5万HIT記念連載小説

******アウトドアの勧め ******

 

(第 4 話)

 

俺はテントに戻って、相澤が入れ直してくれた熱々のコーヒーを無言で飲んだ。

その間に相澤はシャワーを浴びに行き、俺は奴が戻ってくる前にテントの中のシュラフに潜り込んだ。

当然の事ながら相澤のシュラフはその前にテントの外にほうり出して置いた。

俺は相澤が恐かった。それ以上に相澤が求めてくれば、拒めそうにない俺自身が恐かった。

そして、それを認めてしまうことがなおさら恐かったんだ。

これじゃまるで同性愛者じゃないか・・・ 

俺はあんな事が有るまでは、一度も自分のことをそんな風に思ったことなど無かったのに。

特別誰かのファンって訳じゃないけど、俺は色っぽい美人、まあたとえばだけど、藤原紀香みたいなタイプが好きだったし、俺は俺より顔や出来のいい男は嫌いなんだ。

この間の事にしたって俺は今日の今日まで、レイプ事件の被害者だと思ってたんだから。  

そのくせ俺は、ある意味俺より顔も(タイプが全然違うから比べられやしないけど)出来もいい相澤が、ちっとも嫌いになれない。 

それどころか俺は時々、相澤のキリッと引き締まった顔や均整の取れた姿にうっとり見とれてしまう・・・・・・・・

ああ、もう!!!ああ、嫌だ・・・・・・・俺、一体何考えてるんだ?

早く眠っちまおう。明日になれば、街にさえ帰れば、またいつもの俺に戻れるんだから。

この半年何もなかったふりをして来れたんだ。これから先だって何も変わりやしない。二人きりになりさえしなければ、きっと、元通りの俺に戻れる。相澤のことなんか考えなくなるさ・・・・・・・

俺は相澤のことなんか何とも思ってやしないんだから・・・

テントの外で相澤の戻ってきたような物音がしたので、俺は急いでシュラフに潜り込んでしっかりと瞼を閉じた。



身体が痛い・・・身動きがとれない・・・夢の中で、俺は堅い大きな一枚岩の上にロープでぐるぐると張り付けられていた。

小鳥が囀り、深緑に燃える深い森の中。

そのすぐ横には綺麗な川が流れていて、ぴしゃぴしゃと岩に水が当たって跳ねる音がする。

澄みきった川の対岸には背中を俺に向けた相澤が立っていた。

『相澤ぁ〜!俺を助けてよ』

自由の利かない身体を僅かに捻って、俺がいくら叫んでも、水音にかき消された声は相澤に届かなかった。

気付いてくれないことが悲しくて、俺は何度も何度も夢の中で相澤の名前を呼んだ。

 

光量を調節できる懐中電灯で、ぼんやりと照らされたテントの中で、うっすらと目を見開いた俺は夢だったんだとホッと息を付き、相澤と山にキャンプをしに来てたんだっけと思い出した。

胸の痛みは現実の物のように今も残り、目尻には涙の軌跡が後になっていた。

完全に夢から覚めても、ピシャピシャと跳ねかえる水音だけが何故か耳から消えない。

あれ・・・・・雨・・・・?

慣れない堅いマットの上で寝たせいで、身体の節々がやけに痛い。

寝ぼけた目を擦って横を見た俺は、相澤がテントの外にいるのをようやく思い出した。

そういやぁ俺が追い出したんだ!

「う、うわぁ!!!!相澤ぁ!」

飛び起きた俺は、テントのファスナーを勢いよく開けて顔を外に突きだした。

外は激しい雨。

ランタンも消えて真っ暗になったテントの側に、相澤はシュラフにくるまって丸くなって雨に打たれている。

「なにしてんだよ!早く入れよ!!」

タープを持ってきていない俺達はテントのほかに雨をしのぐ場所なんか何処にも有りはしない。

それなのに、相澤は声を掛けた俺に向かって、ゆっくりと首を横に振る。

ずっと外にいるって俺に約束したせいか?こんな雨だって言うのに?

もどかしくなった俺はテントから出て、相澤の側に駆け寄った。

「俺はいいから早くテントに戻れ。ずぶぬれになっちまうぞ」

相澤が俺に叫んだ。

「なにいってんだよ!お前こそ早く入れ!」

人のことより、相澤はもうずぶ濡れじゃないか!

激しい雨は容赦なく俺や地面を叩き付け、あっという間に俺の服を濡らし、気持ち悪いほど濡れた服が俺にまとわりついた。

それなのに、相澤は俺にだけ戻れと繰り返す。

「相澤が入んないんなら俺もここにいる!」

俺はきっぱりと宣言した。

人一倍意地っ張りの俺が、こうやって宣言した言葉は並大抵では翻すことは出来ない。

そんなことは長い付き合いの相澤もよく知っていた。

それでも相澤は頑としてテントの中に入ろうとはしない。

「なに意地はってんだよ!」

見栄っ張りと意地っ張りは俺の専売特許なんだぞ!

「べつに意地を張ってるってわけじゃない・・・テントの中に入ったら、俺お前をまた抱きたくなる」

「なっ・・・・・・・・・・・・・」

そんなにストレートに言うなよな!

身体の芯が相澤の発した言葉でズクンと疼いた。

とっさに俺はテントに向き直る。

どうしよう・・・・・

逃げ戻るに戻れない。だって、このままあいつだけを、雨の中になんてほっとけやしないじゃないか。

「あ、明日。相澤が熱だしたら、誰が荷物担いでくれんだよ。俺は都会っ子なんだからな!
それに、俺の服もう雨に濡れて、メッチャ冷たいんだから。
ど・・・・・・・どうにかして暖めてくんないと俺死んじゃうぜ」

な・・・何いってんだろ、俺・・・・・・・・・・どうにかって・・・何いってんだよ・・・

「よ、よっちゃん?」

俺の背後で相澤が上擦った声を上げた。

なんだか、頭の中がクラクラする・・・・・

相澤の返事を待たずにテントの中に戻った俺は、下着までずぶ濡れになった服を脱ぐと急いでシュラフに潜り込んだ。

ドキドキする動悸が止まらない。

シュラフの内側に張られたチェック柄の生地の、ネルのような肌触りが慰めてくれるようにほっこりと素肌に気持ちいい。

しばらくして濡れたシュラフを脱ぎ捨てた相澤がテントの中に恐る恐る入ってきて、乾いたタオルで濡れた髪を拭きはじめた。

防水性のあるシュラフの中にくるまれていた相澤の服は案外濡れて無くて別に脱ぐ必要は無いみたいだったけど、襟の辺りから肩のかけてじっとりと湿っているシャツだけを相澤はおもむろに脱ぎ捨てた。

俺だけが濡れた服を全部脱いで裸になってしまった事が正直言って滅茶苦茶恥ずかしい。

俺・・・・・バカみたい。

真っ赤になってシュラフの中で縮こまっている俺を、相澤は逞しい腕でシュラフごと後ろから不意に抱きしめた。

「クスッ。よっちゃん、蓑虫みたいだな」

おいおい、幾ら何でも、美少年気取りのこの俺様にそのたとえは無いんじゃないの?

「全部脱いじゃったの?」

濡れたままだった俺の髪からゆっくりとタオルで滴を拭いながら、露わになった肩に唇を這わせた相澤が意味ありげに訊く。

「あ、相澤のせいで、ずぶ濡れになっちまったんだから仕方ないじゃん」

必死になって虚勢を張る俺に、意地っ張りといわんばかりに、相澤は尖った肩先に軽く歯を当てた。

「あっ・・」

不覚にも小さく声を上げると、相澤は俺の顎を捉えて、深く口づける。

「よっちゃん・・かわいい・・」

相澤は何度も何度も俺の耳元に掠れた声で囁きながらシュラフのジッパーを下げ、薄闇に白い肌を晒した俺を翻弄する。

「や・・やだ・・・電気消して・・」

隠す物を探そうと、俺の手は破がされた暖かなシュラフを探して空を掻いた。

「消したら、よっちゃんの綺麗な身体が見れないよ。凄く綺麗なのに・・」

相澤は俺の胸元に唇を這わせながら呟く。

俺から言わせればシャツを脱ぎ捨て上半身が露わになった相澤の方が俺なんかより何倍も綺麗だった。

ボディービルのように見せるために作り上げた肉体じゃなくて、サバンナの野生動物みたいに引き締まった綺麗な身体。

俺を抱きしめるたびに相澤の腕や胸の筋肉が褐色の皮膚の下で生き物のように躍動する。

「よっちゃん・・・今ならまだ引き返せる。この前みたいに途中で泣きだすくらいなら、俺に今すぐ出て行けと言ってくれ」

しっかりと俺を押さえ込んだ状態の相澤は煙る瞳で俺を見詰めながら、またしても決断を俺に迫る。

狡いよ、相澤・・・・・・・・俺に今更逃げ道を用意するなんて・・・・・

「灯り・・・・・・・消してくれなきゃ、嫌だ」

相澤の滑らかな肩に顔を埋めて、俺は承諾の言葉を呟いた。