光の中で微笑んで 第二章 

 

10日間の入院の後退院した僕は、幾度と無く訪れるその時のために小金を小さなチョコレートの缶に貯め始めた。  

最初は叔母の機嫌のいいときにくれるおこずかいだけだったけど、4年生になるころには叔母の店に顔を出してお客さんに頼まれた買い物をしては、お駄賃を貰うことも憶えていった。  

叔母は僕が店に来ることを別にいやがる訳じゃ無かったし、僕が来てないのかと訊く客が増えてきたりすると、家に電話を掛けてきて店に来いと言うことまで有った。  

「はぁ〜るか♪こっちおいでよぉ〜」

まだどこか幼さの残る顔立ちに、けばけばしいメイクをしたイメクラのお姉さんなんかも仕事の合間の息抜きになるからと、よく僕の相手をしに来ていた。

「都さんまだおしごとのこってるんでしょ?そんなに飲んでいいの?」  

10歳になるかならない頃には、既に小さな手で水割りを作りながら、いっぱしのホステス並の会話をするまでになっていた。

「遙はそんなこと心配しないでいいんだよん」 

水割りを渡す僕の鼻を、ピンクのヒョウ柄のドレスを着たイメクラ嬢がチュと摘む。

「また、あの恐い人が迎えに来たって僕知らないよ」  

都さんの店はやくざの息が掛かっていて(風俗の店なんてほとんどがそうなんだろうけど)伯母の店にも時折強面の人たちが出入りしていた。

「心配してくれんの?ん。もう!可愛いんだから」   

むぎゅと豊かな胸に抱きしめられて窒息しそうになる。

けらけらと笑いながら、彼女たちは僕をとてもかわいがってくれた。 

そう、お姉さん達は僕を可愛がるだけで、時たまおやつでも買いなと千円札をくれる事は有ってもただそれだけ、それだけだったんだ。  

だけど、いつしか僕はそんな中で大金の稼ぎかたを憶えていった。  

いつの間にか店に来る男性客の何割かが僕目当てで来ていることに、僕自身が気づき始めたからだ。  

僕に気のある客は僕を見る目で解るようにさえなってきていたし、ほんの少し店のトイレや、店の外の路地で身体を触らせるだけで、多いときは5千円や1万円という大金をくれるようになっていった。  

その頃はまだおぼろげにしか性について僕は知らなかった。

その初な反応がかえって場数を踏んだ夜の蝶を相手にするより、男達には新鮮だったのかもしれない。  

僕が店に出始めて一年もしないうちに、なじみの客が土日に店の外でのデートに僕を誘うようにさえなっていったんだ。    

あれは、確か、5年生になったばかりの春のことだった。

「遙・・・」

「うん?何?甲木さん」  

ジュウ、ジュウと鉄板の上で音を立てているステーキを熱心に切り分けている僕に、向かい合って座っている甲木さんが躊躇いがちに声を掛けてきた。  

いつものように常連客である甲木さんに誘われて、土曜日の放課後、僕はレストランでお昼をご馳走になっていた。  

僕はこの人が割合好きだった。

時折こうして、美味しいものを食べさせてくれるし、この間は遊園地にも連れていってくれた。

何より、ほかの客みたいにひつこく、僕の身体をなで回したりしないし、金払いもいい。

客筋のあまり良くない伯母の店には不釣り合いなほどハンサムでこざっぱりした紳士だったからだ。

もっともこの人が店に来るのは僕目当てなんだけど。

「遙を全部貰うには幾ら出せばいいのかな?」  

銀縁の眼鏡越しにいつになく真剣な目が僕を捉えた。

「幾らって?どうして?今、此処で僕に触りたいの?」  

一口大に切ったお肉をフォークで口に運びながら、僕はチラリと店の奥にあるトイレの方に目を遣った。  

今日に限って何故そんなことを聞くんだろう?いつもは暗黙の内に僕のポケットに1万円札を滑り込ませるのに。

「触るだけじゃなくて、幾ら出せば最後までさせてくれるんだい?」  

静かな口調でもう一度甲木さんは僕に訊いた。

口調とは裏腹にコーヒーカップを持つ指が細かく震えて、かなり緊張しているのが解る。

「言ってる意味が分かんないよ?

最後って何?いつもと同じじゃ駄目なの?

いつもは駄目って言うけど。僕、甲木さんにだったらキスさせてあげてもいいよ」  

やけに緊張している甲木さんに、僕は無邪気に笑い掛けた。  

酔客の酒臭いキスが大嫌いな僕は身体に触れさしても、キスは断固拒否していたんだ。

「−−−−本当に知らないのか?遙はまだ誰ともしてないって言うつもりかい?」  

半信半疑に甲木さんは僕に念をおして、

「二十万出そう。十万出すつもりだったけど遙が初めてだって言うなら俺は信じるよ。

俺に遙をくれるかい?」

「に、20・・・・・・万?」  

甲木さんが口にした法外な金額に僕は思わず絶句した。  

甲木さんが何を言おうとしているのか本当にそのときの僕には理解できなかったんだ。でも、二十万有れば当分嫌な奴に触らせなくても靴も買えるし給食費も払える。

伯母は決してケチじゃないけど僕の靴下に穴が開いてても気が付いてはくれないのだから。

「なんのことかよく分かんないけど・・・・・いいよ。

ほんとに二十万くれるんだね?」

「嘘なんか付かないさ。でも持ち合わせじゃ足りないから、ホテルに行く前に銀行によっていいかい?」  

こわばっていた表情を緩めた甲木さんのホテルという言葉に、僕は少し怯んだ。  

酔っぱらった親父とホステスがもつれ合うようにして、派手な電飾に飾られたホテル街に入っていくのを僕は何度もみて知っていたからだ。  

SEXと言う言葉も僕は知っていた。けれど、今の今まで甲木さんが望んでいるのがその事だとは思わなかったんだ。

それはあくまでも男と女の生殖のための営みだと僕はその時まで思っていた。

触られたり、時にはあのグロテスクな代物を触る事は有っても、僕にそれを受け入れる器官が無いことを、僕は学校の性教育の授業で知っていたのだから。      

 

あれからもう五年もたっている。甲木さんは少年専門(ショタコン)だったから今の僕にはもう興味が無い。

考えてみれば彼も伯母と同じ、哀れな愛おしむべき性格破たん者の一人なのだ。  

一流企業に勤め並以上の容姿を持っていても彼は少年しか愛せない。

僕の事を心では求めても第二次成長期を過ぎ、大人の体つきになってしまった僕には、彼の身体が反応しなくなってしまったのだから。  

今も時折会ってお茶を飲むことが有るけど、その度に遙は最高に良かったと昔を懐かしんでいる。

こんなに大きくなっちゃってと自分より背の高い僕を恨めしげに見上げて嘆きながら。  

僕も初めての相手が甲木さんで良かったと後になって思い知らされた。

元々そのために作られてない身体なんだから、慣れない奴にあの年で無理矢理犯されでもしてたらと思うとゾッとする。  

甲木さんと関係を持った僕は小金を稼ぐ必要もなくなったので、もう伯母の店に顔を出して嫌な客に身体を触らせることも無くなった。  

そして今、十六歳になった僕は時折客をとって、ちまちまと貯めたお金で進学率の高い高校に通っている。

大学にも行くつもりの僕はそのための資金も稼いでおかないといけないんだ。  

伯母は僕の生活にいっさい干渉したりしない。

たぶん僕が身体を売っている事も薄々知っているんだろうけど、直に五十なる、容色の衰えた伯母が幾ら水商売で頑張っても僕を大学に通わせることが出来ない事ぐらい、伯母にもわかっているからだ。  

健全なアルバイトをして学費を稼ぐ奴もいるんだから、僕のはただの言い訳に聞こえるかもしれないが、あまりにも幼い頃から必要に迫られて身体を売り物にしてきた僕には、ほかのアルバイトなど考えられない事だったんだ。  

 

「遙?かえってきてるのかい?」  

流しに転がっている洗い物を片づけていると、ドアの向こうから伯母が声を掛けてきた。

「帰ってるよ!後三十分もしたら学校に行くけど何か食べる?」  

放って置くと酒を飲むだけでちゃんとした物を少しも食べやしないんだから。

「今、要らない・・・後で何か食べるから。遙は気にしないで学校にいきな」  

眠そうな声でそう言うと、また静かになってしまった。  

僕は苦笑を浮かべながら、冷蔵庫の中から残り物を出して、手早くチャーハンを作るとラップをかけてテーブルの上に置いてからマンションを出た。  

僕は一人で暮らすことも出来る年になってきたのだが、男を作っては逃げられて泣いている、哀れな愛しい伯母を僕はどうしても見捨てることが出来なかった。

 

 

私のお気に入りキャラが出てくると、日記に書いてしまいましたが、甲木ではありません〈笑〉ページ配分の都合上、出てくるのは次回でした〈爆〉

なんだか、ここまではほとんど、遙の独白ですねぇ〜この話自体、そんなカンジかもしれないですけど・・・・・・