Crystals of snow story

純白の花衣

もう一度だけ、ささやいて第二部

( 16 )

 


「や・・・・・やめてよ!」

あいつの腕のなかになら、ゆったりと身を任せるくせに・・・・

しっかりと抱き込んだ俺の腕のなかで行き場もないのに鈴が怯えたように身をもがいて逃げようとする。

「放して!放してよ!!!」

俺の腕が緩まないのがわかると、今度は今にも泣き出しそうな表情になりながら握りしめた拳でドンドンと俺の胸を叩き始めた。

なぁんだ・・・・・・、鈴・・・・

俺の喉から、乾いた笑いが零れ出す。

結局、こうなるんじゃないか・・・・・・

なんだ、かんだって、おまえは理屈をこねるけど、結局、俺が本心を隠しても、正直な気持ちを告白しても、おまえの態度はなんにもかわりゃしない・・・・・

「放すしかないじゃねぇか・・・・・」

そうさ、今までと同じように、嫌われると思ったら、俺にはそうするしかねぇんだよ。

「いくら、俺がおまえに触れたくても、いつも、いつもおまえはそうやって俺の腕の中から逃げてくんだからな・・・・」

「だって・・・・だって・・・・・・・僕・・」

「無理すんなよ・・・・俺だって・・・・」

『嫌われちゃうのはやだ・・・』
『嫌われたくねぇから・・・』

もう一度、力一杯抱きしめて、ぱっと腕を放した瞬間、俺たちは、お互いを瞠目しながら見つめ合った。

お互いの口から同時に零れた言葉が信じられなくて。

「嫌う?俺が・・・・・?
嫌うのはおまえだろう?
だから、俺・・・・おまえがはなせって言ったらいつも・・・・・」

ずっと抱きしめていたいのに、もっと、抱きしめていたいのに、おまえに嫌われたくねぇから、俺は・・・・・

「違うよ・・・・研くんに嫌われちゃうのは僕だよ・・・・
だって、僕・・・・・女の子みたいに柔らかくないし・・・ふ、服脱いじゃったら、ほんとに全然綺麗じゃないもの・・・
研くんだって知ってるでしょ?
毎年嫌でも夏になれば僕の水着姿が目に入っちゃうものね・・・・・
水泳の授業の時、僕も出来るだけ研くんの近くに寄らないように気をつけてたけど、研くんだって、中学に入ってからはあからさまに水泳の時は僕のこと避けてたじゃない。
僕のこと・・そ、その・・・・抱いたりしたらきっと、きっと・・・・・研くんは僕に幻滅して嫌になっちゃうよ・・・・・
でも、ほんとは、研くんはちゃんとわかってるんだものね。
僕が気づくよりずっとまえから、研くんは本当のことをちゃんと知ってたから、だから研くんは僕のことなんか欲しくなんか・・・・・ないんだ・・・・」

うなじまで朱に染め、聞き取りにくいほど小さな声で、鈴がたくさんの言葉を紡ぎ出す。

俺はそんな鈴をもう一度、胸の中にぎゅっと強く抱きしめた。

やっぱ、手放すことなんかできねぇ・・・・・

たとえ、あいつと何かがあったにしても、誰にも渡せない・・・・愛しくて、愛しくてたまんねぇ・・・・・・・

「おまえ。バカだな・・・・・・」

そんでもって、俺も世界一の大バカだ・・・・・・

鈴を不安にさせて、取り返しのつかないことをさせたのは俺・・・・・・

「なぁ鈴。俺ずっと、ずっと、言ってただろ?俺が好きなのはお前だけだって。
俺が欲しいのも、お前だけだって・・・・・・
今もその気持ちはかわんねぇ・・・・・・・
俺は、お前以外の誰もほしくなんかねぇよ。
水着姿のお前の側によらないのは・・・・その・・・・・お前が見たくないからじゃなくって、お前の胸とか、背中とかが、あんまり、綺麗だから・・・・俺・・・いろんなとこがカッカしちまって、側に行くと収まりつかなくなりそうだから離れてたんだ」

「うそ・・・・・」

「うそなんかじゃねぇよ。何回も何回も自分が押さえられないくらい、苦しかったさ。
だけどな、お前を無くしちまうくらいなら、お前に嫌われちまうくらいなら、こんな気持ちは抑えなきゃいけねぇんだって・・・・・思ってた。
お前が、俺をちゃっんと好きになってくれるまで、またなきゃって・・・」

「僕が研くんを好きになるまで・・・まつ?」

「ああ、お前が全部、俺のもんになってもいいって思うくらい、俺のことを好きになってくれるまで、待とうと思ってたんだ。
なんかすっげぇながいあいだまってたけどな」

それが優しさだって信じてたんだ。

そのことがお前を苦しめてるなんて、俺、ちっとも気づいてなかった・・・・・・・・そのとき、鈴が俺の制服の胸元を痛いほど握りしめて揺すぶった。

「どうして!?
僕、ちゃんと二年前に言ったじゃない!?
僕・・・・すっごい勇気出して言ったのに、あのとき約束を反故にしたのは研くんのほうじゃない!
だから僕・・・・あのときわかっちゃったんだ。研くんにそう言うことを望んじゃいけないんだって・・・」

「あのときって?
もしかしたら、中学の引退試合の日のことか?」

何度も何度も俺を揺すぶる鈴の潤んだ黒瞳に、俺の心にもずっとわだかまっていたあの日の光景が、まざまざと浮かび上がる。

今目の前にいる鈴よりほんの少し幼い鈴が、可愛い頬を染めて約束してくれた『大切なもの』の意味を俺は、ずっと・・・・・・・・

「まさか・・・・」

試合後のにこやかな鈴の姿に落胆して、そうだよな、鈴がそんなこと考えるはずなんか無いよなって・・・・・・

俺って・・・・・もしかしてかなりの間抜けなのか???

あの後、鈴が急に泣き出したのは、俺がバカだったからか?

あのとき、鈴は・・・・・・・やっぱり、そう言う意味で・・・・・

「僕はあのときちゃんと言ったよね?研くんだって覚えてるんだよね?」

鈴の瞳に盛り上がった、水晶の粒が、ポロリと滑らかなバラ色の頬の上を転がり落ちた。

ああ、俺・・・・・・なんてことをしたんだろう・・・・・・

「ご・・・ごめん、鈴・・・・・俺・・・おれ・・・」

俺の、落胆と苦悩の色を読みとったのか、鈴が、体中の力を抜いたみたいに俺に抱きついて、声を上げて泣き始めた・・・・・・・

「ばか・・・・・・研くんのバカァ〜〜〜」

俺たち、この二年間いったい何してたんだろう・・・・・・

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