼ、ぼく?!ご・・ごめ・・・・」

澪の首筋に細い爪痕が二本。くっきりとみみず腫れを作っていた。

引っ掻かれた澪よりも、雅之の方が痛さに顔を歪めて、今にも泣き出しそうだ。

「いったい、なんなんだよ?昨日から!!俺、なんかしたか?」

「ご・・・ごめんさい。僕・・・・ぼく・・」

オロオロと、涙を浮かべながら、自分が傷つけてしまった澪の首に雅之は手を伸ばすと、顔色を変えた澪が、その手首をがっしと掴んで言った。

「なんでだよ・・・・なんで、また爪が伸びてるんだ?」