Crystals of snow story
純白の花衣
もう一度だけ、ささやいて第二部
( 7 )
「・・・・・・少しでも先に延ばしたかった・・」
しばらく、水を打ったように静まり返った部屋の中で立ちつくしていた俺に鈴がようやく口を開いた。
「研くんに嫌われるの・・・ちょっとでも先に・・振り回してるつもりなんかなかったんだ・・・・」
また、鈴の瞳に大粒の涙がこんもりと浮かんで、なめらかな肌の上をつーーーっと顎の方へと伝って落ちた。
「強くなりたかったんだ、僕は・・・・・・研くんが側にいてくれなくなっても、立っていられるだけ強くなりたかった。
恋人としての関係が築けないなら、せめて、対等な友人として扱って貰えるように、少しでも大人になりたかったんだ」「お前の言ってること・・俺、わかんねぇ・・」
鈴の言っていることが理解できなくて、俺は大きく左右にかぶりを振った。
今なんて言ったんだ?鈴・・・・・・対等な友人ってなんだよ・・・・・・・
俺たち恋人同士になったんじゃなかったのかよ・・・・
俺のこと好きだって、言ってくれたのは・・・・嘘?
本当は理解出来なかったんじゃなくて、あえてわからないふりをしたのかもしれない。
そうしないと俺たちの危ういけれど幸せだった二年間の恋人関係が本当に粉々に壊れちまうような気がしたから。
鈴が売り言葉に買い言葉で、今この場の感情だけでものを言っているんじゃないことを俺はひしひしと感じてた。
ここ1.2年で急速に大人びてしっかりしてきたのは、俺との別れの準備だったてことだって・・・・
鈴はずっと、そのつもりだったんだって・・・
いつか俺にそのことを切り出すつもりだったて・・・・
本当の意味での恋人にはなれないけど、俺のことは嫌いじゃないから、俺との関係をただの『幼なじみ』に戻したいと。
その宣告を少しでも先に延ばしたかったって・・・だけど、俺があんなことをしたから、もう、先に延ばすわけには行かなくなったってことだよな。
なんだ・・・そうか・・・・鈴は俺とこれから先もこれ以上の関係に進むことを全然望んでなんかいなかったんだ。そのことがハッキリわかるとなんだか、今まで俺の中に有った、何かが急速に冷え込んで堅くて重い痼りになって胸の奥にズンっと沈んでいくような気がした。
そ・・・・か・・・・
結局そうだったんだ・・・・・・
時期が来れば結ばれるんだなんて・・・・
いつかは鈴のすべてが手に入るだなんてそんなこと思ってた俺って・・・ただの馬鹿だよな・・・・・
鈴は、ずっと前から、俺との関係を終わらせる準備をしてたってのに・・・・俺一人が、舞い上がってたんだな・・・・
二年間も一人でドキドキしてたなんて。
・・・バッカみてぇ・・・・・
「なんか、さっきから、ごちゃごちゃ言ってるけど、ようは、俺と別れたいって言うことなんだよな?」
俺の口から滑り出た言葉は寒々とするほど落ち着いた声だった。
「別れたいなんて・・・違うんだ!
僕の気持ちは変わらないよ。研くんのことは今でも大好きなんだ。だから・・・僕」
鈴の潤んだ瞳が真剣な表情で俺を見つめている。別れ際を綺麗にしたいとかって言い訳じゃなく、鈴が本心から俺との友人関係は切りたくないと思っているのがハッキリと俺に伝わってくる。
大好きだから別れたくはない。
だけど、鈴はこれ以上、俺のと恋人関係を築く気はない・・・・
俺の望むものはくれない・・・・・
永遠に・・・・・
なんだか、そんな鈴の勝手な態度が妙に鈴らしくて、おかしくて、俺は唇を歪めて笑った。
「ははは、ただの幼なじみに戻ろうよ、ってか?」
決して手に入らないと諦めていたものを無くしてしまうより、手の中に一度は掴みかけたものを奪われることの方がどれだけ辛いことか鈴には分かんないのかよ・・・・・・・今更、ただの「幼なじみ」に戻って、お前の新しい恋の、今度はまともな女の子との恋愛話の相談にでものれってのか?その上、いつの日か、お前が乙羽家を継ぐための盛大な結婚披露宴のスピーチに友人代表って名目で立ってくれなんて、しらっとした顔で「僕たち親友だよね」なんて、言うつもりかよ・・・・・・
冗談じゃない・・・・
「俺も相当馬鹿だけど、お前も寝ぼけてるんじゃないのか?」
「研くん・・・・・・」
クスクス笑いだした俺に、鈴が剣呑な表情を向けた。
「悪いけど、俺・・・・今更『幼なじみ』の鈴なんかいらない。俺が欲しかったのは『恋人』としての鈴なんだ。だから交渉は決裂ってことだな・・・・」
「研くん・・・・・・・ヤダよ、僕は・・・」
俺の言葉の意味にようやく気が付いたのか、ベッドに腰掛けていた鈴が弾けるように、俺の目の前に立ち上がって、俺の腕を掴んだ。
「研くんと一緒にいたいんだ!!!僕たちずっと一緒だったじゃない?!友達ならこれからもずっと一緒にいられるよね?僕のこと嫌いになったりしないよね?」鈴は違う違うとかぶりを振る。
俺の腕に載せられた鈴の指が痛いほど食い込んだ。
「ごめん鈴・・・・・俺、お前みたいに器用じゃない」
そっと、鈴の掴んでる指をほどいて、俺は鈴の部屋をあとにした。