恋人シリーズ

***想い出の恋人***

[6]

それでも地球は回っているし、眠くもなれば、腹も減る。

俺と光一朗がどうなろうと毎日同じように、一日が過ぎ、俺の廻りでも時間は流れていく。
あの日から、半月が過ぎて、中間試験も終わり、学校は文化祭の準備を始め、気の早い奴らは、まだ2月も先の話なのに、鬼に笑われようがなんだろうがお構いなしに、クリスマスや来年の正月の話をしていた。

俺はと言うと、時折下校時に、校門の外に順序よく並んでいる、黄色く色づいた銀杏並木の影に、光一朗の肌の色にも似たオフ・ホワイトのシーマが止まっているんじゃないかと無意識に目を凝らしては、そんな自分に嫌気がさしていた。

あれだけハッキリと拒絶した俺に、もともと本気で惚れてくれていたわけでも無い光一朗からはもう二度と一切の連絡は来ないだろうし、会いに来ることなんか無いんだとわかっているのに、揺れる木の葉の隙間にじっと目を凝らしている、そんな己の浅ましさがイヤでイヤで仕方なかったんだ。

もう、苦しい恋に悩むこともなくて清々してるよと、類さんの前で嘯いてみても、痛ましそうな眼差しで俺を見つめる類さんの瞳のなかに、今にも泣きそうな顔をしをしたちっぽけな俺がいる。

そんな俺に、時間がいつか癒してくれるさと不必要な慰めなんかは語ることもなく類さんは相変わらず時間の許す限り俺の側にいてくれた。

類さんと過ごす時間は優しくて、俺はそんな類さんのことがやっぱりとっても好きだった。
綺麗な類さんの顔も、俺のことを笑わしてくれたり時には本気で怒ってくれるそんな類さんのことが、俺はとっても好きだったんだ。

だからかな、光一朗といるときに常に感じる、切なくて甘酸っぱくて苦しい、ぎゅうぎゅうと締め付けられるような恋心より、一緒にいて楽しくてホッ出来る類さんとの関係に俺は活路を見いだしたかったのかもしれない。

激しく燃え上がるだけが恋心じゃないはずだって・・・・
こんな穏やかな恋愛だって、きっとあって良いはずだって・・・・・

「類さん、俺のこと好き?だから、一緒にいてくれるんだろ?」

ある日、俺の部屋で雑誌をだまったまま静かに眺めている類さんに思い切ってそう尋ねたんだ。

「どうしたの急に?もちろん正臣くんのことは好きだよ。
ただし、今のところ、君の恋人になりたいとは思わないけどね」

類さんは、ページを捲る手を止めて、読んでいた雑誌をパタンと閉じながら、俺の方を向くとにこやかに微笑んだ。

「どうして?俺・・・類さんとなら・・・その・・・・」

恋人にはなりたくないと言われたことが、寂しかったんだろうか、つい、そんな言葉が俺の口をついて出そうになって慌てて、赤くなりかけた顔を類さんから逸らした。

「僕とキスしたり、SEXしたいって思う?」

こんな時、類さんは優しげな顔に似合わず、ハッキリとものを言う。

「え・・・あ・・・そ、その・・・」

「恋人って、そういうもんだろ?好きだってお互いの気持ちを確かめ合ったら次には相手のすべてが知りたくなる。僕だってそうしたいとおもうしね」

「る、類さんがしたいんなら・・いいよ・・俺」

俺が、真っ赤な顔をガバッと上げて、そう答えたら、類さんは困ったように首を傾げて、俺の目の前10pほどの至近距離にすぃっと顔を寄せてきた。

俺は驚いて引っ込めそうになる身体をなんとかその場に釘づける。

「ふふ、僕がしたいならねぇ・・・・んじゃ、させて貰おうかな・・・」

                  チュッ♪

わざと派手な音を立てて、類さんは俺の鼻先にキスを落とすと、また、さっき閉じて床に置いた雑誌に手を伸ばした。

「お互いがしたいと思わないと意味がないとは思わない?」

視線を雑誌に向けながら、類さんのしなやかな指が多色刷りの華やかなページを苛立たしげにパラパラと捲る。

「身代わりの辛さは、正臣くんが一番知ってるんじゃなかったかな?」

類さんのさりげない言葉に、俺は自分の愚かさという名のハンマーで思いっきり殴られたような気がした。

「ご・・・ごめん・・・類さん」

「やだな、正臣くんそんなマジな顔しなくてもいいってば、いつかさ、時間が解決してくれるって、ね?」

俺を元気づけるように、そういえば、焼き肉いつ食べに行く?と話題を変えて話しかけてくれる類さんに、生返事を返しながら、俺は次々に沸き上がってくる新しい不安と類さんに対する激しい罪悪感に駆られていた。

本当に、本当に時間が解決してくれるんだろうか?

光一朗のことを本当に忘れられる日が来るんだろうか?

俺も、光一朗と同じように何年経っても、出会う誰かに光一朗の面影を捜し、光一朗と比べてしまうんじゃないんだろうか・・・・・・

だって、今も目をつぶればすぐそこに光一朗がいて、俺を決して離してはくれない。

眠っても覚めても、俺は光一朗の姿ばかり思い出して、それは日を追うごとに酷くなっていっているような気さえするんだ。

だから、類さんに逃げ込みたかった。
光一朗を忘れさせて欲しくて、もっと、深く類さんのなかに逃げ込みたかったんだ。

バカみたいだけど、今になって、ほんのちょっと、光一朗の気持ちが分かったような気がした。
光一朗も、きっと、俺に紳司さんを重ねて見てしまったことに、ずっと苦しんでいたのかもしれないなって・・・・・・

☆★☆

「ねぇ、正臣。ちょっと出てこれない?」

土曜日の午後、珍しく不詳の姉からの電話で、俺は家から500メールほどしか離れていない喫茶店に呼び出された。

喫茶店から携帯で呼び出したのか、俺が店の扉を開けると、姉さんはすでに紅茶を飲みながら俺が来るのを待っていた。

「なんだよ、こんなとこに呼び出すくらいなら家に来ればいいじゃん」

カントリー調のタイルを填め込んだ重量感のある木のイスを後ろに引きならが、俺もレモンティね、と店のお姉さんに注文する。

「家じゃ話せないこともあるでしょ。紅茶飲んだら、タクシー代上げるからここに行きなさい」

姉さんは膝に置いていた赤いバックの口を忙しげに開けると、地図の書かれた紙と5千円札を取り出して、同じように花柄のタイルが真ん中に填め込まれている、テーブルの上に置いた。

姉さんの顔がいつになく真剣な表情をしている。

そういえば、沙耶ちゃんはどうしたんだろう?生まれてまだ間もない赤ん坊まで置いてきてまで、こんなところに俺を呼び出すなんておかしいよな?

得体の知れない不安感が俺の背筋に這いのぼってくる。

「いったい、俺に、どこにいけっていうんだよ?」

FAXで送られてきたのか、感熱紙に写された不明瞭な地図はよく見ないと字が読みとれず、俺は急いでその紙を手に取った。

「南里大学病院よ。ここからだと電車の便は悪いけど、タクシーなら3000円ほどでいけるはずだから」

「何で、俺が病院なんかにいかないといけないのさ?」

ゾワゾワと沸き上がってくる恐怖と戦いながら、紙から顔を上げて真正面に座っている姉さんを見上げると、じっと俺の目を見つめて、

「岩城もさっき車で走ったわ。
昨夜の事故だったらしいんだけど、車も大破してしまっていて、本人も意識が無かったせいで、所持品から身元を割り出してようやく社に連絡が来たのは今朝だったんですって」

義兄さんが見舞いにいった?
社に・・・連絡って・・・・・・・

車の大破?

意識不明って・・・・・・

誰が・・・・・・・

まさか・・・・まさか・・・・・

事故ったって・・・・・

光一朗が事故?

ウ ソ ダ ロ

頭がぼんやりとして、手足がつま先から冷たくなって行くのがわかる。

「正臣、しっかりしなさい!!」

姉さんの叱責にハッと弾かれたように我に返った俺は、テーブルの上にあった5千円札を掴んで、喫茶店から飛び出した。

大通りに出て、タクシーを拾い、大学病院のロビーにつくまでの間、何をしたのか、何を言ったのか、何分経ったのかさっぱりわからないほど俺の頭の中は真っ白だった。

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