恋人シリーズ

***想い出の恋人***

[3]

その日も、その次の日も、光一朗からの電話は掛かってこなかった。

もう電話なんて掛かってこないさ、なんて、自分自身に呟いたりしてたけど、俺はきっと、待っていたんだとおもう。

認めたくはないけど、切実に、光一朗の方から紳司さんと偶然再会して、懐かしさに、何回か会って話したんだよと、何でもないことのように話してくれるのを・・・・・

俺に見られたなんて気づかないうちに、本当のことを、単なる偶然だったってことを話して欲しかった。

じゃないと・・・・

作為的に会っていると勘ぐるしかないからだ。


忙しいと言って、俺を避けることも。

伸司さんと会っていることを隠すことも。

東京に帰ってきていたことすら、俺に話さないことも。

すべては、みんな、作為的に光一朗が仕組んだことだと、思うしかなくなっちまう・・・・・・

だから、だから、俺は、本当に切実に心から光一朗からの電話を待っていたんだとおもう。ただひたすら、じっとしたまま・・・・

だけど、電話は掛かってこなかった。

あれほど頻繁に掛かって来ていた電話が、俺が掛けてこいって言ったら、無理をしてでも掛けてきてくれていた電話が、掛かって来なかったんだ。

紳司さんが、そばに居るから俺に電話を掛ける必要はないのだと・・・・・最後にはそう結論づけるしかなかったんだ。



結局、五日が過ぎた頃、俺は携帯の電源を切って、机の一番下の引き出しにしまい込み、これで良かったんだと思うことにした。

正直、電話を待っているのは精神的にすごく疲れたし、今更、電話が掛かってきてもきっと全部作り話に聞こえるような気がしたからだ。

その間、毎日、なんだかんだと俺の様子を窺いに来てくれる類さんと、他愛の無い話をしたり。俺の進路のことを話したり、俺は少しずつ、自分のペースを取り戻していけるような気がしていた。

有り難いことに、ちょうど期末試験が迫っていたし、俺は珍しく勉強に熱中して、そんな俺が気に掛かるのか、類さんも家庭教師以外の日にも勉強を見てくれたりしてたんだ。

「いい調子だね〜、正臣くんの数学が20点以上中間より上がったら、臨時ボーナス一万円くれるっておばさんに言われてるんだから頑張ってよ」

「一万円?!ずるいぞ〜そんなの俺聞いてねぇって!!だいたい、なんで、俺が頑張って、類さんが得すんだよ!」

「まぁまぁ、その時は、正臣くんの好きなもの奢ってやるからさ、ほら、この問題といて」

「ほんとだな?んじゃあ焼き肉、奢ってよ!絶対だからんな」

「焼き肉ね、まけしとけって」

「やったぁ!焼き肉ぅ♪」

「分かったら、その前に点数ちゃんと上げろよ。点数あがんなきゃ奢ってやれないんだからね」

シャーペン軸でぽこんと俺の頭を叩いた類さんと顔合わせて、ケラケラと笑った。

俺・・・・・・・・光一朗がいなくても、こうやって笑っていられるんだな。

俺、光一朗がいなくても同じようにメシ食って、学校行って、テレビ観て、笑って・・・・・・・なぁんだ・・・・・なんにも変わってないじゃんか・・・・・

光一朗のマンションの寝室で初めて伸司さんの存在を知ったときの辛さに比べたら、今度のショックはずっと軽いような気がしていた。

心のどこかで、こうなることを知っていたかのように、俺はあの日、類さんの前でほんの少し泣いただけで、携帯の電源を切るときも、引き出しの奥にしまい込むときも涙なんて出なくて、むしろ、なんだかホッとしたような不思議な気分だった。

もうこれで、恐れなくてすむ・・・・

光一朗を失うことに

光一朗が俺の顔をじっと切なそうに見るたびに

鏡に映る俺とよく似たあの人の影に気づくたびに

怯えなくてすむんだと・・・・・・



「正臣?」

コンコンっと、ノックの音と同時に母さんがドア越しに声を掛けてきた。

俺が、解きかけの問題から顔を上げて返事をすると、扉が内側に開いて、母さんが顔を覗かせる。

普段、勉強時間にはなるだけ邪魔はしないようにしてくれる母さんだけにチラリと壁に掛けてある時計を見遣って時間を確認してから、何かあったのかと類さんも俺の横のイスから腰を上げた。

「どうしたんだよ、かあさん?まだ、時間終わってないのに」

「それがね・・・・・真壁さんがいらしたんだけど、どうする正臣?お勉強が終わるまで待っていただく?それとも・・・・」

「お待たせするのは失礼でしょう?僕のことは気にせずに、お通ししてください」

母さんに最後まで言わせずに、ましてや惚けている俺の返事も聞かずに類さんが間髪を入れずに言った。

「そ、それもそうね」

くるりと踵を返した母さんは階段を下りながら『ちらけてますけど、どうぞお入りになってね』と、階下に向かって話しかけた。

「類さん、ちょ、ちょっと!!」

俺は、突然の光一朗の訪問にあたふたして類さんを見上げると、類さんは扉から1メートルほど離れた場所で、しっかりと腕を組んで、ドアの向こうを見つめている。
開いたままになっているドアの向こうからはゆっくりと階段を上がってくる足音が聞こえてきていた。

それからはまるでスローモーションを見ているみたいにゆっくりと俺の網膜に映像が焼き付いて行った。

相変わらず、キッチリと着こなしたスーツ姿の光一朗が、少し背を屈めて俺の部屋のドアをくぐった。一般住宅の俺の家のドアは光一朗のマンションのように丈が高くないからだ。

今日の光一朗はグリーンがかった、グレイのフラノっぽい生地のスーツで、いかにも初冬らしい装いが、相変わらず惚れ惚れするような美貌に映えていた。

コホン

そんな光一朗に目を奪われていた俺は、類さんのわざとらしい咳払いで、一瞬にして我に返った。

なに、見とれてんだよ・・・・俺のバカっ!!

「初めまして、真壁さん」

俺が勉強机のイスに根が生えたように黙ったまま座っていたせいか、類さんが組んでいた腕をほどきながら、ゆっくりと、光一朗の方に歩み寄って右手を差し出すと、光一朗は怪訝な眼差しを俺の方に向けながらも、類さんの差し出した手を取った。

「直接、逢うのは初めてだね、類くん」

いつもは艶のある光一朗のバリトンが、やけに刺々しく俺の耳に届いた。

俺の気持ちが、その声でザラリとざわついた。

こんな光一朗は知らない・・・・・・・・

俺は初めて、光一朗の不機嫌を通り越して、剣呑な声ってのを聴いたんだ。

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