Crystals of snow story
My Princess Prince
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午後のお茶会はごくごく内輪のものだったが、隣国のシャルル王子がお見えとあって、小規模ながらラベンダーバレイの貴族たちが入れ替わり立ち替わり宮廷の三日月の間に出入りしていた。
かなり遅れてハーティが入っていくと、待ちかねていたのかすかさずシャルルが歓談していた輪から離れて近づいてくると、サッと片膝を付いて、ハーティの手を取った。
「姫♪ご無沙汰しております。ああ、相変わらずお美しい・・・」
ゆっくりと手の甲にシャルルのなま暖かい唇が這い、ゾワゾワゾワッとハーティの体中に悪寒が走った。
「よ・・・・ようこそ。シャルル王子。お会いできて光栄ですわ」
思わず涙目になり、震える声で挨拶を返すと、なにやら勘違いしたらしい王子は感極まったような声音で、
「なんて、純情なんだ・・・・可愛い人・・・」
とかなんとか呟いて、口づけをしたばかりのその手に頬をギュッと押しつけたものだからたまらない。
いくら何でも一国の姫君たるもの、隣国の王子を公衆の面前で派手に振りほどいて殴ってやるわけにもいかず、ハーティが視線でブレンダを捜すと、ほんの少し離れた場所で、どこかの貴族の令嬢たちにまとわりつかれた状態で、うっすらと笑いながらこちらの状況を眺めていた。
『そんなとこでニタニタしてないで早く何とかしろよ!』
ハーティが涙目線で訴えると。
仕方ないですねぇと、目元を細めながら、ブレンダはハーティの元へとやってきた。
「シャルル王子、大変失礼なのですが、本日初めて我が国においでになった、隣々国の大公様に姫をお引き合わせするお時間なので」
「そ、そうでしたわ。王子。また後ほど。ほほ・・・ほほほ」
そそくさと捕まれていた手を振りほどいて、ハーティはブレンダに守られるようにバルコニーの方へと出ていった。
隣国のシャルル王子。
姫が毛嫌いしているからと言って、決して、ひきがえるのような容姿をしているわけではない。
金色の髪に青い瞳いかにも王子様然としたそこそこいかした青年で、彼が来ると宮廷の女官などは結構そわそわしたりしているのだ。
しかし、王女の中身はれっきとした男の子で、密かにブレンダの姉のフランソワに憧れている花も盛りの16歳なのだから、同じ男に触られて嬉しいはずなどなく・・・
「もっと早く助けてくれてもいいだろ・・・」
二人きりになった途端にハーティはブレンダに涙目で訴えた。
夕張がしめやかにベールを下ろす時間なのかバルコニーから見渡す王宮の庭園は薄紫の夕闇に染まりながら色とりどりの花が咲き乱れ、酔いそうなほどの芳香を放っている。
「姫にご執心だと知りながら、シャルル王子に挨拶もさせないわけにはいかないでしょう」
「執心って・・・・・・はぁ・・・何とかして欲しいよ、もう・・」
「もうしばらく我慢なさい。姫に求愛する殿方が多ければ多いほど、姫の秘密を守りやすくなるのですよ。ましてシャルル様は姫のお相手としては申し分のない身分のおかたですし、姫とシャルル様のような身分が釣り合う殿方と恋仲だという噂が立てばお后様の嫌疑の目も欺きやすくなるというものです」
「だって・・・・あいつぜったい、キスするんだもん、気持ち悪いっての!」
「たかだか、手の甲ではありませんか」
憤慨しているハーティをからかうようにブレンダが笑う。
「手の甲だってキスはキスだろ!やなの、ああいうの」
「どういうのがです?」
そっと、ブレンダがハーティの右手の指先を握った。
「だから」
「こうですか?」
ゆっくりと持ち上げて、瞳を見つめながら、さっき王子が口づけた同じ場所にブレンダも柔らかい唇を押し当てた。
「ブ・・・・ブレンダ?」
さっき感じた悪寒とはまた別の震えがハーティの身体に走る。
なに・・・・これ?
「イヤですか?こういうのは?」
吸い込まれそうな真っ黒な瞳から目が離せない。
どどど・・・・・・どうしたんだ・・・・ぼくは・・・・・
なんだか、胸がドキドキする・・・
ああ、そうか・・・・・こうやって間近で見るとフランソワに似てるからだ・・・
「あ、あの・・・その」
「わたしでよければいつでも練習台になりますよ。一国の姫君が手の甲のキスにオロオロしていたのでは、格好が付きませんからね」
練習台?
何のことをいってるんだ?ブレンダ・・・・・
「王子だけでなく、国の若者も姫を射止めようと躍起になっています。今までは何とかガードしてきましたが、これからは姫が望まなくてもデートの誘いも多いでしょうからね。旨く立ち回っていただかないと。同じおとこだから、気持ち悪いと思われるのは良く分かりますが。そこの所はぐっと堪えていただいて・・・」
気持ち悪いのをぐっと堪える?
今のがそうなの?
ブレンダはぼくにキスするの気持ち悪いんだ・・・・・・
そ、そうだよね。シャルル王子はぼくのこと女の子だって思ってるけど、ブレンダはしってるんだもん・・・・・・・・
キスなんてするの気持ち悪いよね・・・・・
気持ち悪いんだ・・・・・
お姫様の格好なんかしてるぼくのこと、ブレンダは気持ち悪いと思ってるんだ・・・・・・・
ブレンダの廻りにはいつも一杯綺麗な女の人がいて・・・・・
ぼくなんか出来損ないのお姫様で・・・・・・
だから、王宮に来た途端、いつもぼくによそよそしかったんだ・・・・
『ハーティ』って前はいつも呼んでくれてたのに・・・
「気持ち悪いなら、触るな・・・・」
「ひめ?」
「練習台なんか、いらないやい!ブレンダなんか大嫌いだ!!!!」
自分でも訳の分からない憤りと哀しさを覚えたハーティはベランダから中庭へと降りる階段を駆け下りていった。
ピンク色の薔薇の花壇まで走ってきたハーティは波打つ胸を納めるために、薔薇の芳香をおもいっきり嗅いだ。
この花は母ルビーがもっとも愛した花で、ハーティが生まれ育った湖畔の小さな宮殿に一年中咲き乱れていた花だからだ。
お母様・・・・・・・
父とはいえ、王は自分にとって殿上人でしかなく、唯一の血縁は母しかいなかった。町に出れば祖父母もいるにはいたが、その祖父母から見ればハーティは雲の上の人なのだ。
王宮なんか嫌いだ・・・・
ここにはぼくのことを愛してくれる人はだぁれもいない。
お母様は死んでしまったし、ブレンダは、ここにきた途端、すごく冷たくなっちゃった・・・・
今まではぼくのことふたりっきりの時は「ハーティ」って呼んでくれて、剣だって乗馬だって一緒にしてくれていたのに・・・・・・・
今はぼくのこと気持ち悪いんだって。
ぼく・・・・・・湖の宮殿に帰りたいな・・・・・
ハーティは物思いに耽りながら、薔薇を手折るために指先を伸ばした。
「危ない!」
「イタ・・・」
棘で傷ついた指を咄嗟に嘗め取ったハーティの手を音楽家のような美しい指がその手を引き寄せた。
「薔薇の掻き傷を侮ってはいけませんよ」
初めて見る男がポケットから出した、ハンカチーフでハーティの傷ついた指を包んでくれた。
なんて綺麗な人なんだろう・・・・・
突然現れた青年はまるで月の雫を紡いだような銀の髪に透き通るようなアイスブルーの瞳のすらりとした華奢な美青年で、瞳と同じ色の絹のローブを上品に着こなしていた。
ハーティは目の前に現れた美しい青年に指先の痛みも忘れて見とれていた。
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