〜七月七日浪漫〜 第三話

「秀太郎とはいつからの知り合い?」

「あんまり詳しいことは知らんけど、お父さんと秀太郎さんのお父さんが昔からの知り合いらしいんや。何でも学生時分からの知り合いやねんて」

「まさか同級生じゃないよな?秀太郎のお父さんは、確か七十すぎてたはずだけど」

「僕んとこも七十一や」

「七十一?」   

秀太郎ですら四十過ぎの子なのに、じゃあ、この子は五十代半ばに出来た子なんだ?はぁ・・・家元もずいぶんと頑張ったんだな。秀太郎といい涼一といい晩年の子は美形なんだろうか?  

つまらない事に感嘆している俺に涼一はクスリと笑って、話の矛先を変えた。

「秀太郎さんて、ハンサムやねぇ。最初雑誌の仕事してはるて聞いたとき、てっきりモデルさんやと思たくらいや」

「秀太郎とはどこで?」

「僕がこないだの春休みに東京に遊びに行ったときに、秀太郎さんに色々お世話になったんや。

話し上手やし、凄くエスコートの上手な人やね。あっちにおる間、なんやまるでお姫さんになったみたいな気分やったわ」  

楽しげに秀太郎のことを話す涼一の綺麗な横顔を見ている内に俺の胸になんともいえない嫌な気分が沸き上がってきた。  

秀太郎は美人にも稲妻の如く手が早いが、時折綺麗な男の子にも手を出すのを俺は知っていたからだ。  

俺は涼一に気づかれないように、軽く頭を振って邪念を払う。  

馬鹿なことを・・・この子と秀太郎に何かがあっても俺には関係ない。俺は秀太郎と違って完全にノーマルなんだからと自分自身に言い聴かせながら。  

第一、人の性癖にいちいち文句を付ける気は俺にはない。まだ俺達が高校生の頃、無二の親友の秀太郎がバイセクシャルだと知ったときも、そんなに大きなショックは受けなかった。

真剣な面もちで『俺を軽蔑するか』と尋ねた秀太郎に、俺さえその対象にしなければなんの問題もないと、さらりと答えたのを今でもハッキリと憶えている。  

今でこそ同姓を口説くことに何の抵抗も持たず平然としているが、その頃の秀太郎はまだ思春期のまっただ中で、同じクラスの〈そう言えばちょっと涼一に似ていたかも知れない〉線の細い綺麗な少年に惹かれていく自分の気持ちを、あいつ自身受け止めかねていたんだ。   

それに、そんな性癖を持つ奴はモデルや業界の人間には腐るほどいるし、俺の周りにも俺を口説こうとする物好きがいない訳じゃなかった。   

ともかく俺には関係がない世界のことだ。  

たった今逢ったばかりだというのに、そんな風にわざわざ自分に言い聞かせなければならないほど、横に座っている涼一に無意識のうちに強く惹かれていく自分が、俺は正直なところ酷く恐ろしかった。  

この心の複雑な葛藤は、10年前に秀太郎がしたものと同じだったのかも知れないが、その時の俺は、その事実から必死になって目を背けようとしていたんだ。

「・・・・・・・違うんやね」

「え?なに?」

ひとり物思いに耽っていた俺は、涼一に話しかけられて、ハッと我に返った。

「なんや、考え事でもしてたん?秀太郎さんとは全然タイプが違うんやねていうたんや」 

気を悪くするでもなく、涼一はもう一度繰り返した。

「ははは。悪いね。俺は話し上手でもないし、エスコートなんてからきし出来ないよ。第一あんな二枚目じゃないから」  

タイプが違うからこそ、こんなにも長く親友でいられるのだろう。御曹司で優男の二枚目が、俺の前では秀太郎自身が理想として作り上げた虚飾の薄皮を一枚脱いで、屈託のない少し甘えたの少年に戻ることを俺はよく知っていた。

「二枚目や無いことないで。宗志さん、ええ顔してはるやん。そりゃぁ秀太郎さんみたいに目を引く派手なハンサムさんとは違うけど。誠実そうで、意志の硬そうな、綺麗な顔してはる。僕は好きやな」  

僕は好きやな・・・最後の言葉だけがリフレインされて、何度も俺の身体を駆けめぐりカッと身体の中の熱い血が騒いだ。   

バカか俺は・・・8つも年下の子どものただのお世辞じゃないか。

「頑固そうだってよく言われるよ」  

愛想笑いを浮かべて、俺は無理矢理彼から引き剥がすように視線を逸らし、スモークの掛かった車窓に移した。   

タクシーは京都駅からほぼ真っ直ぐに北へ北へと進んでいく。

秀太郎から聞いていた住所によれば百瀬の屋敷は京都御所を過ぎた辺りと言うところだろう。道路の両脇の商店街らしきところに、大勢の観光客が歩いているのでここは河原町の辺りだろうか。  

信号待ちで止まったときに、大通りから一本離れた道に、大きな木でやぐらが組まれているのに目が止まった。

「あれは?」  

窓から外を眺めたまま、俺は横に座る涼一に尋ねた。

「あれは(ほこ)や」  

何でもないことのように彼は短く応えた。

「ホコ?」

「知らんの?祇園祭で山鉾巡行いうのがあるやろ?あれがその一つや」

「へえ。俺はまた神社の御輿(みこし)みたいに、どこかに置いてあるのを一年に一度出してくるのかと思ってたよ」  

走り出したタクシーの窓から、ただの木で組まれた(やぐら)のように見える鉾の出来損ないを感慨深げに眺めた。

「あんな大きいもん、何個もそうそう置いてられへんのやろ。毎年一ヶ月ぐらい前から、あっちこっちで組始めるんや。もうちょっとしたら綺麗な西陣織の布やなんかで飾り立てられて、鉾らしいなる」

「祇園祭か。たしか後十日程後だったよね」

「うん。関西は祇園さんから大阪の天神さんの頃が一番暑いんや。ちょうど祇園さんの前ぐらいに梅雨が明けるしな。宗志さん八日の日に帰りはるんやろう?残念やね。祇園さん見れたら良かったのに」  

いつまでも、窓の外ばかり見ていても彼が不審に思うかも知れないと、振り返った俺を、涼一の聡明で優しげな瞳が迎えた。

「いつか、また見に来るよ」  

彼が何故か眩しくて、無理に浮かべた笑顔が少し強張った。

「いつか、彼女とでも見に来るとええわ。

京の夏はむちゃくちゃ暑いけど、賑やかやで。年中観光客が仰山(ぎょうさん)来るけど、祇園さんや大文字焼きの頃はそりゃ凄いんや」  

涼一は俺の戸惑いなどに気が付かないのか、それとも彼に始めて逢った男は皆、彼の神秘的な美しさに惑わされ、我を失い戸惑う姿を見慣れているのか、屈託のない笑顔をその美しい顔に浮かべていた。    

祇園祭の鉾は本当に道路の真ん中で組み始められるんですよ。もちろんその間車両はそこを通れないんだけど。真傍で見ると大きさには圧巻ですね。。。ビルで言えば四階建てくらいの高さがあるんじゃないかしら〈笑〉