Crystals of snow story
純白の花衣
もう一度だけ、ささやいて第二部
( 17 )
抱きしめた鈴の身体が熱い。
触れた頬も熱い。
むさぼるように口づけた鈴の口腔は燃えるようだ。
あのあと、鈴に導かれるように俺は鈴の部屋に誘われた。
心配げに俺たちを迎えた春さんに、鈴は俺が泊まることをつげ、いつもきちんと用意されている俺用のパジャマや下着の用意をしてもらってから、今夜はもう遅いからと、春さんを玄関から送りだした。
ドキドキしっぱなしの俺とは違って、鈴の態度は全く淀みなんかなくって、昔俺がよく鈴の家に泊めてもらったころと同じように自然で、危うく俺はまた、大きな勘違いをしているんじゃないかと思ってしまうところだった。
その俺に確信を持たせてくれたのは春さんを送り出したドアを閉めたと同時にためらいがちではあるけれど俺の首に廻された鈴の腕。そして、つま先だって重ねられる鈴の甘い唇。
もしかしたら、ずっとこうやって鈴は俺にサインを送って来てくれていたのに、何度も、何度も、俺はこんな馬鹿な勘違いを繰り返してきたのかもしれない。
いつもながら今夜も遅いのだという鈴の両親はまだ当分帰ってきそうもなくて。
住み込みの運転手をしている木原さんも、両親とともに出かけているのでこの大きな家には俺たちしかいない。
そのまま、もつれるように螺旋階段を上り、鈴の部屋のベッドに倒れ込んで何度か目かの口づけを交わした後、鈴が、ほんの少し、抵抗するように俺の胸を押した。なんで・・・・・なんでだよ?
気がおかしくなるほど熱くなってしまっている俺は、今日だけはどうしても鈴を放したくなくて、駄目だと、首を横に振る。
「ちょっとだけ待って・・・僕、すませてしまわないといけないことがあるから・・・・」
伏目がちな鈴の視線が、ベッドの横に置かれた電話に向けられた。「何をするって・・・・?」
鈴に問いかけはしたものの、頬に落とした睫毛の震えに、とっさに俺はそのことが何を意味するのかを悟った。
忘れた振りをしようとしてた。
あえて問うのはよそうとしていた俺の心を伺うように鈴がじっと俺を見つめる。
「あいつに、電話・・・・・するのか?」
嫌だと言いたかった。二度と会わせたくねぇし、電話をされるのだって、もちろん嫌だ・・・・
だけど・・・・・
「うん。こういうことって、ちゃんとしておかないといけないとおもうんだ」
鈴の眼差しは訴えるように今度はまっすぐに俺を見つめて離さない。
「俺は・・・・ここにいない方がいいのか?」
腕を突っ張るようにして、上から鈴を見下ろすと、鈴がこくりと頷いた。
真っ黒な瞳が俺を見つめ、俺も、長い間、そのままの姿勢で鈴を凝視していた。そのあいだ、頭の中では、いろんな感情がせめぎ合う。
怒りや、嫉妬・・・・・そして、不安・・・
ほんの、1時間ばかり前、あいつと鈴は・・・・・・・
キュッと閉じた瞼の裏に鮮明にさっき見たキスシーンが蘇る。
きっと、俺は凄く苦しそうに顔を顰めていたんだろう。鈴が泣きそうな声で、ゴメンねと言った。小さな、小さな震える声で・・・・・・ごめんねって・・・・・
俺はゆっくり鈴から身体を離して、ドアの方へ歩いていく。
「研くん・・・・・戻ってきてくれるよね?」
俺よりと同じくらい鈴も不安なんだってわかる声音で言葉が俺を追いかけてくる。
俺は肩越しにベッドに座った鈴に振り向いて、無理矢理笑顔を作った。
「ドアの外で待ってるから、電話が終わったら呼んでくれな・・・」
パタンと扉を閉じて、そのまま背中をドアに押しつけ、天を仰いだ。
見上げて目にはいるのは真っ白な天井だけど、高い天空の星空を見上げるように。
そうしねぇと、泣いちまいそうだったから・・・・・
なさけねぇくらい、不安で、不安で・・・・・・・胸がつぶれそうだったから・・・・・・・
どのくらい経っただろう・・・・・・
考えていた以上に長い時間が経過していた。
きっと、小一時間はすぎただろうころ、カチャリと俺の背中でドアが鳴ったんだ。
俺は慌てて扉から飛び退いて、内側にドアが開かれるのをまった。
鈴がどんな顔をして、俺を迎え入れてくれるんだろうかと思うと、胸が張り裂けそうなほど激しく波打つ。
そんな俺の目の前で・・・・・・
ふわりと、花が揺れた。
ふんわりと、花の香りが揺れた。
真っ白な花びらが、華やかに、匂い立つように・・・・・
小さなころに夢に見ていた宝物のような鈴がそこには立っていたんだ。
写真でこのドレスを着た鈴をなんども見たけど、それでも、目の前にいる鈴はまるで夢みたいに綺麗だった。
「もう、すんだから」
ぽつりと、鈴は言葉を零す。
「わかった」
胸の奥にまだ、痛みはあるけど、俺はもう何も言うつもりはなかった。
今、このドレスを着てくれたってことが、鈴の答えなんだから。
「こっちへ、出てこいよ、鈴」
シルクの手袋に包まれてつるりとした感触の鈴の手をとって、廊下に連れ出すと、サラサラと衣擦れを鳴らしながら、俺は鈴を腕に抱き上げた。
「け・・・研君?」
驚いて鈴が俺の首にしがみついた。
「映画とかじゃたいていこんな風にするだろ?」
笑いながら、鈴を抱きかかえて部屋に入り直すと、ベッドの所まで俺は花嫁を抱いていった。
サラサラと鳴るドレスの音に混じって、ドキドキと鼓動の立てる規則的な音が聞こえたけど、それが、鈴の物なのか俺の物なのか、俺にはわからなかった。
「中身は、ちがうんだよ?それでもいいの?」
俺の腕の中で、もう一度念を押すようにそう言った鈴の唇を俺はゆっくりと封じ込め、俺たちはゆっくりと柔らかなベッドへと沈み込んでいく。
ゆっくりと花が綻ぶように真っ白な花弁から抜け出た鈴は月夜の明かりの中で信じられないほど綺麗に開花する。
俺の胸に抱かれ、甘くとろけるような鈴の喘ぎと一緒に頬に零れた涙は、螺旋を描いて、いつしか幸せに溶けていった。
そして、ずっとずっとこれからも、鈴は俺の胸だけで眠るんだ・・・・・・
ねぇ、鈴ちゃん
鈴ちゃんがおっきくなったらぜったい、ぜったい似合うよね
真っ白なドレス
花嫁さんのドレス
俺みんなに自慢して歩くんだ
世界中でいっちばん鈴ちゃんが綺麗だろって
END
「純白の花衣」長い間おつきあい下さってありがとうございましたv
と、いいたいところですが、みなさん消化不良ですよね〈笑〉
Broken Heart〜小さな痛み へと、お話は戻ります♪
鈴ちゃん視点のお話にも後しばらくおつきあいくださいね♪