Crystals of snow story

純白の花衣

もう一度だけ、ささやいて第二部

( 13 )

 


「はぁ?」

普段はほんとに作り物めいた綺麗な顔が豆鉄砲を食らったみたいに、きょとんと俺を見返した。

その拍子に首に掛けていたトリコロールカラーのスポーツタオルがはらりと落ちて、浅野の後ろからこっちに向かって歩いてきていた孝太郎が不思議そうな顔で拾い上げる。

不穏な空気を和ますためか、にこっと笑いながら、拾ったタオルを浅野の前に差し出した。

「ほら、史郎タオル汚れちゃうよ。どうしたのさ?二人で見つめ合っちゃって」

「それで、おまえらあんなことになってるわけ?」

孝太郎の問いには答えずに、タオルだけ受け取った浅野はほとほとあきれ果てたとばかりに額に手をやった。

「べた惚れしてるくせに、相手が女なら鈴矢を取られてもいいなんて馬鹿なことを考えたってわけか?相手が女なら、俺は潔く身を引くよって?お前って、マジで大馬鹿だな」

「女?女の人がどうかしたの?」

話の展開についていけない孝太郎が俺と浅野の顔を交互に覗き込んだ。

「何年も神棚の上に祭るみたいにして崇めたあげくに、お前の一方的な勘違いで、あっさり引かれちゃぁ、鈴矢もいい加減嫌になるよな」

「な、なにもわかってないくせに、偉そうに言うな!」

「わかってないのは、お前の方だろう?鈴矢がこの2年間どんな気持ちでいたと思ってるんだ?!」

鈴のことなら俺よりもわかってるんだと言いたげな浅野のしたり顔に俺の怒りがわき上がる。

俺には話せないことでも鈴はお前には話してたとでも言うのかよ!

「鈴が男の俺が相手じゃ嫌だって言うんだからしょうがないだろう!それとも何か?俺に女にでもなれっていうのかよ」

「女、女って・・・・・女とか男だとかに、こだわってるのはお前だろう。お前がそんなだから鈴矢が不安になっちまうんだよ!」

「ちょ、ちょっと、史郎も東森君も待ってよ」

二人の間に割って入ってきた孝太郎が俺たち二人の腕をつかんだ。
「女の人ってなに?鈴ちゃんと女の人がどうかしたの?」

「この馬鹿が、鈴矢に女が出来たと勘違いしてたんだ。赤いアウディの主を女だと思いこんでたらしいぜ」

「小早川靖史が女??」

小早川靖史?誰だぁそれ?

突然飛び出てきた聞き慣れない名前に、訳が分からないまま胸が騒ぎ出す。

「誰だよそれ?だいいち、なんでアウディ野郎の名前なんか孝太郎がしってんだよ?」

年上の彼女が出来たんじゃなかったのかよ?

だから、俺は仕方ないって・・・・・・・・

男の俺じゃだめだから、ただの幼なじみに戻ろうって言ったんじゃなかったのか?

その男が相手なら男でもいいのかよ?

なんで、俺がだめで、ほかの男ならいいんだよ!

そんなの、俺は絶対認めない!!

「メンズ雑誌とかで有名なモデルだよぉ。ほら、鈴ちゃんのポスターで一緒に写ってたでしょ?薔薇の花もってさ」

そういえば、ビルの宙吊り広告には男が確か一緒に写ってたな・・・・・・
鈴の横でひざまずいて、薔薇の花束を鈴に渡してたような・・・・・・

確かイギリス式のプロポーズの仕方だったけ?

おい、おい、まさか、それを地でいこうってんじゃないだろうな?

「あの野郎ぅ・・・・・・・」

「東森君、鈴ちゃんばっかり見てたからあんまり記憶にないのかな?
結構有名なんだよ。最近じゃさテレビのCMとかにもでてるし。
ほら、整髪剤のCM見たことない?
そうそう、小早川靖史って東森君のお兄さんに雰囲気が似てるじゃない?
いかにもフェミニストって感じでさ」

「整髪剤って・・・スピリッツのか?」

そのCMなら俺だって知ってる。
確かに兄貴によく雰囲気の似た、にやけた野郎がでてる今話題のCMだからだ。

まさか・・・・・鈴・・・・まだ兄貴のことが好きなのか?

あいつが兄貴に似てるから?だから、俺よりそいつの方が・・・・

「呑気なもんだな、東森。普通ポスター見たとたんに気がつくだろうが。あいつが完璧鈴矢の好みだってな」

またしても呆れた顔で、それだけいうと浅野は遠巻きに俺たちを眺めながらランニングを始めた部員たちの方に向かって走り出していった。

「みんなが気にしてるから、僕たちも行こっか・・・・・でも何で、東森君、鈴ちゃんに彼女が出来たなんて思っちゃったのさ?」

孝太郎もみんなの視線が気になるのか、俺の腕を引きながら走ろうと促す。

「イヤリングがあったんだ・・・鈴の部屋に」

重い足を仕方なく動かして、孝太郎と並びながら俺もゆっくり走り出した。
スパイクで蹴った足下に乾いた砂埃がふわっと立ち上る。

「イヤリング?もしかして、それって真珠の?」

鈴より小柄な孝太郎は俺を斜め下から見上げて、少し考え込むように眉根を寄せながら訊いた。

「え?あ、ああ・・・」

何で、わかるんだ?

「小粒の真珠と廻りに淡水真珠で花びらみたいな形にしてある奴だよね?」

「淡水真珠ってなんだよ?」

「僕もよく知らないけど、まん丸のパールじゃなくて小さな涙型になってる奴だよ。淡水って位だから海じゃなくて湖ででも養殖するのかなぁ?・・・・・って、もう!真珠の種類はこの際どうでもいいの!ともかくお花みたいになってる奴だよね?鈴ちゃんの部屋にあったイヤリングって」

「あ、ああ、そんなやつだよ。たしか・・・・」

俺の返事に、孝太郎のくりくりとしたまんまるっこい目がぐるりと回された。

「それで、疑っちゃったんだ??東森君、鈴ちゃんのこと信じてあげなかったわけ?
ひっどぉ〜〜〜!
史郎の言うとおりだよ。そんなんじゃ、鈴ちゃんがよそに走っててっても仕方ないよね」

頬をわずかに紅潮させてまるで自分のことのようぷんぷんと怒り出す。
上気した頬はランニングのせいだけじゃなさそうだ。

「なんだよ、孝太郎まで・・・・現にイヤリングは部屋のベッドの下に落ちてたんだぞ!」

「そりゃ、鈴ちゃんの部屋にあっても当たり前だよ。それって鈴ちゃんが撮影の時に付けてたやつじゃない!
ほかの男の部屋に落ちてたら大変だけど、鈴ちゃんの部屋にあったんでしょ?なんの問題があるのさ!!!!」

「鈴の・・・・イヤリング?」

思いもしなかった孝太郎の答えに俺は呆然とした。

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