★もう一度だけ、ささやいて★

                    

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先輩と向かった店は千円ぽっきりで焼きたてのピザが何枚でも食べれるんだが、学校や駅からは遠く、車やバイクが無いとなかなか来られない位置にあるんだ。

だから、部活の帰りにあいつらが寄るって事はまずあり得ない。

そう思うとホッとすると同時に、現金にも腹の虫がきゅうぅ〜っと切なげにないて、聞こえたのか葉月さんにクスクスと笑われちまった。

夕食には少し間があるのか、いつも満員の店内は7割方しか埋まっていない。トリコロールカラーで統一された店の奥にある窓際の席を確保した俺達は、早速大きなお皿を持ってカウンターの上に次々と焼き上げられた何種類ものピザを取りにいった。

「俺と鈴の事、誰かに訊いたんですか?」

とろりと溶けたチーズにベーコンとアンチョビが乗った熱々のピザにかぶりつきながら、俺に自分からは何も訊こうとしない先輩に尋ねた。

なんでもないのに待ち伏せしてまで誘ってくれる訳がない。

ここ数日さんざん色んな奴にどうしたんだと聞かれてきた俺は、何も聞かずにいてくれる葉月さんの優しさが返って苦痛だった。

「噂を聞いたよ。高等部でも鈴ちゃんの人気は絶大だから、どうしても噂の的になる。
まあ所詮噂話だから訊くたびに話が違う。 
だけど俺は別に研二に本当事を訊きたくて待ってたわけじゃない。ちょっと顔を見によっただけだから」

トマトとサラミのピザを手にしたまま、柔らかく微笑んだ。

「俺の顔?それとも鈴の顔?」

「研二に決まってるだろう」

空いている手で俺のおでこをパコンと弾いた。

「いってぇ〜!アンチョビ落っこちちゃったじゃないすか」

「わるいわるい。でも思ったより元気そうで良かったよ」

柔らかく微笑んでいた目元に真摯な光が宿る。

その優しい眼差しに、あれからずっと張りつめていた肩の力がフッと抜けた。

「俺が・・・鈴に言ったんですよ。二度と話しかけてくるなって。
お前の顔なんか見たくない、お前なんか大嫌いだって・・・そしたら鈴の奴ホントにその通りにしやがった。
学校もクラブも同じだから合わないって訳にいかないけど、ほとんど俺の範疇に居ることはないし、そばに居ないといけないときは絶対に俺の顔を見ようとしない・・・・・・・・
俺が言ったとおりにしてるんだから鈴に文句言うのはお門違いなんだろうけど。俺のそばから離れた途端、光輝がずっと鈴のそばにいる・・・」

泣き言なんか言うつもりはなかったのに、俺の本音がぽとりと落ちる。

「鈴ちゃんは滅多に感情的にならない分酷く残酷なところがあるからな。本人に自覚があるかどうかは別にして、研二にわざと光輝のことも見せつけてるのかも知れないぞ。
早く戻ってこないと研くんの場所なんかすぐに無くなちゃうんだってね」

さぁ、どうする?と葉月さんは眼差しで問いかけた。

「それって、すげぇ〜腹立つ!」

むんずと掴んだピザにかぶりついた。

「研二さぁ、鈴ちゃんに惚れてるの隠してるつもりなんだろうけど。見る奴が見れば解るんだよ。
お前が幾ら突っ張ってても鈴ちゃんにだけはメロメロだってことがね。たぶん当の鈴ちゃんも研二がマジで自分に惚れてるってこと薄々解ってると俺は思うね。
愛されてるって自信が鈴ちゃんの傲慢さにも繋がるんだろう」

鈴が俺の気持ちを知ってる?

知っていて、今まで平気で兄貴の身代わりをさせてきたっていうのかよ?

酷いよな、それって・・・・・・・あんまりだ。

葉月さんは細かい気泡が上がる琥珀色のジンジャエールのストローに薄い唇を寄せながら続けて、

「まあ、正直に鈴ちゃんに告白するか、研二も鈴ちゃんみたいに変わりの誰かをそばに置いて焦らすか二つに一つだな」

「いいんですよ、もう。鈴が俺のことをどんな風に思ってるか今度のことでハッキリ解ったし、俺はそこまで自分を卑下して鈴のそばに居続けたい訳じゃない。
俺の居場所がそんなにあっさりと光輝に取って代われるもんなら、そんな場所のし付けて光輝にやりますよ。 
それに俺は鈴を焦らすためだけに誰かを口説く気なんか無いし、鈴の身代わりなんか欲しくないっすから」

顔を上げて無理矢理笑顔でにっこり笑うと、葉月さんはそうかと頷いてくれた。

改めて混雑してきた周りのテーブルを見渡すと時々女の子達がチラチラと俺達の方に視線を投げかけてくるのがわかる。

「鈴と居るとよく周りの視線を感じるけど、葉月さんといてもやっぱ女の子達の視線あつまるんすね」

葉月さんも呆れるほどたらふくピザを食った俺が、お絞りで汚れた指を拭きながら何気なく言うと、突然葉月さんがおかしそうに笑い出した。

「な、なんすか?」

目をパチクリさせた俺に、

「お前ってホント可愛いよな」

「はぁ?」

「研二から見える範囲の女の子からどうやって俺の顔を見るんだ?」

言われてみると、確かにあの子達からは葉月さんの後ろ姿しか見えない?で、でも今だって、ほらチラッとこっちを見たぞ。

「で、でも見てるんですってば」

「確かにな、お前の後ろ側に座ってる女の子は俺を見てるよ」

葉月さんは片肘を突いて顎を載せると俺の後ろに向かってニッコリ微笑んだ。

すぐさま俺の背中でざわめきが起こる。

「ほら、俺の言った通りじゃないすか」

からかわれたんだと思った俺はぷっうっとほっぺたを膨らませた。

「違うね。俺の後ろにいる子は研二を見てるんだよ」

「お、俺?俺の顔になんか付いてるんすか?」

慌てて、膨らました頬を元に戻すと、手の甲で口元を拭ってみた。

が、べつにトマトソースも、チーズも付いてはいない。

「バカだな、誰がそんなこと言ってる。俺や鈴ちゃんに視線が集まるのは何故だ?」

冗談ぽく笑いながら俺に訊く。

「き、綺麗だからでしょう」

本人が訊くか?普通。

「お前も然りだ」

またしても、ふふっと葉月さんは笑った。

「じょ、冗談よしてくださいよ」

「研二の場合、意識してないってのが美徳だよな。たいてい顔のいい奴は自信過剰で傲慢になる。俺も史郎も鈴ちゃんもそうだ。
小さい頃から大人にちやほやされて育つうちに何時しか何となくそんなふうになっちまう。
お前はいつも横に鈴ちゃんっていうけた外れの美少年がくっついてたから、大人の視線が鈴ちゃんの方に集まったんだろう。
小さいときは確かに鈴ちゃんの方が可愛かったろうけど、俺なんかは鈴ちゃんより、研二の顔の方が好みだけどな」

さらりと意味深なことを宣う。

意外な言葉にぽかんとしていたら、伝票を片手に持って葉月さんはスクッと立ち上がった。

「行こうか」

赤くなってしまった俺を促して葉月さんはレジに向かう。

「あ、俺の分」

慌てて腰を上げてレジまで行くと、

「俺のおごり。研二、今日誕生日だろう?なんか欲しいもんあったら帰りに買ってやるよ」

制服の内ポケットから財布を出して葉月さんは会計を済ましてくれた。
「へぇ?誕生日?そっかぁ・・・・忘れてた」

「おいおい、自分の誕生日を忘れる奴がいるか」

呆れたように、葉月さんは俺の頭をまたしてもぽかんと叩いた。