★☆★いつか見た夢★☆★

 

( 21 )

選ぶのはあなただと、朝永に言われた神谷は、驚いて息を飲み込むと、蝋のように白い顔を小さく振った。

選ぶ・・・・・わたしが?

「選ぶとか・・・そういうつもりじゃなくて、わたしは、わたしは、ただ・・・」

ただ・・・・

ただ・・・・・・・

そこで、神谷の思考は止まってしまう。

どうしたいのだろう、わたしは・・・・・

 

いま、目の前には、この三年間、一番逢いたくて、一番逢いたくなかった、三津浦がいる。

いっしょに居た頃の首吊りのスーツと違って、素人目にも仕立てのいいことがわかる、きっちりと身体にフィットした、高価そうなサマースーツを着込み、ちょっとした物腰も貫禄とでも言うような、箔がついている。

彼との再開にあんなにも怯えていたのが嘘のように、今は、安らかな気持ちで、冷静に三津浦の様子を見ることができた。

相変わらず、誰もが好感を持つようなハンサムな顔だが、しばらく見ない間に随分と狡猾さを含んでしまったように感じたのは先入観のせいだろうか。

自分の愛した男は、こんな立派なスーツよりも、ざっくりとしたシャツが似合い、もっと、朗らかな、そう、横に座って心配そうに事の成り行きを見守っている敦のように明朗な明るい顔立ちの男だったはずなのに。

3年と言う月日が三津浦を変えた訳ではないのかもしれないと、神谷は思った。

思えば、大学時代に知り合ってから、既に10年以上の年月が経っているのだ。

自分だけがずっと世間をしらずに、研究室に籠もっている間、先に社会にでた三津浦が、世間知らずの神谷を抱え込んでこれから先、生きていくためにと、さっき言っていたようなことを学んで行ったのは、あながち口から出任せなどではなかったのだろう。

『お前のためなら何でもしてやるからな。智規は何も心配なんかしなくていいんだから』

学生時代から、三津浦がよく言ってくれた言葉だった。

三津浦をこんな風に変えてしまったのは、わたしのせいなのだ。

神谷は、思い詰めたような視線を三津浦から高瀬川と敦に移した。

三津浦に裏切られたのだと、捨てられたのだと理解したあと、神谷の支えになってくれたのは、職場の直属の上司でもある、高瀬川だった。

三津浦が去った後、過去へと急速にもどるように、再び硬質な殻に覆われていった神谷の傷ついた心を、愛と言う名の傲慢さで無理矢理開こうとしない高瀬川の態度は、淡々とした冷めた大人の関係を思わせたが、そのころの神谷にとって、手渡しさえしなければ二度と踏みつけられることもない心を求められずに、即物的に縋ることの出来る逞しい肌の暖かさを与えてくれる関係は、、至極居心地のいいものだったのだ。

しかし、敦が現れたことによって、神谷の気持ちにも変化が現れた。

言葉にしなくても、全身で、好意を表し、神谷を心から気遣ってくれる敦の存在が、作り笑いでない、笑い方を思い出させてくれたからだ。

暖かい気持ちになれた。

ずっと、ずっと、壊れたまま三年間氷結していた心が敦と過ごす穏やかな時間の中で、少しずつ溶けていくような気がしていた。

それなのに、お日様のように笑う敦の笑顔をあの日あんな風に、悲しげに歪めてしまったのは、ほかでもない、自分自身ではないか・・・・

彼らはみな、表現の仕方こそ違え、わたしのことを大切に思っていてくれたのだ。

それなのに、わたしは・・・・・

わたしには誰かを選ぶ権利などない・・・・・・

ひとつ、小さく浅い息を吸うと、何かを決心するかのように、神谷はもう一度ゆっくりと、回りの男たちに視線を巡らせた。

部屋の中面々を一周したところで、神谷の視線がしっかりと止まった。

「帰ってくれないか」

三津浦に向けての言葉だった。

「と、智規!」

がたっと片膝を立てて、立ち上がりかけた三津浦を横に座っていた、高瀬川と敦が牽制する。

「もっと・・・早く、お前の気持ちを話していてくれたら、こんな形じゃなく、別の道も取れたのにと思うと、とても残念だよ。俊樹・・・」

嘘のように、さらりと落ち着いた言葉がでた。

ずっとずっと怖かった。

三津浦が帰ってくる、今日と言う日が・・・・・

「俺は、お前のために!お前とずっといっしょにいるために!」

「わかってるよ。いや、今さっき分かったんだ。おまえがわたしのためにしてきてくれたことやしようとしたことがね・・・・・・・それほどまでに、わたしは、おまえの重荷だったんだね。許して欲しい・・・・すまなかった」

初めて出会ったのは18の時だった。

それからずっと・・・・三津浦は神谷を彼なりに愛して来てくれたのだ。

「わたしも、幸せだったよ。お前と、いっしょにいた頃」

みている方が、泣きたくなるような綺麗な顔で、神谷がぽそりとそう呟くと、三津浦はそれまでの、自信に満ちていた表情を崩して、少年のようにクシャッと顔を歪め立ち上がると、くるりと神谷たちに背を向けた。

「一番いい方法だと思っていたんだ・・・・・」

それだけ言うと、三津浦はしっかりした足取りで、神谷の部屋を後にした。

俺も苦しんだんだと・・・・三津浦の大きな背中が部屋に残っている全員にはっきりと伝えていた。

 

To be continued・・・・