Crystals of snow story

Broken Heart〜小さな痛み

「純白の花衣」Suzuya's Story

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愛されてて、当然・・・・・・・
なんて、高慢なことをずっと、本気で、何の疑いもなく信じてた。

それだけ、僕にとって研君の寄せてくれる愛情は当たり前のことで、望むとか望まないとかそんなレベルじゃなくて、本当に空気みたいにずっと僕の手の中にあるものだって信じていたから。

「鈴ちゃんが、一番可愛いもんな」

「俺、鈴ちゃんが、大好きだもん♪」

ずっとずっと、物心ついた頃からそういわれて、僕自身その言葉を疑うことを知らなかった。

大きくなった研君が、そういった言葉を口にすることが無くなり、いつもつないでいた手を繋がなくなってしまっても、僕は不安に感じることもなく、いつまでも研君は僕のそばにいてくれるものだと信じていたんだ。

僕が眞一さんにあこがれていようが、研君にいくらわがままを言おうが「仕方ねぇな、鈴は・・・」と笑って済ませてくれる心地よさに、いつの間にかべったりと甘えてしまっていたことにすら、僕は気づけずに、本当に大切な何かを見失ってしまっていたのかもしれない。

僕にとって研君こそが何者にも代え難いかけがえのない相手だと思い始めたころも、僕は高慢にも研君の僕を思ってくれているであろう気持ちの大きさを信じて疑ったことなんか無かった。

たとえ、僕がどんなにつれない態度をとろうが、研君が僕以外の誰かに目を向けることなどあり得ないとそのころの僕は信じていたんだ。

研君の求めているのは、この、僕だと・・・・・・・・・
僕以外の誰かを求めるはずないのだと・・・・・・
たとえ、年齢に応じて彼の僕に求めるものに違いがあるとしても、それは僕に違いなくて、僕こそが彼の求める唯一無二の存在であるのだと、愚かにも僕はずっと信じていた。

僕では駄目だなんて・・・・・
本物の僕なんて研君はほんとは欲しくないなんて・・・・・・
あの日まで、僕は、露ほども疑ったことは無かったんだ。

中学三年の晩春。
僕と研君は初めての口づけを交わした。

あのころ、漠然と僕の中に芽生え始めた、わずかな疑念。

研君はもしかしたら僕以外の誰かにも目を向けることがあるのかもしれないと、本当は僕が思ってるほどには僕なんか欲しくはないんじゃないかと疑い始めたあの春。

そんな、芽生え始めた疑念を溶かしてしまうかのような熱い口づけに僕はどれだけ安心しただろう。

だから、その後、僕は約束したんだ。
引退試合に研君が勝てたら・・・・・・
僕を研君にあげるって・・・・・・・

少し早い気もしたけど、そうしたらきっと、もっと安心できると思ったから。
だから、僕は・・・・・・・・・約束したんだ。

僕をあげるって・・・・・

勝てる見込みのある相手チームじゃ無いのはわかってたけど。
だから本当は勝敗なんかどうでもよかったんだ。
研君さえ、僕を求めてくれるなら、引退試合はきっかけにすぎなかったんだから。

だけど、僕は試合の始まる少し前に知ってしまった。
研君の本音を・・・・・・
本当は僕じゃ駄目なんだって話を・・・・・

研君の欲しがってたのは、張りぼての僕。
綺麗で可愛い、レースのドレスが似合う女の子みたいな僕・・・・・・


その日は、朝からもう、ううん。実際は前の夜も全然眠れなかった、胸がどきどきしてて・・・・・
だから落ち着けない僕は何かと用事を見つけてはパタパタと走り回ってた。
試合の後に配るおしぼりの用意をしようと部室の奥にある簡易キッチンに入ったときに何人かの部員が入ってきて着替えを始めたんだ。
奥まったキッチンにいる僕には気がつかないままに・・・・・・

「最近なんか、いい感じだよな、鈴ちゃんと研二ってさ」

おはようと顔を覗かせて声を掛けかけたら、唐突に僕の名前が呼ばれて、僕は声をかけるタイミングを失ってしまったんだ。

「あ、そ−かぁ?」

照れくさそうに笑いながら応える研君の声が聞こえて僕の体に甘い疼きが走る。
ここ半年くらいの間に、何度か経験したことのある、あの、甘い痺れるような疼きだ。
思わず誰にも見られていないってわかってるけど、赤くなる頬が恥ずかしくて僕は頬を両手で覆った。

甘い疼くような感情の正体がなんなのか、ぼんやりとしたビジョンではあるけれど僕にも何となくわかっていた。

約束だからと仕方なく言ってくれる愛してるの言葉、その言葉と一緒に僕の首筋を掠める研君の熱い吐息。
立っていられないほどの満員電車の中でいつも僕を守っていてくれる研君の予期せぬ揺れにぐいっと強く抱き寄せてくれる腕。

そして、あの夜、初めて交わした熱い口づけ・・・・・・・・・

そのたびに体中を走る抜ける、甘い痺れ。
もっと、もっと、触れて欲しくて、何もかも研君に預けたくて。

まだ誰にも見せたことも触れさせたこともない僕の深淵を。

僕自身でさえ、触れることのない聖域を研君に捧げたいと願う、切ない疼き。

それが、いけないことだなんて、僕は知らなかったんだ。

研君に知られちゃいけないことだなんて、僕は・・・・・・・・・

「で、結局、鈴ちゃんとどこまでいったんだ?」

揶揄するような、松浦君の声に僕は耳を澄ました。
盗み聞きなんて、いけないけど、研君がなんて答えるのか知りたかったから。

「ど、どこまでって・・・・・」

「何だ、その様子じゃ、キス止まりってとこか?」

一段とからかうように笑いながら聞いた、松浦君に、

「いい加減にしろよ。そんなプライベートなことに口出すものじゃないだろ」

と、優等生の伊本君の声が被さった。

「まぁな、鈴ちゃん相手じゃ、キスが上限かもな」

はははっと、松浦君が笑い声をあげる。

キスが上限って・・・なに・・・・・・?

「あたりまえだろ!おまえの相手してくれるすれっからしの女子高生じゃあるまいし、す、鈴がそんなやらし−−−ことしたがるわけねーじゃん」

怒ったような、研君の声・・・・・・・

「俺は何も鈴ちゃんがしたがるなんていってないだろ?たださ、こないだっからおまえらただの幼なじみって感じじゃなくなって、あぶな〜い雰囲気がただよってるからさ。
まあ、鈴ちゃんはその手のさそいってか、狙ってる奴は多いだろうけど、おまえの鈴ちゃんへの盲信ぶりは前から知ってっけど、別におまえ男が好きな訳じゃないだろ?
だからさ、おまえが鈴ちゃんの見た目にだまされて道をふみはずすんじゃないかって、しんぱいしてやってるんだよ。
なぁ?おまえだって、キス以上のことしたいなんてマジで思ってるわけじゃないよな?」

あからさまにからかうような響きをもってた、松浦君の声が急に真剣味を帯びて低くなった。

「し、心配なんかしていらねぇよ!
だ、だいたい、あたりめぇだろ!鈴はあんなに綺麗で、可愛いんだぞ!!そんなことできっかよ!」

「たしかにな、鈴ちゃんほど、見た目は可愛くて綺麗な子なんかそうそういやしないけど、脱がしちまえば、ついてるもんは俺たちと同じだからな。
あの可憐さにクラッときてもキス程度にしとくのが夢壊さなくて一番いいと、俺も思うわ。
俺も、鈴ちゃん好きだけど、鈴ちゃんとど−こ−するくらいなら、その辺のブスじゃない程度の女の子の方がいいね。
男とするなんて、いくら綺麗な鈴ちゃんでも、ゾッとするよな」

「松浦君!!!なんて、言い方するんだよ。乙羽くんに失敬だろ!!!」

なんだか、伊本君が、普段は出さないような大声を出していたけど、僕はその前の会話が胸に刺さって、よく聞き取れなかった。

僕には、キスだけしかしたくない・・・・・・?

たとえ僕のことが好きでも、それ以上のことをしようとしたら、ゾッとしちゃうの?

研君もそうなの?だから、僕にずっと、キスもしてくれなかったの?

・・・・・・・・ち、違うよね?研君はそんなことないよね?

今そういったのは、松浦君だものね?

研君は、そんなこと・・・・・

思って・・・・・・・

ないよね・・・・・・・

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