★☆★いつか見た夢★☆★

 

( 20 )

 

開いたドアから飛び出した敦と、追いかけるように出てきた朝永が目にしたのは、小さなマンションの前廊下を威圧するようなスーツ姿の二人だった。

ドアを開ける前から、何となくそんな予感のあった敦だが実際に神谷の部屋の前に立つ二人の姿を見ると、何ともいえない、苦い想いが沸き上がってくる。

この腕の中に神谷を抱きしめたのは自分だけではないのだと、目の前に証拠をたたきつけられているのだから。

その二人の陰に、ストライプ柄の薄いパジャマを着た神谷が今にも消え入りそうな風情で、不安そうな表情を浮かべながら立っているのに気づくと、敦はギュッと胸を鷲掴みにされたような、痛みを覚えた。

神谷さんに、あんな、真っ青な顔をさせて・・・・・

俺なら、大切な人に絶対こんな顔なんかさせないのに。

さっきまでの酔いはどこへ行ったのか、敦の激しい憤りが二人の上司に向けて吹き出そうとしたちょうどその時、呆れるほどのんびりとした口調で、朝永が敦の肩越しに神谷に話しかけた。

「神谷せんぱい、いくら夏だからって、そんなかっこで外に出てたらまた体調を崩しますよ。こんな夜中に集まってなんの談合があるのかは知りませんけど、ともかく部屋に入りませんか?
高瀬川課長も、三津浦さんも、もう、こんな時間ですし」

睨み合うようにして固まっている大男三人の間を縫うように朝永は神谷に近づくと、そっと背中に手を回して、神谷を促し、残りの三人もしぶしぶ部屋の中へ入っていった。

確かに、こんな夜半過ぎに、大の男が5人も廊下で言い争っていれば、ほかの部屋の住人に警察を呼ばれても文句はいえないだろう。

 

「さ、せんぱい座って下さい。キッチンかりますね、お茶でも入れてきます。
ああ、でも神谷さん、随分と顔色が悪いですね?気分悪くありませんか?」

朝永が勧めるままに部屋の奥に進んだ神谷はさっきまで横になっていたベッドを背もたれにして、ちんまりと膝を揃えて座った。

いつもはキチンとベッドメイクされているのに、寝乱れたタオルケットの端が、だらりと神谷の背中あたりにたれているのを見て、敦はこの夜中の訪問者が二人ともなんのアポイントも取らずに現れたのだろうなと確信した。

「あ、ああ、大丈夫だよ。朝永にまで迷惑かけてわるかったね」

口唇の色を失って強ばっていた神谷の白い頬が朝永の言葉かけにほんの少し緩んだように見えた。

朝永に微笑んで見せてから、神谷は敦にもすまなさそうな作り笑顔を向けた。

敦はともかくとして、本当なら、会社の後輩にこんな修羅場をみせたくなどないだろうに・・・・・・・

その痛々しい笑顔にまた、敦の胸が疼いた。

「気にすることないですよ、たまたま椎名を送って来ただけですから。
さ、それより、みなさんも、突っ立ってないで、座ったらどうですか?
三人も大男がいるんじゃかさが高くて仕方ないですよ」

腰に手を置いて、ぐるりと回りを見上げた朝永にそう言われて、敦たちは銘々、仕方なくキッチンとベッドの間にある空間に腰を下ろした。

全員が腰を落ち着けるのを見届けた朝永がキッチンに戻り、まるで自分の部屋のように淀みなく電気ポットから手際よくお茶を入れている間、部屋の中には何とも言えない、不思議な沈黙が流れていく。

薄いコットン地のパジャマの膝に落とした両手を拳が白くなるほど堅く握りしめてうつむいている神谷以外は、みな一様に難しい顔をして、お互いをけん制しあっているように見えた。

4人のもとに茶器を配り終えた朝永が、ストンと敦の横に腰を下ろし、誰かの発言を促すように、

「会合だか、談合だかは知りませんが、始めましょうか?」

軽い調子で、口火を切ると、言葉を発したのは、意外にも神谷だった。

小さく震える唇から発せられた言葉は、誰に向けた言葉と言うよりは自分自身に語っているようだった。

「どうして・・・・・・・約束なんか交わしたのかな・・・・・
破るために?悲しませるために?
信じていたんだ・・・・・・待っていろって言われたから、私は・・・・・・だから・・・・わたしは・・・・・」

それまで、うつむいていた神谷が言葉に詰まったのか顔を上げて涙で潤んだ視線を三津浦の方に向けた。

やっぱり、まだ、神谷さんは彼を愛しているんだろうか?

この人の帰りを、待ちわびていたんだろうか?

「破ってなんかいないじゃないか・・・・・・・・・智規、だから、ちゃんと帰ってきただろう?ちゃんと約束通り、3年で帰って来るって約束しただろう?」

神谷の言葉に縋るようにそう言った三津浦と神谷は敦の目には十分相思相愛の関係に見えた。

もともとこの二人が愛し合っているのなら、自分や高瀬川がここにいることすらおかしいのではないのかと思えた。

神谷さんの今までの行動が、すべては、三津浦さんがいない寂しさを紛らわすためだったというなら。

神谷さんが三津浦さんが帰ってくるのを待っていたというなら、俺は・・・・・・・

俺は神谷さんの幸せを願ってあげなくっちゃいけないんじゃないのか?

「三津浦、神谷をどうするつもりなんだ?」

項垂れた敦の横から、高瀬川が落ち着いた低い声で口を挟んだ。

「どうもこうも、ないでしょう。俺のいない間に高瀬川課長と智規のあいだに何があったのかはしりませんが、俺はこいつのために、」

「専務のお嬢さんと結婚までしたんだからな」

三津浦の言葉を嘲笑するように高瀬川が引き継いだ。

高瀬川の言葉に神谷の薄い肩が一瞬、ピクンと揺れた。

「そうですよ。それのどこがいけないんですか?俺は、智規を幸せにしてやりたかった。そのためには俺はちゃんと何年も掛かって根回しをしてきたんだ。
俺が専務に気に入られたから、智規だって、就職活動もせずにすんなりHAZAMA電子に入れたんじゃないか!」

「結婚・・・・・?三津浦さん、結婚してるんですか?」

驚いて、口を挟んだ敦に、

「ああ、そうだ。こいつはな、三年前に、専務のお嬢さんと結婚したんだ。それも、恋人だった神谷に一言もいわずにな」

高瀬川は胸ポケットから出したタバコに火をつけながら、そう言った。

「智規によけいな心配は掛けたくなかったんだ。
智規にはちゃんと3年たったら帰ってくると約束しただろ?その通りに俺は帰ってきたじゃないか。
もう、なんにも心配なんかいらないからな、お前の面倒は俺がちゃんとみるから、だから、智規、やり直そう、な?」

じりじりと神谷のほう寄りながら熱弁を振るう三津浦を、高瀬川がきつい口調で止めた。

「今更、何を言ってるんだ?神谷にはお前とやり直す意志などないのが分からないのか?」

「これは、俺と智規の話なんです!高瀬川さんは口を挟まない下さい!」

「離婚して、神谷を迎えに来たとでも言うのか?それなら、わたしも口など挟まないさ。
しかし、そうじゃないだろう??神谷のためだとかなんだとか口ではなんとでも言えるが、お前は、将来の重役のイスも神谷も両方手放したくはないんだ」

「ちょ、ちょっと、待って下さい・・・・・・俺も椎名もお二人の話がちょっとよく、よめないんですけどね」

神谷を蚊帳の外にしたまま、二人で話を進めようとする、高瀬川と三津浦の会話を朝永が手を挙げて制止した。

「つまり・・・・・三津浦さんは結婚は解消せずに神谷さんとよりをもどしたいんですね?
で、課長はそれは許せないけど、離婚して迎えに来たのなら、身を引くって言ってるんですか?
なんだか、それも変だと思うんですけどね・・・・・・・
結局の所、誰を選ぶにしても、決めるのは神谷さんですよね?」