Crystals of snow story

Broken Heart〜小さな痛み

「純白の花衣」Suzuya's Story

( 4 )

 


翌春、櫻綾の高等部へとエスカレーターに乗って進んだ僕は、研くんと程良い距離を置くために、あえてサッカー部には所属しなかった。

研くんが、僕以外の誰かを選んだとき、魅力ある、研くんの親友でいられるように、しっかりと一人で立っていたかったから。

そのために、僕は、今まで以上に、勉強にも力を入れて、それまではあまり表に立つのを好まなかったのだけれど、先生方や生徒会の要請があれば、進んで、様々な委員会にも所属した。

そうすることで、少しずつ、僕自身が強くなっていけるような気がしてた。

鏡に映る僕の鏡像が、だんだんと少女めいた容姿から抜け出して来ているのに気づいても、その現実を受け止めることが出来るような気がしていたんだ。

もうじき・・・・・
もうじき・・・・・・
研くんは気がつくはず。

僕が、彼の理想のお姫様ではないってことに。

その時のために、しっかりと僕は立っていなきゃいけないんだ。

だけど、出来るだけ、僕はその時を、先に延ばしたかったんだと思う。

せめて、研くんが真実に気づくまでは、僕が彼の一番であり続けていたかったから。

研君の望んでいる物を決して彼に与えることが出来ないって、十分承知してるくせに、狡い僕は、そのことを極力研君に悟られないように演技すらしてた。

月日を増すごとに、季節が流れる度に研君が男らしくたくましく素敵になっていく傍らで、僕自身の身体も心も目に見えて変わっていっているというのに、僕は、研君に気づかれないように、純情で可憐な、彼の望む鈴ちゃんという存在を必死に演じ続けていたんだ。

それは表面上とても上手くいっているように見えた。

親友以上、恋人未満のような微妙な関係は、進むことも後退することもなく、僕たちの回りには穏やかな時間が流れていた。

たわいない会話を交わしながらともに歩く登校時。
ともに過ごす、短い休み時間や、お昼時間。

人気のない場所で、そっと重ねられる指先にドキリとすることもあるけれど、滅多に研くんはそれ以上のことを僕に求めることはしなかった。

何度か・・・・本当に、何度か、衝動的にきつく抱きしめられて、口づけをされたときは、こみ上げてくる激情に激しく波打つ動機や、浅ましくも無意識に上がってしまう切ない吐息に気づかれないうちに、僕のほうから、やんわりと研くんを制止することで回避してこれたんだ。

だけど、だんだんとそうして研君を制止することが僕自身とても困難になってきていた。

研君の理想とする僕と本当の僕が離れて行けば行くほど遠く難しくなっていく綱渡りのような駆け引きに、優しい眼差しで僕を見つめてくれている研君を謀っているのだという心の重責に、僕自身押しつぶされそうになっていたのかも知れない。

 

そんなある日、高等科に進んで、まもなく一年が過ぎようとしていた、梅香のころ、乙羽グループの傘下で、ブライダル事業のオーナーの冴子さんが前々から僕に冗談めかして持ち掛けてきていた話を再び持ち出してきたんだ。

彼女は、母の古くからの友人で、日本有数のブライダルデザイナ−でもあるんだけど、

「ねぇ、鈴ちゃん、以前のモデルの話なんだけど、どうかしら?もう一度、まじめに考えてくれない?」

それまではちょっとしゃれたジョ−クのひとつだと思って聞き流していた僕に何度も電話を掛けてきてはあまりにも真剣に頼み込むものだから、しかたなく話だけは聞くつもりで、学年末の試験が終わった日に櫻綾の制服姿のまま、僕は「ブライダル花衣」の東京本店にあるオフィスに出向いて行った。

目抜き通りに面した店舗には、当たり前だけど、目にまぶしいほどの真っ白なウエディングドレスがディスプレイされていて、通された二階の奥の部屋にも新作のドレスが壁際に数点展示されていた。

冴子さんが何本か掛かってきていた電話の処理をしている間、僕は、ソファに腰掛けて、数点のドレスに目を向けた。

純潔を表すドレスとはいえ、斬新なデザインのものはとても大胆なカットも少なくないけれど、新作の中でも一番右端に置いてあるマネキンが着ているドレスは、とても清楚で慎ましやかなオールドスタイルのドレスで僕の目を惹いたんだ。

柔らかな風合いのシルクは肌をあまり見せずにかわいらしく襟元を覆い、ほっそりとした首にはコサージュに合わせたリボンを巻いている。
デコレートし過ぎないドレスによく映える、長くてふわふわとしたレースのベールで頭部から背中までを優しく覆っていた。

幼い研君が夢見るように語ってくれていたのはきっと、こんなドレスなのだろうなと思いながら僕はぼんやりとそのドレスを眺めていた。

あのころ、まだ何も分かっていなかった僕は、研君のその夢を叶えて上げることなど至極たやすいことだと思っていたんだ。

研君が僕に寄せてくれる愛情はずっとずっと、変わらないって・・・・
いつも、いつまでも、誰よりも愛されてて当然だとおもってた。

とっくの昔にドレスなんて僕には着られないってことぐらい知っていたのに、いつまでも、いつまでも、変わらずに愛してもらえるなんて、どうして僕は信じていられたんだろう。


「ごめんなさいね、お待たせして」

電話を終えた冴子さんは僕の前の席に腰を下ろした。

「で、どうかしら、うんと言ってくれると嬉しいんだけどなぁ」

「冴子さーーーん、俺だけど入っていい?」

やっぱり僕には無理だからと、断ろうとしたところに、がちゃりと部屋のドアが開いた。

ドアの隙間から顔を覗かせたのは、どことなく眞一さんに似た、背の高い青年で、ちょうどドアの方に向いていた僕に彼はニッコリとさわやかな笑顔を向けた。

「まったくもう・・・・入っていいって聞くのと同時に開けちゃ駄目だって言ってるでしょう?
ま、いいわ、あなたもここに座ってちょうだい」

仕方ないわねと苦笑しながら、冴子さんが手招きすると、背の高い青年は悪びれもせずにつかつかと僕の方へ歩いてきた。

「やぁ、写真なんかで見るよりずっと綺麗だね。初めまして鈴矢君」

え・・・?

僕の心臓がドキリと跳ねた。

握手を求められるように右手を出されたので、戸惑いながら僕も手を差し出すと、彼は当たり前のことのように、僕の手の甲にくちづけたからだ。

ゆっくりと唇が離れても、彼は僕の手を握ったままだった。

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