Crystals of snow story
Broken Heart〜小さな痛み
「純白の花衣」Suzuya's Story
( 7 )
きもちいい・・・・・
とっても・・・・
ずっと、こうしていたかった。
大好きな研君の腕に抱かれ、僕は夢見るように微笑んだんだ。
だって、だって・・・・・
桜色の春霞の中、僕は幸せで、幸せで・・・・・・
ああ、このまま、死んでしまってもいいなんて。
そんな、えもいえぬ心地よさだった。
『鈴・・・・』
研君が僕の名前を呼んでる。
鈴って・・・・・・・
その響きは幼い頃からかわらない。
ぶっきらぼうな響きさへ、優しさに変わる。
僕だって本当は知ってる、どんなに言葉にするのが苦手でも、どこの誰よりも研君が僕を大事にしてくれてるって事。
研君・・・・・
僕が、好きだよね?
ずっと、ずっと好きでいてくれるんだよね?
僕が、研君の鈴ちゃんでいられる限り・・・・・・・
『鈴、鈴っ!!』
・・・・え?
え?なに?
放しちゃやだ・・・・研君、研君?
ぐらぐらと揺すぶられて、僕は研君にしがみついた。
僕じゃ・・・・もうダメ?
もうダメなの???
はっ!っと目を覚ますと、10cmと離れない距離に研君の怒ったような顔があった。
「どっした?珍しいな、お前がこんなとこで、うたた寝なんてさ」
「あ、寝ちゃったんだ?ご、ごめん・・・」
あわてて、しがみつくように預けていた身体を起こし、僕は今の夢を悟られはしなかったかと、熱くなる頬を研君から背けた。
もっと、抱いていてほしいと思っていたなんて研君に知られるわけにはいかないんだから。
午後の授業に遅れるぞと、研君に促され、校舎に向かって歩いている時に、僕はどうしても言わなければいけないことを切り出そうとしていた。
今度の日曜日、慶光との試合は見に行けなくなったってこと・・・・・時折強く吹き付ける春風が、校庭の隅に小さなつむじ風を巻き上げるのを見ながら、僕は、ようやく言葉を唇から紡ぎ出した。
「僕、今度の日曜はちょと用事があっていけないんだ。ごめんね」
「へ?お前、これないの?」
マネージャーではないけど、毎回対抗試合には必ず応援に行く僕の言葉に、研君は驚いたように聞き返した。
まさか、ほかの男の人と行く旅行の手続きをしに行くなんて言い出せなくて、僕がこくりと頷くと、案外研君はあっさり、納得してくれた。
結局、行けないって言葉を逡巡しなければならないほどには、僕が応援に行く事なんて、研君にとってはそれほどたいした事じゃないのかもしれないな。
社交辞令のように、一様理由を聞かれたけど、「ちょっとね」と笑ってごまかした僕を問いつめさえしない。
なんだか、さっきから胸が・・・・むかむかする。
ほかの誰かに僕を取られたって、研君は平気なんだ。
本当の僕はってこと・・・・・・自分が勝手に靖史さんという存在に依存してるくせに、身勝手な僕は研君が僕を束縛しようとしない態度に腹を立てていた。
でも、しかたないよね・・・・・
研君は僕が誰かのものに、研君のものにすらなることなんて考えていないんだもの。
そう・・・・・研君の大事な鈴ちゃんは、決してそんなことはしないんだから。
現実と理想とのギャップのバカバカしさに、僕はくすっと笑いを漏らした。
「試合頑張ってね。次はちゃんと見に行くから」
僕は研君に向かってにっこりと笑って見せた。僕の心に渦巻く、醜さなんかみじんも感じさせないだろう、鈴ちゃんの笑顔で。
研君が好きだと言ってくれる、鈴ちゃんの笑顔で。
☆
「結構、簡単に取れたね。もっと混んでるかと思っていたけど」
「そうですね、やっぱり不況だからかな?」
旅行代理店で取った2泊3日の沖縄旅行。
それも那覇じゃなくて、離れ小島のリゾートホテルに予約を取った僕たちは、昼食をすませて帰宅するところだった。
本当は、もうすこし一緒にいたいと言ってくれていたんだけど、僕は何となく研君が試合帰りにうちによるような気がして、靖史さんに送ってもらうことにしたんだ。
「ごめんね、靖史さん。どうしても明日出さないといけないレポートがあるんだ」
なんだか、僕はここ最近ずいぶん嘘つきになっちゃったな。
研君にも靖史さんにも嘘ばっかりついてる。
「いいよ、あとちょっとで、GWだ。そうしたら、鈴ちゃんも俺以外の誰かを思うこともなくなるだろ?」
優しく肩をたたく靖史さんは研君ほど簡単にだまされてはくれないけどね。
「うん・・・・ごめんね・・・」
肩に載せられた大きな手に、僕もそっと手のひらを重ねた。
☆
家に帰り着くと、案の定研君は僕の部屋で待っていてくれた。
僕は急いで階段を駆け上って、研君の待つ僕の部屋に向かう。
自分でも不条理だと思っている。
靖史さんとの旅行を計画しながら、研君の来訪を心待ちにしていたなんて・・・・だけど、後少しだけ、あと、ほんの少しだけなんだ。
僕が研君の一番でいられるのは。
だけど・・・・・
息を切らして笑いかけた僕を待っていたのは、黙り込んでベッドの端に座ったままの研君だった。
「やだな、黙ってないで、なんか話してよ、ねぇ」
僕の胸の奥から不安が一気に押しあがってくる。
「鈴・・・・あのな・・・」
僕の顔をじっと凝視したあと、研くんがサッと顔をそらした。
まさか・・・・・
試合の事を訪ねたら、
「鈴・・・・おまえさ、今日、どこ行ってたんだ?」
反対に切り替えされた。
「だから、今日はちょっと用事があったんだよ」
まさか・・・・靖史さんとのことが、ばれたんじゃないよね?
「やだな、研くん。僕が応援に行かなかったから拗ねてるんでしょ」
おそるおそる、話をはぐらかしてみたら、
「そんなんじゃねぇよ!」
パンと音を立てて手にしていたグラスをトレイに置いて、研君は唐突に僕を抱きしめたんだ。
「ど、どうしたの?きつくしたら苦しい・・・・・んっ」
不安と一緒に唇が塞がれる。
そのまま研君は僕をベッドに押し倒して、僕は無意識に研君の背中をかき抱いた。
ずっと・・・・こうして欲しかった。
なんども交わした口づけとは明らかに違う口づけに、僕は酔ったように応えていた。
いつしか、甘い声を漏らし、僕は研君の下で溶け出していくような錯覚に捕られていたんだ。
そう、僕の肌に指を這わした後の、研君の瞳を見てしまうまでは・・・・・
「やっ!やだ」
一瞬驚いたように目を見開いた研君に僕の熱は一気に冷めたんだ。
初めて触れられた僕の肌。女の子とは明らかに違うだろう、堅くて、柔らかみのないからだ。
怖かった。
怖かった・・・・・・ものすごく。
研くんに嫌われてしまうことが・・・・
「ヤダ!ヤダァ!んっ・・・・ん」
あんなに驚いたくせに、研君はなおも僕の唇をふさぐ。
その真意がわからなくて、僕は闇雲に抵抗した。
やだ、やだ、やだ・・・・・お願いだから、僕にこれ以上触れないで・・・・・
いつしか僕は、泣き出してしまっていた。