*********珊瑚礁の彼方へ*********

 

プロローグ

 

薄雲が微かにかかる蒼穹の空の下、白く咲き乱れるプルメリアが甘い芳香を放ち、甘美な薫りに満たされた浜辺に通じる遊歩道を一人の青年がゆっくりと歩いてきた。    

垣根を抜け、南の島特有の赤みを帯びた丸い石を積み上げた階段をのぼると、一瞬にして眼前には目の覚めるような翠緑色の海原が果てしなく拡がる。  

遮るものなどない、海原の上を純白の鳥が数羽、羽を広げて羽ばたいていた。    

青年は憧憬の念を切れ長の黒瞳に浮かべ自由に海原を渡る鳥に視線を馳せた。  

鳥になって海を渡って行きたいのだろうか、果てしない海の彼方へ、誰かの面影を求めて・・・・    

しばらく小高い所に佇んでいた青年は両の手を広げて胸一杯に潮の香りを吸い込むと、青い海とはハッキリとコントラストを織りなす純白の砂浜に降り立った。  

青年は履いていた靴をおもむろに脱ぎ捨てて、静かな波が唄うような独特のリズムで打ち寄せてくる水際へと、精霊にでも招かれたかのように、夢見るような表情で歩いていった。  

波打ち際で素足に泡立つ海水が触れた途端、彼は小さく身震いし、切なそうに海を見詰める目元を細めた。      

 

彼がこの地を訪れたのは3年ぶりになる。 

ここで何が自分の身に起きたのか確かめるだけの心の整理がついたのかと訊かれれば、彼はきっと首を横に振るだろう。  

それでも彼はここに来ずには居れなかったのだ。  

何時の日か訪れなければならないと思っていた。  

真実はきっと永遠にわかりはしないだろう、それでも、彼は再びこの地に足を踏み入れ、自分自身と向き合わねばならなかったのだ。    

再び訪れた彼の頬を、ほんのり湿気を帯びた柔らかい風が、待っていたよと言いたげに優しく撫で上げ、鼻孔を潮の香りが官能的にくすぐる。  

古[いにしえ]から潮騒と言う言葉があるけれど、この香りと絶えることのない波の音は彼の心をどれほど騒がせることか・・・・    

白く泡立ちながら、くり返し素足を洗う波の震えるような愛撫が、決して忘れることの出来ない、愛しい人との一夜きりの愛の営みを、彼の脳裏に鮮明に想い起こさせた。  

しかし、その一夜きりの愛の営みさえ、果たして現実のものだったのだろうか。  

今となっては、誰にも真実は分からない。  

全てを知ってるのは、あの時と同じ眩しいほどの青さを保っている母なる海だけなのだから。    

さざめく波の煌めきをじっと凝視している彼の思いは現実を離れ、遠い水平線の果てへと、三年前のあの日々へと飛んでいく。      

 

誰か僕に教えて・・・・・  

この世に生を受けた生きとし生ける全てのものは、海から生まれ、何時の日かまた海に帰っていくのだろうか・・・・  

そして、何時か僕はまた巡り会えるのだろうか・・・  

悠久の時を超え・・・・  

母なる海のもとで     

ふたたび・・・・・・

君に・・・・・・・・・・・・