Crystals of snow story

*煌めきの銀河へ*

(7)

 

 

地球5への帰還を諦め、かなりの蛇行をくり返したのち、何とか伯爵の小型艇を振り切ったソフィア号は、依頼主の一つである惑星ジルの王宮に向かうことにした。  

惑星ジルのある太陽系には、珍しい事にほぼ同じ軌道上を回る、もう一つの文明を持つ惑星バルがある。この二つの星は文明レベルがほぼ同じなこともあって、長い年月に渡り小競り合いが絶えなかった。

しかし近年、惑星連合の仲介の元、和平協定を結ぼうとする動きが両国供に強くなり、供に王政を保っている両国は、婚礼によってより強い結びつきを作ろうとしていた。
 
 

荘厳な王宮の中を、政務室へと案内されながら歩を進めるブラッド達は、その壮麗さに目を見張った。   

辺境の惑星といえど貴族階級に生まれたフィルですら、あまりの煌びやかな美しさにキョロキョロと落ち着かなく辺りを見回している。

ミレーネの王宮にも何度か足を踏み入れたことが有るフィルなのだが、ミレーネの王宮はどちらかと言えば堅実質素なお国がらなので、威厳に満ちてはいるものの華美な美しさはあまりない。

「凄いねブラッド。この国って金持ちなんだね」  

一歩歩く事に靴先が沈み込む、毛足の長い絨毯が引かれた広い廊下を歩きながら、フィルはブラッドの肘を摘んで囁いた。

「見た目じゃ解らんからな。台所事情って奴は」

颯爽と胸を張って歩いているブラッドは、前を向いたまま素っ気なく応えた。

案内役の執事が大きなドアの前に立ち止まり、重たそうなドアの中央にある、黄金で作られたノッカーを叩いた。

「どうぞ」 

中から、男の声が応え、執事がドアを押し開き、

「どうぞお入り下さい」

恭しく頭を下げ、室内へと二人を促した。  

扉から一番奥の席に国王らしき男が座り、大きな円卓を取り囲むようにほかに四人の男が座っている。

「おお、よくぞ参られた。余がこの星の王じゃ。そなたが地球5のブラッドじゃな」  

王が立ち上がると、すかさずほかのものも腰をあげた。

「お目にかかれて光栄です。王様。このものは俺の助手でミレーネのフィルと申すものです」  

王に一礼したブラッドはフィルの肩に手を置いた。

「ほう?ミレーネから来られたのですか?その若さからすると君はまだ未分化なのですね?」  

王の隣にいた端正な顔立ちの青年がフィルに好奇の笑顔を向け、しなやかな動作で側まで来るとフィルの為に椅子を引いた。

「私は王子のカイルです。長旅でお疲れでしょう。おすわりなさい」

「え?あ、有り難う。
でも・・ブラッドが先に座らして貰いなよ」

紳士的な王子の態度に戸惑ったフィルは、会話の矛先をブラッド向けた。

「レディーファーストだとさ。ほら王子様が後ろで待ってる。さっさと座れよ」

ぶつぶつ言いながら、引いて貰った椅子に腰掛けたフィルを、不審な顔で見詰めていた初老の男がブラッドに尋ねた。

「少女なのですか?随分と美しい少年だと思って見てはいたのですが。
おお、申し遅れましたな、私は神官のサセと申すものです」

如何にも神に使えるものらしく、華美な服装をしたほかのもの達と違い、黒一色のシンプルなローブを身にまとった神官サセは、右手をブラッドに差し出しながらも王子に話しかけられているフィルを興味深げに見詰めている。

まいったな・・・男のふりをしていればしていたで、フィルは結構気になる存在らしい。

「そんなことより、詳しい依頼の話が聞きたいのですが?」

ブラッドはフィルから話題を逸らし、早速本題に入った。

「私が説明させて頂ましょう」

僅かにその黒い髪に白いものが混じっているが、かなり頭の切れそうなほっそりとした男が、ブラッドに会釈をしながら立体スクリーンの横に立った。

男が操作パネルをポンと押すと、この惑星のある太陽系が円卓のうえの空間に現れた。

中心の太陽の周りに大小、6つの惑星が並ぶ。

「見てお判りのように、この3つ目の星が我が星ジルです。
そしてこの双子のような星がバル。
我らは長年この6番目の星、ゲルの鉱石を巡って争ってきたのです」

男は一番外側にある小さな惑星を指し示しながら、ブラッドを見据えて話を続ける。

「しかしすでにゲルの鉱石も底を突き、近年争う理由も無くなってきました。
ゲル鉱石によってもたらされた繁栄は既に過去のもの。 
無駄な争いに使う力を供に生き延びるために使うときが来たのです」

話しながら、次のボタンを押すと両国の家系図のようなものが現れた。

「両国の話し合いの結果、この度バルの第一王子であるセツ王子に我らの宝、ミル王女を輿入れすることになったのです」

家系図を見る限り、多産なバル家には三人の王子と四人の姫がいるが、ジル家には亡くなった前妃との間に生まれたカイル王子と今のお后の子であるミル王女の二人しかいない。

「部外者の俺が口を出すのも変だと思うが、この家系図を見る限り、カイル王子にバルの姫の内からどれか一人を嫁に貰うのが妥当だと思うのだがな」

円卓に肘を突き、神妙な顔で話を聞いていたブラッドが口を挟んだ。

ブラッドの懸念も当然で、この後カイルに何かが有れば、ジルの正当な後継者はいなくなり、醜い権力争いが起こるのは目に見えている。

「我らもそう考えていたのですが、当のミル王女が自ら申し出られ、この辺りでは美姫の誉れ高いミル王女が名乗りを上げられたのを訊き及んだバルの方では、諸手を上げての歓迎ぶりで・・・」

執務室にいた五人の男達は皆、困ったように顔を見合わせた。

「私も何度も思いとどまるように妹を説得したのですが、ミルは全く耳を貸そうとしてくれなくて。
とうとう婚礼の日取りまで決まってしまった」

柳眉を顰めてカイル王子は短い溜息を吐いた。

「それで国民の中にも、この婚儀に反対するものが多いと言われるのかな?」

ブラッドが再び口を開いた。

「そこで貴方にミルの護衛をお願いした次第なのです。メテ大臣続けて」

カイル王子はパネルの横に立っている男に促した。

軽く頷いたメテ大臣は、クローズアップさせたジルとバルを映し出して、

「明後日、ミル王女の艇がバルに向けて出航し、二週間後に婚儀が行われることになっています。しかしこの婚儀を快く思っていないもの達の不穏な動きが有るらしいと言う情報も入ってきているのです。
ここまで来て婚儀が執り行われないようなことが有れば、ようやく和平にこぎ着けた、バルとの間に再び深い亀裂が入るのは必至。
我が国の恥をさらすことになるのですが、我が国にはバルとの戦に使えるだけの財源はもう無いのです。
今は少しでも残っている財力を、無駄な争いに使うのではなく新しいエネルギー源の開発に使わねばジルの未来は有りません。
そこで我々はミル王女の身代わりを正式発表のルートで送り、あなた方には王女を無事、バルのセツ王子に送り届けていただきたいのです」

「わかった。二週間後の婚礼に間に合えば良いんだな?ところで先方は正式のルートで来るのが身代わりだと知っているのか?」

「もちろんこれはごく秘密裏に運ばれなければならない。
バルの方で偽物の姫を歓待している間に姫とすり替えるのだ。
我々も文句のつけようの無いほど背格好や骨格の似た娘を捜しだしたのだからな。
特殊メイクを施せば、よほどの至近距離まで近づかなければ、ほとんどミル王女と見分けがつきますまい。
何せセツ王子とミル王女は直接お会いになった事が一度も無いのですからな」

それまでただ一人黙り込んでいた、最後の一人がブラッドに答えた。

鋭い眼光と頬に残る微かな傷跡から、軍人なのだろうとブラッドは考えていた。育ちの良さそうなほかのもの達とは違う何かが、その男からは感じられる。

突然フィルがバンッと両手で机を叩いて立ち上がった。

「さっきから黙って聞いてたら、なんだよ!
まるでお姫さんを物みたいにさ!
会ったこともない王子んとこに嫁にやるっての?」
 
意に添わぬ結婚から逃げてきたフィルにとって、他人事ではないのだろう、血の気の失せた唇を戦慄かせている。

「黙るんだ、フィル!」

「だって、だって。酷いじゃないか」

机の縁をグッと握りしめて、抗議を込めた空色の瞳をブラッドに向けた。

「俺達はただの雇われ物だ。
クライアントの事情に口出しは出来ないんだ、フィル。
それが嫌ならお前はミレーネに帰るんだな」

ブラッドに冷たく言われたフィルは、しょんぼりと肩を落とし再び椅子に座り直した。

「君の言う通りだと私も思うよ。
出来ることなら愛する人の所へミルを嫁がせてやりたい。
しかし、今はこうするほかに道が無いんだ」

カイル王子は辛そうに微笑んでフィルの肩に手を置いた。

 
 

 

伯爵、男爵と来れば、やっぱり王子様は必須ですよね。それにやはり美青年でなくちゃいけません(笑)
 

 back ★ next