恋人シリーズ

***想い出の恋人***

[5]

類さんにギュッと肩を抱かれたまま見上げた光一朗の整った貌が明らかに強張るのが見えた。

紳司さんと密会してることを、俺に知られているなんて、露ほども思っちゃいなかったんだろう・・・・・

こんな時だって言うのに、普段は絶対にうろたえたり焦ったりしない光一朗の狼狽ぶりが俺にはなんだかおかしかった。

おかしくて・・・・

だけど、そんな光一朗を見るのがやけに悲しいのはなぜだろう・・・・・

ゆっくりと俺たちの方に右手を伸ばし、数歩近づいてきた光一朗は、何かを言おうと口を開いてはまた閉じて、こくりと喉を鳴らし白い首筋が小さく波打つ。

「俺、見たんだよ、あんたが紳司さんと会ってるとこをさ。
ほんとに、偶然なんだけど、みちまった・・・・・
光一朗って、俺といるときとは全然違うんだな?
ううん。岩城さんや、姉さんたちといる時とも全然違うから、あれは紳司さんの前でだけ見せる光一朗の顔なんだよな、きっと・・・・・
光一朗、俺なんかには絶対見せないようないい顔して笑ってた。
俺、あんな幸せそうな顔して笑う光一朗なんか見たこと無かったよ。
俺といるときはいつも、なんか、こう、優しさの仮面被って、俺のこと餓鬼だから仕方ないよなって感じで、上から見下すような目で見て微笑むだけだけど、あの人といるときはほんとに、とろけそうなほど幸せそうな顔して笑ってたよな」

あの日の映像を思い出した俺は無意識のうちに、横に立って俺を守ってくれている類さんの腰のあたりにあるシャツを左手でギュウと握りしめていた。

「俺、あの時悟ったんだ。
あの人さえいれば、光一朗に俺なんか全然必要ないんだなぁって・・・・・・ほんの少しは俺のことも必要だって思ってくれるようになってるのかなって、最近俺、自惚れてたんだけど、そんなの、全然、間違いだったって思い知らされたんだ」

「紳司とは、なんでもないんだよ、正臣・・・・・・
偶然、北海道のプロジェクトで一緒になって、確かにこっちでも何回かセッションしたれど、それだけなんだ」

「じゃぁなんで、正臣にそのことを隠してたんです?あわよくば、再会したことを知らせないつもりで、その紳司って人とよりを戻せなかったときの為の手駒にするつもりだったんだじゃないんですか?」

類さんの蔑むような口調に、光一朗の頬にサッと赤みがさして、琥珀色の瞳がキラリと光ったような気がした。

「君とする話はないといってるだろう、類くん」

「どうしてです?僕が図星を指したからですか?」

「もういいよ・・・類さん」

類さんが俺のことを思って、光一朗に喰ってかかってくれてるのは十分分かってるけど、それでもこれ以上、このことで言い争いたくなかった。
これ以上紳司さんの影に辱められたくない・・・・・・

「光一朗が、紳司さんと今どんな関係だとか、そんなこと俺、正直どうでもいいんだ。
今まで俺ずっと、紳司さんの影に怯えてた。
それでも光一朗が俺自身が好きだって言ってくれた言葉を信じようと努力してきたし、最近はそう信じてもいいんじゃないかと思えるくらいになってきてたんだ。
だけど、二人の姿を見たときに、俺、ああ・・・やっぱり俺じゃ駄目なんだって、光一朗が本当に欲しいのは俺じゃないんだって痛感したんだ」

「そんなことはない。本当に紳司のことはもう・・・・
黙っていたのは間違いだったかもしれない。だけど、正臣に話すことではないと思っていたんだ。それでなくても仕事の関係で連絡が取れないことが多かったし、正臣によけいな心配をさせたくなかったんだよ。
確かにこれからも紳司とは何度か会うことにはなるとおもう。
それに、いくら、正臣とのことがあっても紳司は今でも僕の大事な友人には変わらない、彼を嫌いになんかなれないんだよ。
そのことで、正臣にイヤな思いをさせてしまうかもしれないが、二人だけであうのは、あくまでも仕事がらみだけなんだ・・・・信じてくれないのかい?」

「ああ、そうだな。
もしかしたら、光一朗の言ってること、本当なのかもしんないよな、本当に仕事が忙しかっただけかもしんないし、本当に紳司さんとは仕事の関係で会っただけなのかもしんない」

「だったら、正臣・・・・・」

光一朗は俺の言葉に強張っていた肩の力を抜いて、ほっと一息ついた。

「でも、もう光一朗が何をいっても俺自身が駄目なんだ。
光一朗はきっと何年経っても俺のこと紳司さんを見るよな目では見てくんないんだと思う。こればっかりは光一朗がどう言ったって、俺がどうしたって、どうしようもないもんな?
このまま、もし、つき合っていったとしても、俺たち絶対に対等な恋人になんかなれないよ・・・・・・
俺、光一朗がいくら俺に優しい言葉を掛けてくれたって、きっと信じるなんてことこれから先も出来ないから・・・・・・・
だからさ、ほんとに、もしまだ、なんにもない、仕事のつき合いだけだっていうんなら、俺んとこなんかで油売ってないで、紳司さんとより戻せよ。
もともと、お互い勘違いしてただけで両想いだったんだろ?それがきっと一番良い選択なんだよ。
紳司さんだって、光一朗と一緒いるとき、すっげぇ、幸せそうで楽しそうに話してたじゃんか。
な、折角、やったと再会できたんじゃないか。
マジ・・・・・俺に気兼ねなんかしなくていいからさ・・・・・
借りモンの俺のことなんか、ほっとけばいいんだよ」

無理矢理に浮かべた自嘲の笑顔が強張って、視界がぼんやり霞んで光一朗が茶色い幽霊見たいに見えた。

ああ、ほんとに幽霊ならいいのに・・・・・

俺の想いも一緒に、このまま、ふわっと煙みたいに消えちまえ・・・・・・

「本気で言ってるのか?それが正臣の気持ちなんだな?」

低い、いつもより、なんトーンも低い、光一朗の問いかけに、俺はコクッと頷くと溢れそうになる涙を見られたくなくて、類さんのお腹のあたりに頭を埋めた。

「もういいでしょう・・・・・真壁さん・・・・
これ以上正臣を苦しめるのはやめてください」

「君を選ぶって、正臣が決めたのなら、僕に何も言う権利はないからね」

「あなたがそう思いたいなら、そう取ってくれて結構ですよ。僕はあなたみたいに正臣を泣かせたりしない」

「・・・・・お邪魔したね」

部屋のドアの開く音に続いて階段を下りる足音、玄関のドア、聞き慣れたエンジン音で走り去る車の音・・・・・・
それらすべて一連の儀式が終わった後、類さんはそっと俺の頭を類さんの身体から放した。

「本当に、これでよかったの?」

類さんの明るい色の瞳が心配そうに俺をじっと見つめて、訊いた。

「うん。類さん、巻き込んじゃってごめんな。
だけど、これでサバサバしたよ。
所詮俺には最初ッから過ぎた恋人だったんだしさ」

「バカだな正臣くんは・・・・・無理するなって、真っ赤な目してるくせに」

取って付けたように元気な声を出した俺の頭を、類さんは笑いながら、もう一度ギュッと抱きしめてくれた。

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