Crystals of snow story

Broken Heart〜小さな痛み

「純白の花衣」Suzuya's Story

( 3 )

 


「研二ぼっちゃん、遅いですねぇ?」

ス−プに何度かめの火を入れながら、春さんが、壁に掛けてある時計を見上げた。

時計はすでに八時を指している。

「う。。。うん。試合の後の反省会が長引いてるんだよ。ほら、春さん、もう後はいいから、帰っていいよ。研くんが来たら僕がちゃんとするから」

最近ではほんの少し、僕より小さくなった春さんの丸くて暖かい肩に僕は手を置いて、お休みと、頬に小さなキスをした。

春さんを騙していることが心苦しくて、早くしないと泣き出してしまいそうだったから。

夕べまで浮き浮きしていた僕のために、そして、春さんのお気に入りである研くんがお泊まりするってことで、春さんはお昼頃から腕によりをかけて研くんの大好物をたくさん作ってくれていたんだ。

ニコニコとしながら、何度も、

「研二ぼっちゃんがお泊まりになるのは、一年ぶりくらいですねぇ」

と嬉しそうにキッチンにたっている春さんに、僕は研くんが来なくなったことを告げることがどうしてもできなかった。

「そうですか?じゃあ、私はかえりますから、研二坊ちゃんがいらっしゃるまで、戸締まりしっかりなさっていてくださいね?」

小さな頃から、僕のことを本当の孫以上に大切にしてくれてる春さんは、僕にもう一度戸締まりの念をおして、研くんが来ればすぐに食事が始められるようにと食卓をきちんと整えたあと、家路についた。

帰っていく春さんの背中に気を付けてねと声を掛けて、玄関の鍵をしっかり閉めた僕は、誰もいない食堂に引き返した。

あたたかで、愛情の籠もったいい匂いがする。

大きな食卓テ−ブルの上には所狭しと、手間暇を掛けて春さんが作ってくれた研くんの大好きな家庭料理が大きなお皿に何種類も盛られているから。

僕があまり脂っこい料理を好まないので滅多に春さんが作ることのない、豚肉の角煮は研くんのためだけに、五時間も鍋でことこと煮込んでいたって言ってた。

たった一人でイスに座り、お箸でつまんで一口、口の中に入れると、角煮はトロッととろけて甘い。

だけど、どう足掻いても、僕にはこんなに食べれはしないじゃない・・・・・

その後も、春さんに申し訳なくていくつかの料理にお箸を伸ばしたものの、結局、食欲もわかないから、二重にしたビニール袋に残りを詰め込んだ。

ごめんね・・・・春さん・・・ごめん・・・・

一生懸命作ってくれた春さんの気持ちを考えると、ほとんど手つかずのまま破棄してしまうことに、罪悪感と何とも言えない寂寥感が沸き上がってきて胸が痛くてたまらない。

だけど、研くんが来なかったなんて、食べなかったなんて今更言えない。

折角作ってくれたのに、食べなかったなんて言ったらきっと春さんは「いいんですよ」って言ってくれるけど、悲しいに違いないもの・・・・・・

春さんは研くんが好きだから、こうやってたくさんたくさん作ってくれてるんだから・・・・・・

研くんのことが好きだから・・・・

今夜、研くんがくるのをとっても楽しみにしてたんだから・・・・・・

最後に、研くんが大好きな、春さん手作りのサブレを袋に詰めたとき、サブレはクシャッと音を立てながら粉々に割れた。

春さんの前で泣いちゃいけないって、張り詰めていた、僕の枷が同時にカシャッと外れた。

「うっ・うっ・・・ぇえっっぇ・・・」

一気にこみ上げてきた嗚咽と一緒に、ポロポロと止めどなくこぼれ落ちた涙が、残飯と変わり果てた春さんの愛情の上に落ちた。

☆★☆

 

今日のために買った、ピュアホワイトのシルクのパジャマ。

ほんのりとベッドを照らす明かりに微かに花びらのような織り柄が浮かんで見える。

ベッドの上掛けをめくって、するりと潜り込むと、肌を擦る滑らかでほんの少しヒヤッとする絹の感触に僕は一人ベッドの中で身じろいだ。

ほんとなら、今日は研くんのためにこれを着るつもりだったのに・・・・・・

もう、覚えてくれてはいないかもしれないけど、小さな頃に良く言ってくれたあの言葉を僕はずっと覚えていたから・・・・・・・

だけど、花嫁さんのドレスなんて僕には着れないから、変わりに真っ白なこのパジャマをこの日のために買ったんだ。

研くんのために・・・・・・

研くんと結ばれるために・・・・・・・・

花嫁さんが純潔を示す、花嫁衣装の替わりに。

真っ白なまま、研くんと結ばれる証に・・・・・

ははっ・・・・僕ってなんだか、バカみたい。

ドキドキしながら、こんなものまで用意して・・・・一人で、そんな気になってさ。

愛してくれるんだと思ってた。

ベッドの上でキスを交わす、恋人同士のように。

研くんは僕のことを愛してくれるんだと思ってたんだ。

洋画の中にでてくる美しいシ−ンそのままに、僕を・・・・・・

切なすぎる空虚感にギュッと両手で自分の身体を抱きしめた。

こんなにも、このベッドは広かっただろうか・・・・・

この空間を埋めてくれるのは・・・・・僕の身体をこうして抱きしめてくれるのは、研くんのはずだったのに・・・・・・

「・・・・っん・・」

何度目かの寝返りを打った瞬間、ズクンッっと得体の知れない激しい感覚が僕を襲った。

今までも何度が微かな片鱗を感じたことのある、あの、不思議な感覚が異様な勢いで僕の身体を支配し始める。

顔が火照って、身体が熱い。

や・・・・・なに・・・これ・・・・?

今日はいつもより・・・なんだか凄く・・息苦しい。

それに、それに・・・・・・

「研くん・・・・」

研くんの名前を小さく呼ぶと、ますます、甘い痺れるような疼きが巻き起こって、だんだんと一点に熱が集中していくのがわかる。

そっと、手を触れると、やけどしたみたいに熱くて・・・・

「や・・・やだ・・」

ビクッと身体が跳ねて、ベッドが小さく揺れた。

これがどういうことなのか、僕にだって何となく、分かってはいるけど、自分の身体に起きた突然の異変が信じられなかった。

いけないと思いながらももう一度そっと指先を這わすと、ゾクゾクと体中にしびれが広がる。

「あ・・・ぁっ・・・」

『鈴、好きだよ』

零れる自分の甘い声に混じって、研くんの声が聞こえるような気がした。

「研くん・・・・僕も・・・僕も研くんが好き・・・」

目を閉じてそう呟くと、まるで、自分の手が研くんの指のように感じられた。

初めてもたらされるぎこちない愛撫に、僕は、何がなんだから分からないうちに、

「う・・うぁああああ!」

小さな叫び声を上げた瞬間、体中がスパークして弾け飛んだような気がした。

 

は・・・・ぁ・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・

真っ白になった頭に、少しず現実という色が戻ってくると、身体の感覚も徐々に元に戻ってきた。

ねっとりとパジャマに包まれた下肢を内側からぬらしている、異臭のする物体。

体中に染みだしている、不快な汗。

自分のしてしまったことに、呆然とした僕は、しばらく、どうしていいのかわからずに、身体を強ばらせたままだった。

脳裏に浮かび何度も何度も繰り返されるのは、たったひとつの言葉。

汚い・・・・・・・

やだ・・・・・汚い・・・・・汚い・・・

ガタガタ震えながら、ベッドを降りた僕は、よろめきながらバスル−ムに飛び込んで、裂くようにパジャマを身体からはぎ取ると、ゴミ箱の奥に押し込んだ。

さっきまでは、、純潔の証だった、シルクのパジャマが、醜い欲望に汚れた、悪魔の衣装に見えた。

何度も、何度も繰り返し、熱いシャワ−で、汚れた下肢をごしごしと洗う。

真っ赤になるほど下肢を擦っても、綺麗になんかならない・・・・・・

いくら、ボディソープをつけて洗ったって、綺麗になんかならない・・・・・・

あらっても、あらっても、身体から青臭い精液の匂いが取れないような気がした。

もし、このまま、匂いが取れなかったらどうしよう?

研くんに気づかれたら・・・・・・・

恐ろしさに目眩がした。

僕がこんなに、汚らしいって知られたら・・・・・・

今度こそ、本当に嫌われちゃう。

 

隠さなきゃ・・・・

僕がこんなにも醜いことを・・・・・・

絶対に知られちゃいけない・・・・・・・

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