Crystals of snow story

*煌めきの銀河へ*

(8)

 

 

ブラッドが細かい作戦や航路を、偽物の姫を乗せた艇の護衛に当たるコカ将軍と、先ほど説明をしていたメテ大臣の三人で打ち合わせをし始めたのを機に、王様と神官のサセは執務室から退室した。

カイル王子はフィルを連れて隣の談話室に行くと、側女にお茶の支度をするように申しつけた。

「フィルだったね?ミレーネの話を私にしてくれないか?
私は幼い頃から民族学が好きで、色んな星の種族のことを調べているのだよ。 
特に前々から独特の生体を持つミレーネには凄く興味があってね。
しかし幾ら興味が有っても私のようなものは、なかなか現地に自ら出向いていく訳にはいかないからね」

曲の無いサラリとした黒髪を肩の辺りまで垂らし、誠実そうな黒い瞳をしたカイル王子は、優雅に金糸の刺繍が入った丈の長い翠緑色の上着を翻して、フィルの側に腰掛けた。

「俺の星の何が聞きたいんだ?」

「そうだね。まずみんな君みたいに綺麗なのかい?」

「綺麗って?俺はあんたも凄く綺麗だと思うけど?」

フィルは真顔で聞き返した。

「それは・・・どうも有り難う」

カイル王子は、飲みかけていたお茶にむせそうになりながら、礼を言って続けた。

「そうだね・・・たとえば髪の色や瞳の色は?
私たちは皆、濃淡の差こそあれ皆黒い。 
時たま訪れるほかの星の客人の中でも、フィルの様な銀に近い髪の色は今まで見たことがないな」

カイル王子はフィルの髪に手をやり、しげしげと眺めた。

「王子さんが言ったように、俺の星の人たちも髪の色は濃淡の差こそあれ、みんなブロンドだよ。
俺も今は色が薄いけど、女性化の時は濃い蜂蜜色に変化するし、この空色の瞳も紫色になる。
もっとも瞳の色はミレーネでは色々あるけどね」

「女性化の時って?一度女性化すればそのままなんじゃないのかい?確か18になるときに、どちらかの性になると訊いていたのだけれど?」

「うん。王子さん結構詳しいんだね。
完全に別れてしまうのはその時だけど、10歳頃から18歳になるまでは自分の意志で外見をどちらかに保っているんだ。
今の俺は外見上男性化してるってわけさ」

カイル王子の驚きをよそに、フィルはお茶と供に銀のトレイに出された美味しそうなプチケーキに手を伸ばした。

「私にフィルが女性化するところを見せては貰えまいか?」  

真剣な眼差しでフィルのアイスブルーの瞳を見詰めた。

「え?だ、だめだよ。男の格好をしてなきゃブラッドに追い帰されちまうんだから」

「ブラッドさえ良いと言えば見せてくれるのかい?」  

カイル王子は瞳を輝かせた。

「変な人だね?ほんのちょっと雰囲気がかわるだけだぜ。
別にオオカミに変身する訳じゃ無いんだから」

おどけて眉を上げて見せたフィルは、ペロリと唇を舐めると、もう一つケーキを口に放り込んだ。
 
 

☆★☆

 


「フィル!お前に王子から贈り物だとさ」

窓際に座って夕闇に染まる美しい庭園を眺めていたフィルにブラッドが声を掛けた。

「え?俺?」  

振り向いたフィルの目の前に濃い紫色のドレスが差し出された。
「何これ?」

「今夜の晩餐にこれを着て出ろとさ。その時にミル姫と会わせてくれるらしい」

ドレスをフィルの膝の上にふわりと置いて、ブラッドは続けた。

「カイル王子はお前に興味津々って感じだな。 
お前やっぱり男になんかんなるより女の方が向いてるんじゃないのか?
うまくいけば伯爵夫人どころか王妃様に成れるかもしれないぞ」

腰をかがめて顔を近づけたブラッドは、からかうようにフィルの顔を覗き込んでニヤリと笑った。

「お、王子はただミレーネに興味が有るだけさ!俺に興味がある訳じゃないよ!」

ムキになって言い返すフィルを後目にドアを一つ隔てた自分の部屋に戻り掛けたブラッドは、

「まあ、せいぜいおめかしするんだな。
お前が気に入られたら依頼料が跳ね上がるかもしれないぜ」

頭の上に両手を組んで高らかに笑いながら、ブラッドは出ていってしまった。

「男のままでいろって言ってたくせに。何で俺がこんなもん着なきゃなんねえんだよ・・・」

窓から差し込む夕日にキラキラと光る小さな宝石を、広く開けられた胸元に散らした滑らかな肌触りのドレスを眺めたフィルは、ポツリと呟いた。

 

☆★☆
 
 

「これはこれは、思った以上の美しさですね」

用意の調ったフィル達が晩餐の席に現れると、頬を紅潮させた王子がフィルの手を取り恭しく唇をつけた。

王女がバルに向けて明後日に出立するとあって、かなりの数の客人が晩餐の席に招かれていた。

黒い髪に黒い瞳を持つジル星の人たちのほかに、僅かだが髪の色や肌の色の違う招待客もいた。

しかしなんと言っても女性化したフィルは輝く黄金の髪に瞳と同じ色の豪華なドレスを身にまとっているせいで、部屋中の視線を釘付けにしている。

これだけ目立てばロレンスが居場所を嗅ぎつけるのは時間の問題だな。

さっさとお姫さんをバルに送り届けて居場所を変えるしかないか。
腕を組んで壁に凭れながら、若い青年達に取り囲まれて、その輝く密色の髪のてっぺんしか見えなくなっているフィルを眺めながらブラッドは苦笑していた。

「凄い人気ですね。フィルは」

いつの間にか隣に来ていたカイル王子がブラッドに話しかけた。
「そうだな。
まあ、口の悪いのさえ直して完全に女性化すれば凄い美女になるんだろうが、あいにくあいつは男になりたいらしい」

「それはもったいない。宇宙の大きな損害ですね」

「フィルのことより、俺はミル王女に会って置きたいのだが。まだここには来られてないのかな?」

食前酒をトレイに乗せて運んでいる幼い少年から二個のグラスを受け取り、カイル王子はブラッドに一つ差し出した。

「妹はあまり沢山の人の前に出るのが好きではないのですよ。
たいてい食事の始まる寸前にしかやってこない。
まあ仕方ないのかもしれませんがね。
あの子は王宮の暮らしを初めてまだ二年しか経たないし、それまではトレノの離宮でひっそりと暮らしていたのですから」

慈愛に満ちた口調で王子はミル王女の事を話し出した。

「異母兄弟でしたね、王子とミル王女は?」

「ええ。私の母が二年前に亡くなるまで、今の王妃は王の妾妃でしたから」

「普通は結構確執が有るもんじゃないのかな? 
 俺には王族の暮らしなんてもんはよくわからんが、正妃の子である貴方は、王妃亡き後すぐに妾妃が娘を連れて王宮に来ることに反対じゃなかったのか?」

ブラッドは怪訝そうな顔で尋ねた。

「この度の婚儀でも解るように私たち王族はたいていの場合、政略結婚をするんですよ。 
しかし我々も所詮は人の子、時には誰かに恋をすることもあるでしょう?
現王が母と愛のない結婚をする以前から一人の美しい娘に恋をしていたからと言って、誰にも責めることなど出来はしないじゃないですか。
相手こそ私は知りませんが亡き母の心にもずっと一人の人が住んでいたようでしたからね。
おお、珍しい。ミルがやけに早く来ましたよ」

王子が手を挙げた先に目を遣ったブラッドは、次女を連れて静かに入ってきた王女を見つけた。

噂は所詮噂だろうと高をくくっていたのだが、いやはや噂に違わぬ美しい姫だった。

女性化したフィルのあどけない天使のような美しさとはまた趣が違い、艶やかな黒髪を腰の辺りまで垂らし、象牙色の肌に長い睫に縁取られた思慮深そうな大きな瞳をもち、まるで誰かの口づけを待つような深紅の唇だけが、楚々とした美しい姿の中の熱い情熱を感じさせる。 

まっとうな男なら誰もがそのしなやかな躰を腕の中にかき抱き、激しい口づけで紅い唇を奪いたくなるような、そんな美しさだった。 

誰もが、ただ守ってやりたい衝動に駆られるフィルとそこの所が根本的に違う。

 
「すっげー!!びっじーん!」

ブラッドとカイル王子の元へ歩み寄ってきた、ミル姫にフィルが叫んだ。

「有り難う。貴方もとても可愛らしくてよ。 
まあ?すみれ色の瞳をしてらっしゃるのね?」

ミル姫にたおやかに微笑み掛けられたフィルは、ブラッドの影に逃げ込んでパッと頬を染めた。

「ミル。こちらが例のブラッド殿と助手のフィル殿だ」

「まあ、お兄さま。こんなに美しいお嬢さんに殿は無いでしょう。
ねえ、フィル嬢」

ミル姫は隠れてしまったフィルを、大きな漆黒の瞳で覗き込んだ。


 

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