Crystals of snow story

Broken Heart〜小さな痛み

「純白の花衣」Suzuya's Story

( 2 )

 


そのあと、入れ替わり立ち替わり、部員たちが部室で着替えをすます間、僕はぼんやりと小さな冷蔵庫に凭れていた。

背中から伝わってくるモーターのわずかな振動が、真っ白になった頭に、今さっき聞こえてきた会話が現実のものだと感じさせる。

研くんは、違うよね・・・・・・

手のひらに爪が食い込むほどきつく拳を握りしめ、僕は何度となく、自分自身に言い聞かせた。

だって・・・・・・・

ちゃんと、僕の気持ちを受け取ってくれたもの。

『愛してるよ、鈴・・・・』って・・・・・眞一さんの身代わりなんかじゃなく、研くんの言葉で言ってくれたもの・・・・・

 

ピィーーーッ!!!!とどこか遠いところで、試合の始まりと告げるホイッスルが鳴って、僕はようやくのろのろと身体を動かして部室から外に出た。

ドアを開けた瞬間、まぶしい陽光に、クラリとする。

まぶしさに少しずつなれて、広がる視界の向こう側に、汗を飛ばして、戦っている部員たちが見えた。

その中の、研くんの姿を僕はひたすら追う。

真剣な顔でボ−ルを追いかけて、果敢に対戦相手を攻める研くんの雄志は、とても素敵で、僕との約束のために、よりいっそう激しく戦ってくれているように僕には思えたんだ。

なんだ・・・・・・
やっぱり、大丈夫じゃない・・・・
研くんは、僕との約束を大事にしてくれてるんだ。

さっきの話は、ただ、松浦君がそう思ってるだけだよね。
僕だって別に松浦君とどうこうなりたいだなんて思ってないんだから、お互いさまだもの。

思いがけないショックな言葉に、まだ胸はひりひりと痛んだけれど、研くんさえ、僕と同じ思いでいてくれるなら、ほかの誰にどう思われてもかまわない。

それに、僕が、みんなと同じ男の子だってことは、どうしようもない事実なんだもの・・・・そんなこと研くんだって承知の上に決まってる。

 


結局試合は、櫻綾の負けだった。

サッカ−の名門白峰中学に後一歩及ばずな試合展開は、負けたとはいえ、なかなかの好試合だった。

試合終了のホイッスルとともに僕は冷たいおしぼりを抱えて、メンバ−の元へと駆け寄った。

一人一人にニッコリ笑いかけながらおしぼりを配り、「まけちゃったよ〜」と、泣きまねをしておどけている孝太郎くんには「とっても良い試合だったじゃない」と、心からの労いの言葉をかけた。

最後に研くんの元に歩いていった僕は、きっと内心は試合に負けてしまって、約束が遂行されなくなるとおもって落ち込んでいるだろう研くんに、勝ち負けなんて関係ないからねって、言おうと思ってたんだ。

ところが・・・・・・・

「お疲れさま、研くん。良い試合だったよ」

にこやかに、微笑みながらそういった僕に、

「ああ、ありがとう。でも、まけちまった」

研くんは明らかに安堵の表情で、屈託のない笑顔を向けたんだ。

輝くような笑顔に僕の胸はズキリと痛んだ。

僕には、研くんがちっとも悔しがっていないように見えた。

それどころか、負けたことが喜ばしいことでもあるように、そう、白峰との試合に負けたことで心底ホッとしてるように見えたんだ。

どうして・・・・

そんなに、晴れやかに笑っていられるの?

僕との約束を守らなくてすむから・・・・・・・

だからなの、研くん・・・・

研くんの本音は・・・・・負けてホッとしてるって・・・・・こと?

さっきの部室での会話がぐるぐると頭の中を回りだして、僕の胸を真っ黒な不安が押しつぶす。

「そうだね。試合の勝ち負けなんて、研くんにとっては、どぉってことないよね」

なぁんだ・・・・・僕だけが、浅ましい期待に胸を膨らませてたんだ。
僕が求めてるように研くんも僕を求めてくれてるだなんて・・・・錯覚して。

研くんは、僕のことなんか、ほんとはほんの少しも欲しがってなんかないのに、一人有頂天になって、いい気になって馬鹿な約束まで交わしてさ・・・・・・

研くんの表情が見ていられなくて、踵を返した僕は、みんなが使い終わったおしぼりを手に持った籠にサッサと回収し始めた。

「怒るんなよ・・・・」

背中越しにかかる狼狽気味の研くんの声。
きっと研くん自身どうしていいかわからないんだね。

「怒るわけないでしょ。なにいってるの」

今にも泣き声になりそうなほど震える声を何とか押さえつけて答える僕に、

「そーいうのを怒ってるって言うんだろ」

研くんはいっそう弱り切ったような声音で、そういった。

きっと、きっと、研くんも困ってるんだ。
僕の表面だけは凄く好きだけど、中身はいらないなんて言えなくて・・・・・

研くんは、優しいから、松浦君みたいに、本音なんか言えなくて・・・・・

ほんとは、ずっと、そんな風に思ってたなんて気づいてあげれなくてゴメンね・・・・・だけど、僕・・・・・ぼくは・・・・・

洗濯機の中に籠の中のおしぼりを押し込んで、スイッチを入れた後、僕は研くんを振りきるように部室の中に逃げ込んだ。

泣き顔をみられたくなくて・・・・

これ以上惨めになりたくなくて、誰もいない部室の机に突っ伏して僕はこみ上げてくる嗚咽を堪えた。

夕べはあんなに幸せだったのに。
今朝の目覚めはあんなに幸せだったのに・・・・・
明日の朝は研くんの腕の中でもっと幸せに包まれてると信じてたのに・・・

でも・・・僕が、そんなことを考えたりすること自体、研くんにとっては凄く忌々しいことだったんだね・・・・

 

「鈴・・・・・・・・」

突然、研くんの手が僕の肩に載せられて、僕の身体がピクンと跳ね上がった。

「イヤ!!!見ないで!」

こんな僕を見ないで!研くんが好きな僕じゃない僕を見ないで!!

「悪かったよ。俺が約束守れなっかったからおこってんだよな?でも、俺一生懸命・・・・・・・」

「わかってる!わかってるから出ていって!!!」

わかったから、もう、ちゃんとわかったから・・・・・・・
二度とあんなこと言わないから・・・・・・お願いだから今は一人にして・・・・

「わかってるって・・・・俺わかんねぇよ。なぁ、鈴どうしたんだかちゃんと言ってくれよ、頼むから」

ぐいぃっと強い力で無理矢理顔を上げさせられた僕は悔しさに唇を噛みしめて研くんの視線から思いっきり顔を逸らした。

そんな僕を研くんは、抱き起こすように引っ張りあげて胸の中に抱き込んだんだ。

「泣かないでくれよ・・・・・俺どうしたらいいのか、わかんねぇ・・・」

困ったような、優しい声で研くんは慈しむように僕を包む。
僕のことが好きなんだって・・・・体中で言ってるみたいに。

わかってる、研くん僕のこと、好きなんだよね?

小さなころから何度も言ってくれたよね。

鈴が一番綺麗だ、可愛いって・・・・・

だけど、本当の僕はいらないんでしょ?

そんな、身勝手な好きなんて・・・・・やだよ・・・・ずるいよ・・・

「放してよ!」

「放さねぇよ!ちゃんと話してくれよ」

どんなにあらがっても研くんは僕を放してくれない。反対にきつく僕を抱きしめる。

話すって何を、話せばいいの?

僕に研くんの口から、さっきの松浦君の言ったような言葉を聞けとでも言うの?

そんなの、僕には耐えられないよ。

「研くんなんか、研くんなんか、だいっきらい・・・」

僕のこと、ちゃんと愛してくれないくせに。
僕のこと欲しくなんてないくせに・・・・・

研くんなんか、研くんなんか・・・・・・だいっきらいだ・・・・

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