硝子の扉 bQ

 

春うららかな、花日より。  

揃って目出度く、第一希望の大学に合格した俺と静は、初登校から数日経ったある日、次の講義がバラバラなので、お茶でも飲んでから別れようと、テラス形式のパーラーに座っていた。  

「誰が何だって?」  

静からの突然の思いがけない告白に、俺は息も詰まらんばかりに驚いた。

「だから、乾先輩・・・」  

ほんのりと白磁の頬を染めて静はもう一度繰り返した。

「乾って・・・あいつ、男だろう?」  

この春から大学生になったというのに、相変わらず可憐さが残る静に、随分前から友情と呼ぶにはあまりにも不似合いな熱い思いを抱いていた俺は、男同士だという禁忌があればこそ、焦がれるような静への想いを胸の奥深くに押し込めていたのに。  

あろう事か俺の鈍感な想い人は、いけしゃあしゃあと、同じ同性に告白されたが、どうしたらいい?なんて可愛い顔で俺に相談を持ちかけてきたんだ。

『相談ならなんでも俺にしろ、お前の悪いようにはしないからな』  

なんて、同じ年なのにずっと兄貴ぶってきた俺に、静は絶大な信頼を寄せきっていたのだから、その行動は当然と言えば至極当然だったのだけれど、俺にはまさに晴天の霹靂以外のなにものでもなかった。  

静が、俺の静が、同性である男からの申し出に耳を傾けるなんて・・・・  

俺は何のために今までずっと静への想いを隠し続けていたのか、それは静がそんな人種ではないと信じ切っていたからだ。  

静が人並みに女の子に恋をし、遠い将来結婚をしたとしても、俺は静の傍に親友という形で居続ける覚悟は出来ていた。  

胸の奥に鈍い痛みと寂寥感を押し込めたまま、それが道ならぬ恋のあり方だと信じていた俺はそのスタンスを守り抜こうと自分自身に誓っていたのだから。  

静を失うことに比べれば、他の苦しみは全て我慢できるとその時まで俺は信じていた。  

それ以上に悲しいことはあり得ないと疑いもしなかったんだ・・・・・

 

「ねえ?どうしたらいいとおもう?」  

芽ばえだした深緑の隙間から春の木漏れ日がオープンテラスにキラキラとこぼれ落ち、丸テーブルについた両手に顎を載せた静が上目遣いに俺を見詰めた。

「静は・・・どうなんだよ・・・」  

乾先輩は、同じ高校の同窓生で静の先輩でもあるにはあるが、高校の時にラクビー部に所属していた俺の部活の先輩で、二人が直接知り合ったきっかけはこの俺に他ならない。  

188pの長身にがっしりとした身体、荒くれ男のイメージがあるラガーマンには不似合いな甘いマスクで、彼は高校時代から女子学生にすこぶる人気が高かった。  

俺はむろん先輩とは裸の付き合いをしてたし可愛がって貰ってもいたが、先輩にそんな趣味があるなんて、静に告白されるまで気が付きはしなかった。  

まあ、血気盛んな部の連中はごつごつした奴ばっかりで、埃まみれで汗くさい裸なんかみても、ちっともそんな気にはなれないだろうが・・・

「どうって・・・」  

小さな子供がお遊戯で作るお花の形に開かれた掌の真ん中で静がはにかむように、ふふふっと微笑んだ。

「確かに、最初はびっくりしたんだけどね、修のためになるなら、お友達ぐらいにはなってもいいかなって・・・」

「何だって?!」  

静の言葉を俺は素っ頓狂な声で遮った。  

なんで、先輩と付き合うことが俺のためになるんだよ?  

お前の頭、いかれちまってるんじゃないのか??

「だって・・・修の先輩だし・・・無下に断ったらなんかわるいかなって」  

もう一度、静はふふふっと笑って、

「別に僕は誰かと付き合ってるって訳でもないから」

「お・・・男だぞ!わかってんのか?お前も乾先輩も男なんだぞ!」  

狼狽えた俺に、微笑んだまま、静は肩を竦めた。

「そうだよね。修にはきっと考えられないだろうけど、そんなことも結構あるんだよ。  

付き合って欲しいって、男の人に言われたのは何も今回が初めてじゃないしね」

「な、何だって・・?」

「やだなぁ〜、そんなにびっくりしないでよ。 

何も、もてるのは修一人じゃないんだから」 

静はコロコロと可笑しそうに笑った。  

いったい何がそんなに可笑しいんだよ?  

お前にいつ誰が言い寄ったって??  

俺はそんなことちっとも知らないぞ!

「どこの何奴だよ?そんなこといいやがる、オオバカ野郎は!」

「・・・オオバカ野郎?  

修から言わせれば、僕と付き合いたいなんて言う輩はオオバカ野郎なんだ・・・?」  

一瞬、見過ごすごしてしまうほど短い時間顔を強張らせた静は大袈裟なほど大きな溜息を吐くと、

「まあ、いいや、別に他に好きな人がいる訳じゃないしぃ。  

修から見れば、僕と付き合いたいなんて言う、オオバカ野郎は滅多にいないらしいからこの際乾先輩のお申し出お受けすることにしよっかなぁ」

「ダッ、ダメだ!」

「どうしてさ?」  

小首を傾げて、静は栗色の大きな瞳で俺をジッと見詰めた。

「ど、どうしてって・・・」  

うっ・・・と言葉に詰まった俺に、ニッっと笑った顔をぐぃっと近づけて、

「どうして?」  

と、もう一度尋ねた。  

うわぁ〜〜!そ、そんなに顔、近づけんなよな!  

俺はバッと上体を逸らして、わめき立てた。

「き、気もちわりぃだろうが!

男同士なんだぜ?友だちになるのと恋人になるのの違い、静にわかってんのかよ!」

「違いって?」   

クスッと笑った静が片眉を意味ありげにあげる。

「こ、恋人ってのは、こうしてコーヒー飲んだりだけじゃないんだぞ!」

「へぇ?そうなんだ?」

「そ、そうなんだって?静・・・」

「他に何するわけ?」

「キ、キスとか」

「ああ、キスね」  

当然でしょっとばかりに、軽く切り返す。

「ああ、キスって・・・お前・・・」

「他には?」

「ほ、他って・・・キスして、う・・・ぅ・・色々するんだよ!」

「色々って?なぁに?」  

真っ赤になってパニクリまくってる俺は、静にからかわれてるとも気づかずに、

「SEX!!!」  

けっこうな人数で賑わっているカフェテラスだと言うことも忘れて大声で、怒鳴ってしまった。  

その瞬間、パタッと話し声が止んだかと思うとガタガタっと廻りのテーブルの椅子が鳴り、オープンカフェにいた学生がいっせいに俺に注目した。    

 

 

「怒んないでよ、修。  ねぇ、修ってば」  

まだ、クスクス笑いながら、静は俺の肘の辺りを掴んで引っ張った。

「しらねぇ〜!ついてくんなよ!」  

俺は滅茶苦茶恥ずかしい思いとそれ以上に静の知らない一面を見せられたショックで正直一人になりたかった。  

ズンズン静を引き離し、角を曲がったところで185p78キロある俺より、でかい図体にぶつかりかけた。

「おう、佐竹。  

なんだ、静ちゃんも一緒か?」  

俺の不機嫌の元凶である乾先輩が、びっくりしたように大きく目を見張ったかと思うと、後ろから小走りについてきている静にクシャっと目元を和ませた。

「あ、乾さんだぁ」

ちぇ!なんだよ、急に猫なで声出しやがって、なぁにが乾さんだぁ!  

「ちわぁッス ! 

俺、次の講義取ってるんで、失礼します」  

内心どんなに腹が立ってようが、ここが運動部の悲しいサガで、まさか先輩を無視する訳にもいかず、俺はペコッと頭を下げた。  

そのまま行き過ぎようとした俺のその後を執拗に追いかけようとした静の腕を先輩がすかさず掴んだ。    

途端、胸の奥が焼けるようにキリッっと痛んだ・・・

 

傍にいられればそれで良かったのに・・・・と言うシュチュエーションを私は良く書きますが、本当にそれで満足出来る恋なんてあるんでしょうか?

実らない恋ならかえって傍に居続けるのは苦しいですよね?

修には可哀想ですが、もうしばらく苦しんで貰いましょうか・・・〈笑〉