Crystals of snow story

純白の花衣

もう一度だけ、ささやいて第二部

( 12 )

 


「ま、待てよ、鈴!!」

くるりと身体の向きを変えて扉に手を掛けようとした鈴の肩を俺は慌てて掴んで止めた。

「授業にでなきゃ・・・・・・・」

か細く語尾が消え、掴んだ細い肩が細かく震えている。

「授業なんかどうでもいいさ・・・・・おまえ、ずっと、そんな風に思ってたわけ?
そうやって、ずっと俺の気持ちを疑ってたんだ?」

なんだか無性に哀しかった。

どれだけ待っても鈴が俺の気持ちを受け入れてはくれないんだって思い知らされた昨日のショックより、もっと、もっと、今さっき発した鈴の言葉が哀しかったんだ。

俺たちの関係は、もともと俺の一方的な思いから始まってて、恋愛のシーソーはいつも俺の方が遙かに重くてバランスは最悪。

俺ばっかり、鈴のことが、バカみてぇに好きで。

長い間、鈴は俺のことなんかただの幼なじみ以外何とも思って無くて、兄貴のことばっかり見てたけど、それでも俺は鈴以外の誰も好きになったり出来なかった。

うんとちっこい頃から鈴しか見てなくて、未だに鈴しか見えなくて・・・・鈴だけが好きで・・・・・

鈴だけが愛しくて・・・・・

鈴が兄貴しか見てなかったあの頃、他の誰かを好きになれたらと、正直思わなかったわけじゃない。

だけど、だからといって、女の子の変わりに鈴をした覚えなんか一度も無かった。

鈴が女の子なら良かったなんて考えたことなんか無かったのに。

俺は他の誰でもない、乙羽鈴矢が誰よりも好きなんだから・・・・・

なんで、鈴じゃなきゃ駄目なのか俺にもわかんねぇ・・・・・

どんなに綺麗な女の子もどんなに可愛い美少年も俺にとっては単なる畑のカボチャにしか見えねぇんだから・・・・・・・

俺には・・・・・・・・ずっと鈴以外の誰も見えなかったんだから。

いつまでたったって、俺が思うほどには鈴は俺のことなんか好きになってくれないってわかってるけど、それでも、あの時、鈴は『僕も好きだよ』って言ってくれたんだよな。

だから、いつかは少しずつ、シーソーのバランスもとれていくかもしれないって、この2年間俺は信じ続けてきたんだ。

ゆっくりと、鈴が俺の手の届く場所に降りてくるその時まで、俺は待つつもりだったし、実際に待ってた。

鈴が側にいてくれさえすれば俺はそれなりに幸せだったし、一時の感情に流されて無茶なことをして鈴を失いたくは無かったから・・・・・・

だけど、だんだんと鈴は俺の手の届く場所に降りて来るどころか、高みへ高みへと昇っていって、最近では日増しに大人っぽくなって俺からどんどん離れて行く鈴を為すすべもなく見つめてたんだ。

言いようのない焦燥感に包まれながら・・・・・・

で、結果はこれか・・・・・・・

俺の想いまで否定して、俺たちのいささか行き過ぎた関係を友情をはき違えた憧れだったことにしたいんだな。

結局、鈴はその程度にしか俺のことを好きになってはくれなかったんだ。

何度も囁いてくれた『好き』はなんだったんだろう・・・・

幾度も、なんで柔らかな口唇を俺に許してくれたんだ?

俺の腕の中で時折漏らした、あの甘い吐息は・・・・・

その瞬間は確かに鈴は俺のものだったはずなのに。

だから、馬鹿な俺は勘違いして・・・・・・・・無謀にも鈴に手が届くなんておもっちまったんだ・・・・・・・・

鈴は俺に触れられるのをあんなに、嫌がってたのに・・・・・・・

同じ男の俺に邪悪感を抱いてるのは鈴の方だったんだ。

昨日鈴が見せたあからさまな拒絶に、確かに、腹も立ったし、悲しかった。
だけど、それ以上に今、鈴に言われた言葉が哀しかった。

俺の鈴に対する気持ちまで、鈴は偽りだと言う。

俺が好きだったのは・・・・・・
俺がこんなにも愛してるのは、今目の前にいる鈴じゃないんだって・・・・・・・

「俺の好きな鈴は本当のお前じゃ無いなんて、本気で思ってるんだな?」

こくりと頷いた鈴の白いうなじに金色の産毛が春の光に透けて見えた。

「僕は研くんが憧れてた綺麗で可愛いお姫様じゃない。生身の人間だってことを・・・・理解してないのは研くんの方だよ」

「そんなことは、俺にだってわかってるさ」

「違うよ。むかしっから、僕は研くんのお姫様だった。研くんはいつも僕のことを守らなきゃいけない弱々しい存在として扱って来たじゃないか。
僕は研くんと同じ男で年だって一緒なんだよ?
研くんだって心の底では気づいてるくせに。
だから、だから・・・・研くんの前で僕はいつも、可愛くて、綺麗な鈴ちゃんでいなくちゃいけなかったんだ」

「つまり・・・・・・俺になんか、もう守られたくねぇってことか?」

俺が鈴を守ってやりたいと思ったように、お前にも、もう守りたい誰かがいるってことかよ?

「ありのままの僕を好きだって言ってくれる人がいるんだ・・・」

背中を向けたままの鈴が、絞り出すような声で言った。
予想はしていたけど、やっぱり胸が抉られるように痛い。

鈴の部屋から持って帰ってしまったパールのイヤリングを昨夜俺は一晩ずっと眺めてすごしていた。
きっと、近いうちに鈴から真実を突きつけられるんだろうなって思いながら。

まさか、こんなに早く告げられるとは思ってなかったけどな。

「その人の前では綺麗で可愛い鈴ちゃんのふりをしなくていいんだ。生身の僕でいられるんだ。その人前では僕は普通の男子高校生のままでいられるんだ。
僕、いつも、いつもビクビクしてた。
いつか研くんにばれるんじゃないかって・・・・・
僕がこんなにも醜いことに、研くんが気づいて嫌われるんじゃないかって、いつも、いつも怖かった」

ゆっくりと、鈴の手が非常扉の取っ手を掴み、ギギギっと音を立てながら扉を開けていく。

「でも、もう怖がらなくていいんだよね?」

そう言って振り返った鈴は、柔らかな日差しの中で俺の方が泣きたくなるような笑顔を浮かべていた。

★★★

「鳶にあぶらげ盗まれて、女々しそうに眺めてるんじゃねぇよ」

ジャージに着替えて部室からグランドに出てきた俺は、ストレッチしながら、つい、校門の方へと視線を巡らせちまう。

案の定、校門の所に止まっている赤いアウディに小さな溜息を付いたところを、浅野に見つかって呆れたような白い眼で睨め上げられた。

このところ、3日に開けず、あの車は下校時間になるとあの場所に止まる。
ちょうど、着替えをすませてグランドに出てきた俺たちはクラブに所属していない鈴があの車に乗り込むのを、目撃するはめになるんだ。

鈴が出てくる前に車が止まってることもあるけど、先に鈴が校門についたときは、人待ち顔でぼんやり立っている鈴を見ることも多い。

高等部になってからは、俺と鈴はいわゆる公認のカップルってことで廻りから認知されていたせいか、ここんところ、廻りの奴らは腫れ物に触るように俺に痛々しい目を向ける。
たった一人、相変わらずの奴を除いてはだけどな。

「うっせぞ、浅野」

両足を開いて、片足ずつゆっくりと延ばしていく。

「まあ、いつかはこうなるだろうなとは思ってたけどな」

同じように横で、ストレッチをはじめながら浅野もチラリとアウディを見遣った。

「もともと、鈴矢はあのタイプに弱いからな。うすぼんやりしてるお前が悪いんだ」

「なんだよ?あのタイプって?」

「あいつ、お前の兄貴に雰囲気似てるだろ?」

兄貴に似てるぅ???

「鈴矢はあの手の優男にほだされるみたいだからな。
お前にくらべりゃ、かなり口も上手そうだし、雰囲気作りも上手そうだ。
その上、いちいち学校に迎えに来るほど、まめだしな・・・・・・
あれじゃ、あいつに鈴矢が喰われるのも時間の問題だな」

「あ、あ、あ、あの、車に乗ってる載って、年上の女の人じゃないのか??」

浅野の言葉に驚いた俺が、浅野の襟首を掴み上げて、もう一度校門に顔を向けると、車は微かなエンジン音を残して表通りに出ていったあとだった。

続きを読む?