★もう一度だけ、ささやいて★
( 7 )
「浅野!孝太郎も?」
孝太郎は私服姿でもさほど感じが変わらないが、オフホワイトの麻のジャケットを着込んだ大人っぽい装いの浅野は、その端正な顔立ちも手伝ってか、とても中学生には見えない。
「おやおや?めずらしいな。どうした東森?」
「え?東森君?」
ジェットバイクに跨って大型画面に向かっていた孝太郎が肩越しに俺の方を振り向いた。
その途端激しいスクラッシュ音がゲーム機から鳴り響く。
「うわぁ?いけね<」
「死んだぜ。孝太郎」
冷たい目で孝太郎を見た浅野が、鼻先でフフンと笑った。
プクーッと浅野に膨れて見せた孝太郎はバイクから降りて俺の側にきた。
「こんなとこで会うなんて珍しいね。鈴ちゃんは?一緒じゃないの?」
浅野にみせた顔つきをころっと変え、孝太郎は屈託無く俺に笑い掛けた。
瞬間言葉に詰まった俺の横から、
「夜中に大事な鈴矢をこんなとこに東森が連れてくるわけないだろう」
したり顔の浅野が助け船を出してくれた。
「だ、大事なって・・・・・・・・・むぅ・・・史郎は僕を毎週連れてくるじゃないか!」
可愛らしいほどムキになった孝太郎の矛先が浅野に変わる。
浅野はチラリと孝太郎を見遣って、
「俺がお前を連れてきてるって言うのか?
変だな・・・・・・・・俺にはお前が勝手についてきてるようにおもえるんだがな」「なななな・・・・」
「そうよ。史郎はあたし達の王子さまなんだからね。孝太郎はお家で大人しく寝てなさいよ」
浅野の尻馬に乗って児嶋達が孝太郎をからかいだした。
「ひど〜い<東森君。何とか言ってやってよ」
孝太郎が俺の胸にヒシとしがみついた。
「それじゃぁお前、浅野から俺に乗り換える?」
笑いながら俺より一回り小さい孝太郎の身体をグイッと抱きしめると、孝太郎は慌てたように浅野の方を振り向いて、強く横に首を振った。
「冗談って分かってるけど、だめ・・・・・僕かなりマジなんだ」
孝太郎は照れくさそうに小さな声で呟くと、俺の腕からするりとすり抜けて史郎の元に駆け戻った。
孝太郎のあわってぷりなど何処吹く風と史郎の奴は素知らぬ顔をしてるって言うのに。
あ〜ぁ、人ごとながらコイツの恋も結構辛いもんがありそうだ。
しばらく一緒に連んで話に混じっていると、最初は6、7人のグループかと思いきや、別段グループというわけではないようだ。
毎週この辺りに出没する美貌の浅野に女の子達のファンが付いて、ちょっとした人集りになっているだけらしい。
児嶋ももう一人ぽっちゃりした真紀ちゃんっていう女の子と二人で史郎目当てに遊びに来ているんだと言っていた。
「東森君。ダンスダンスレボリューションしようよ」
「だめだめ、俺そーいうのしたことねぇんだ」
「へっき、へっき、僕が教えてあげるって」
俺は孝太郎に腕を取られて、キティちゃんのぬいぐるみや、たれパンダの入ったUFOキャッチャーの間を通り抜けて、大きな画面の前に連れて行かれた。
大型画面の下にはステレオのスピーカと対戦できるように2台のステップ台があって、そこには上下左右の矢印が描かれてある。
「見てて」
孝太郎がワンプレイヤー分のコインを入れると聞き覚えのあるダンスミュージックが流れ出し、画面にステップを踏むための矢印が表示されだした。
次々と流れる音楽と矢印に合わせて器用に体を動かした孝太郎は正確にステップを踏んでいく。
「ねぇ。わかった?」
可愛らしい顔を紅潮させ、息の上がった孝太郎がダンス?を終えて俺の横に降り立った。
「こんなの俺、無理だよ」
笑いながら断っていると、横から浅野が口を挟んだ。
「そろそろ行くぞ。孝太郎」
「え?あ・・うん」
浅野の一言で急に真っ赤になった孝太郎が俺から照れくさそうに目をそらした。
「こんな時間からどこいくんだ?」
キョトンと聞き返した俺に、
「ホテル。なんならお前も一緒に行くか?3Pってのもいいかもな」
浅野は意味ありげにクイッと片眉を上げて見せた。
幾らジョークだと解っていても、こいつが言うと何処までが冗談なのか解らなくてちょっと恐くなる。
案の定、怯えた顔をした孝太郎は、
「し、史郎ぉ〜!」
浅野の言葉に不安げに小さく叫んだ。
冗談に決まってるだろうと、浅野は呆れたような顔で孝太郎を見て笑った。
浅野が笑い掛けた瞬間、この二人の間に、なんだか、俺には入れない空間が出来た。
もちろん、目には見えないんだけど、それは確かな手応えって言うか・・・・・
そうか・・そうなのか・・・この二人は・・・やっぱり浅野は食えることもあるんだ。
いや、この場合は食うのか?
変に関心しちまった俺は、
「俺も寝床さがさねぇとな・・・・・・・・」
誰に言うともなく溜息と供に呟いてた。
「どうしたんだ?何で家に帰れないんだ?」
浅野が珍しく真顔で俺に訊いた。
「食えねぇ餅が俺の部屋で寝てるから・・」
「なんだ、せっかくのチャンスなんだからこんなとこにいないで無理矢理食っちまえばいいのに」
面白そうに笑うと浅野は肩を竦めた。
「絵に描いた餅はいつまで経っても絵に描いてあるままだ。
食える餅にはなんねぇよ」「相変わらずバカだな東森は。
指くわえて眺めてるだけだからいつまで経っても食えないんだよ。
お前さえ食う気になれば紙だって食えるさ」「無理矢理食ちまったら、喉つめちまうだろうが」
「わかんないぜ。案外すんなり食えるかもよ」
ふふふ、と浅野が意味深に笑う。
「なんだよさっきから、餅だの食うだのって?東森君お腹でも空いてるの?」
見当違いの発言をした孝太郎を、浅野は意外なほど愛しそうな瞳で見詰めると、お前はそんなこと知らなくていいのと肩に腕を廻した。
この二人案外浅野の方も満更じゃ無いのかも知れないな。
二人と別れた俺は結局行く当てもなく2、3時間街を彷徨った後、すごすごと家に戻っちまった。
考えに考えた末、今度こそどんな結果になっても俺の本当の気持ちを鈴にうち明けようと思って、ぎしぎしと階段を軋ませながら部屋に帰ると、そこにはもう鈴の姿はなかった。
鈴のいるはずの場所に、元凶のもとである兄貴が電気もつけず暗い部屋の真ん中に胡座を掻いて俺を待ち受けていた。
「鈴は・・?」
「俺が送っていった」
「そっか・・・・・・」
「お前が出ていってすぐに、泣きながら俺の部屋にきたよ。
あんなに取り乱してる鈴矢くん初めて見たな」ポツリと呟いた後に、暗い部屋のなかで兄貴の吸うタバコの先に灯された小さなオレンジ色の光だけがポワァと光彩を増した。
「いったい、お前は何がしたいんだ?鈴矢くんが好きなんだろう?」
「兄貴には関係ねぇだろう」
もとはといえば、兄貴がいるからややこしいんだから。
俺も兄貴の前にドッカリと座り込み、横に置いてあるタバコを一本せしめて火を付けた。
「お前に嫌われちゃったって何度も言って酷く狼狽えて泣きじゃくってたぞ」
「兄貴に慰めて貰えたんなら、かえって喜んでるさ。
鈴が兄貴に昔っから惚れてることぐらい兄貴だってとっくにしってんだろう?」久しぶりに吸うたばこはやけに苦く、兄貴がどんな風に鈴を慰めたのかと思うと、煙が目に染みてチカチカする。
「俺はそれ以上にお前が鈴矢くんに惚れてるのをずっと昔から知ってるよ。兄貴としては歯痒いばかりだけどね。
お前見てると純愛もまだまだ捨てたものじゃないってなって、今日まで思ってたが、惚れてる相手をあんなに傷つけちまうんならそんな純愛止めちまえ。
適当に俺みたいに恋愛ごっこをして遊んでる方が誰も傷つかずにすむ」「あ、兄貴だって、いっぱい女の子泣かしてるじゃねぇか!」
「泣くのも一つのゲームなんだよあの子たちにしてみれば。
俺は一度も本気だなんて言わないし態度にも現さない。聞かれれば素直に遊びだと応える。
遊びと割り切れる相手としか付き合わないし、SEXもしない。
俺が鈴矢くんに手を出さないのも別に男の子だからなんかじゃない。あの子は遊びなんかで割り切れる子じゃないからだよ」「俺・・・兄貴はお姉ちゃん専門だから鈴に興味がないんだと思ってた・・・・・」
「まぁ、基本的には女の子の方が好きだけどね。鈴矢くんの綺麗な顔見てたら、付いてるもんなんかどうでもいいって気になることは確かだな。
それに正直言うと鈴矢くんほどの子じゃないが何度かは男の子と遊んだこともあるよ。
男の子も悪くはない。たまにはね」ニヤッとタバコを銜えたまま兄貴は唇をゆがめた。
こ、こいつは何処まで節操がないんだ〜?