5万HIT記念連載小説

******アウトドアの勧め ******

 

(第 5 話)

 

漆黒の闇の中で、繰り返された優しい愛撫の後、相澤が身体を重ねようとしたとき、俺の身体は痛みの再現に怯んだ。

俺達の醸し出す熱気が狭いテントの中の温度を数度上げているような気さえするけど、風に揺れるテントの外では、密やかな雨の気配がまだ消えてはいない。

「よっちゃん・・・怖がらないで」

「・・や・・こわぃ・・・・」

このまま身を委ねてしまいたいと思う気持ちを、この前味わった痛みの記憶が上回る。

無意識に引く腰を、片手で押さえた相澤は、この前のように乱暴に押し入ってこようとはせずに、

「力抜いて、今日は大丈夫だから。痛くしないから」

俺の意識を逸らすために、もう一方の手を俺の敏感になって張りつめた分身へと伸ばす。

「あ、やぁ・・」

思いがけない快感に腰の力が抜けると、相澤がグッと押し入ってくるのが解った。

「ンッ・・・・ッ」

一瞬焼け付くような痛みに顔を顰めると、相澤の手が再び俺を弄び意識を分散させる。

「いいこだ・・・・・・」

俺の中深くに、相澤はゆっくり身体を埋めると、しばらく動こうとはせずに、俺の髪や頬を優しく撫でた。

痛みがないと言えば嘘になる。だけど、俺の体中が、相澤で満たされていっぱいになったような、そんな不思議な感覚だった。

「俺がわかる?」

とろけるような優しい声が鈍い痛みを違う感覚にすり替えていく。

相澤・・・が、わ・かる・・・・・

相澤の問いかけた意味がわかると、体中の血が沸き立つような恥ずかしさにイヤイヤと首を振り、目の前にある逞しいからだにギュッと抱きついた。

激しい行為なら、理性も飛ばしてしまえるけど、こんな形で、真顔でそんなこと、答えられるわけないじゃんか・・・・・・・・

相澤が動いてもいないのに、さっきからじんじんとした甘い痺れが身体中を這う。

どうしていいかわからなくて、でも、どうにかして欲しくて、俺の目尻から涙がぽろりとこぼれ落ちた。

「相澤ぁ〜俺・・・もぅ・・」

焦れるような俺の言葉を待っていたように相澤の身体がゆっくりとした旋律を奏で始めた。

「あ・・・ぁ・・ん」

甘ったるい声を出して、相澤の首にしがみついている俺が信じられない。

「よっちゃん・・ダメだよ。そんな色っぽい声出しちゃ」

リズミカルに腰を動かしながら、暗闇の中でも表情が解るほど顔を近づけた相澤が、フッと目元を細めて笑った。

「や、やだぁ〜」

相澤のからかうような一言にきゅうんと感じた俺は、身体を仰け反らせ耳まで真っ赤になった。

これって、どう割り引いても合意の上の性交渉だよな・・・お、俺何してんだ?

「よっちゃん・・・・・かわいいよ・・・凄くいい」

呟きと供に相澤の動きが激しくなっていき、時折相澤も軽いうめきをもらす。

その声に触発された俺は情けないほど甘い喘ぎ声を何度も何度もあげてしまった。

そのうち激しい渦に巻き込まれるように、俺はなんにも考えられなくなった。

 

 

山の朝は早い・・・

「相澤ぁ・・・・・」

俺は横にいるはずの愛人を、ゆったりとした気分で瞼を深く閉じたまま、掠れた声で呼ぶ。

昨夜の雨が残していった湿り気の残る冷え冷えとした早朝の冷気の中では、シュラフに包まれてはいても、何も着ていない肌がヒンヤリと冷たい。

俺は温もりが欲しくて、側にあるはずの暖かい身体に押しつけようと、相澤の広い胸を探した。

それなのに、相澤がいるであろう場所に幾ら手を伸ばしても、眠い目を開けて探しても、キラキラと輝く朝日を浴びて、モスグリーンに染まる狭いテントの中に、相澤の姿はなかった。

俺は不可解な思いを胸に抱いたままむっくりと起きあがって、薄明るいテントの中を見回し、隅の方に転がっている予備の服を入れて置いたボストンを見つけて、のろのろと立ち上がる。

昨日散々山道を歩かされたせいか・・・

いや、きっともう片方が本当の理由だろうが・・・恥ずかしいほど下半身に力が入らない・・・

ふらつきながら何とか服を身につけおえた俺は、なんだか無性に腹が立ってきた。

この前もそうだった。

俺を無理矢理(相澤はきっとそうは思ってないだろうが)犯したときも、あいつは俺が目覚める前に居なくなってたんだ。

それどころかあいつと来たら、次の日もその次の日も、電話一つ寄越さなかった。

次ぎに相澤と俺が会ったのは一週間も経った頃で、相澤は俺にじゃなく、兄貴に会いに来たんだから。

普通、愛を交わした翌朝は、優しいキスで目覚めるもんじゃないのか?

・・・あ・・れ?

俺ってもしかしてあの日以来その事に腹立てて、相澤を避けてたのかな?

 

「よっちゃん!起きたんなら。ご飯食べようか?」

ごそごそ動き出した俺に気づいた相澤がテントの外から明るく声を掛けてきた。

ご飯と聞いて、腹の虫が一斉に騒ぎ出す。

それでも、俺の気持ちなんかお構いなしに、脳天気にメシの用意をしてる相澤が気に入らなくて、

「飯なんかいらない!」

またまた、つまらぬ意地を張る。

優しい言葉の一つくらい、飯の前に掛けろよな。俺より飯の方が大事なのかよ!

俺は一体相澤になんて言って欲しいんだろう。『可愛い』と何度も囁いてくれたけど、結局、昨夜も一度だって『好きだ』とは言ってはくれなかった。

テントから出てきた俺に、相澤は、眼差しだけで辛いのかと尋ねてくる。

俺はまだおぼつかない足のせいで、変な歩き方になってるんじゃないかと気にしながら、ツンと顎を尖らせて、黙ったまま顔を洗いに水場に向かった。

引き留めて、くれるんじゃないかと、おはようのキスくらいしてくれるんじゃないかと思ったのに・・・・・

あいつと来たら!悠長にコーヒーなんか湧かしてさ!

もう、ぜってぇ、許してやんねぇ!!!!

結局、場数をこなしてきてる、相澤に取っちゃ、俺と寝たことなんか大したことじゃないのかも・・・・・・・・・・

今度だって、山を下りたら、また、何もなかったような顔に戻るのかもしんねぇじゃんか。

俺って、バカみたい・・・・・

目覚めのキスして欲しいなんて。

恋人にするみたいな、期待してさ・・・・

昨夜、相澤でいっぱいに満たされた心がぷしゅーっと針で刺されたように萎んでいく。

 

昨夜の雨が嘘みたいにスコンと晴れた青空の下、蛇口が二つあるだけの貧相な水場で歯を磨いていると、かなり離れたテントから二人づれの大学生らしい男達がやってきた。

「おはよう」

明るい感じの背の高い男が、明らかに俺に向かって元気よく声を掛けてきた。

都会育ちの俺は、見知らぬ人に突然挨拶されて戸惑ったものの、キャンプ場ではたいていの場合みんな会えば挨拶するんだぞと兄貴が言っていたのを思い出して、歯ブラシを銜えたまま、ペコリと頭を下げた。

「高校生?」

顔を洗い終わった俺に、尚も彼らは話しかけてくる。

「ええ」

「誰と来てるの?」

最初に話しかけてきた彼より少し背が低いが、同じぐらいがっちりとしたもう一人が訊いた。

「あ・・・えっと・・友達」

相澤は俺の何になるんだろう?

「あそこにいる、彼?」

背が高く、ジーンズに黒いランニングを着た男が、相澤の方を見て訊いた。

緑色のテントの脇、遠くて、相澤がこっちを見ているのかどうかわかはらない。

それでも、腹を立ててた俺は、しばらく彼らとおしゃべりすることに決めた。

「うん。あの人」

「へえ?友達ねえ?」

俺と相澤は実際の年齢差より離れて見えるらしく、男は頓狂な声で聞き返した。

「俊彦。やっかむなよ」

可笑しそうにもう一人が笑って続けた。

「いやね、昨日君たちが来た時から、俊彦の奴、すっごい美少年が来たぞって喜んでたもんだから。なあに心配しなくてもいいよ、こいつは美形が好きなだけで、その気はないから。違ったっけ?」

最後の言葉は俊彦と呼ばれた男に振った。

「まあね。でもホント君、綺麗な顔してるよね」

俊彦は俺の顔だけじゃなく、頭の先から爪先までウットリと眺めた。

俺は虚栄心をくすぐられるのが大好きだ。故にこの自慢の顔を褒められるのは至上の喜びなんだ。

それなのに、俺をいつでも子ども扱いする相澤は、俺の顔をみて『可愛い』とは言ってくれても、『綺麗だ』なんて言ってはくれない。

昨夜だって・・・・一言も。相澤のバカ・・・・・

「やだなぁ・・そんなこと有りませんよ」

本当なら、目覚めと供に相澤に言って欲しかった言葉を俺に掛けてくれたこの二人に、思いっきり可愛らしく微笑んで見せた。

「かぁいいよなぁ!なあ一樹。俺、案外その気あるかもしんない」

「うえぇ!そりゃぁ、この子の可愛いのは俺も認めるけど。俊彦、頼むから俺だけは襲うなよ」

呆れたように、一樹は俊彦の肩に手を置いた。

「面白いですね。お兄さん達は大学生なんですか?」

ちやほやされるのが何よりのご馳走になる俺は、ピノキオのようにぐ〜んと鼻を伸ばして、にこやかに尋ねた。

「俺達?二人ともW大生だよ」

「W大?じゃあ近くですね、僕はS区に住んでるから」

「ホント?じゃあ街に帰って気が向いたら、俺に電話してきてよ」

さっきから、俺の顔にずっと見とれていた俊彦は嬉しそうに、後ろポケットから出した手帳を一枚びりびりと破いて、携帯の番号を走り書きした。

「ここまでどうやってきたの?」

一樹はそんな友人を呆れ顔で横目に見遣って、俺に訊いた。

「バス通りから獣道みたいな山道を登ってきたんですけど、ほかに何かルートがあるんですか?」

「バス通りから登ってきた?可哀想に随分ときつかったろう?君、華奢だし。ちょうど反対側に細い農道があってね、俺達はそこをモトクロで登ってきたんだ」

「モトクロ?」

俺はキョトンと聞き返す。

「モトクロスバイクのことさ。高校生なら今日中に帰るんだろ?なんならバス停まで載せてってやろうか?」

俊彦が俺にメモを手渡すついでに言った。

「ありがとう。でも、連れもいるから・・・」

すんごく魅力的な申し出だけど、俺は二人に小さく手を振って、相澤の元に戻った。

すっかり彼らと話し込んでしまった俺が戻る頃には、テントは跡形もなく綺麗に片づけられていて、帰り支度は既に整っていた。  

俺の分の朝食だけが片づかずに残り火の燃える火の側に、ちょこんと置かれている。

彼らに、十分虚栄心を満足させて貰った俺は、ほんの少し機嫌を直して、相澤を許してやってもいいかなって気分で戻ってきたのに。

相澤はさっきの明るさとはガラリと変わって、すんごく無表情な顔で、元々引き締まった口角をもう一つ真一文字に結んで黙り込んだまま、食後のコーヒーを口に運んでいた。

「メシ、くったんだ?」

俺の問いに黙ったままこくりと頷く。

ほんの少し意地を張ってただけの俺が機嫌を直して話しかけようにも、これじゃ取り憑く島なんかない。

相澤は冷たい。朝起きてから、相澤は俺に『飯』と言ったきりほかに何も言ってはくれない。

胸の奥がなんだか重痛くなった俺はカップに入れてあった温いコーヒーだけを飲んで、朝食は食べずに片づけた。

飯盒ご飯と、ふりかけだけの簡単な朝食だけど、文明の利器が何一つ無いここで、朝早くから何時間も掛かって相澤が用意してくれたことは十分解っていたけど、相澤の冷たい態度にショックを受けた俺は、何も食べる気が起きなかった。

全ての荷物の片づけがすむと相澤は黙々と荷物を肩に担ぎ、持てる限り俺の分も黙って引き受けた。

食料が減ったとはいえ、そんなに荷物は変わらないのに。

「帰ろうか」

この日、相澤が俺に掛けた二つ目の言葉。

「うん」

俺もほかに何も言うことはない。

広い草原から昨日来た獣道に入る瞬間、俺はさっきまでテントの張ってあった場所を感慨深げに眺めた。

昨夜のあれは、俺の見た夢だったんだろうか・・・・ふとそう思えばそんな気がしないでもなかった。

俺が眠り、その間に見た甘美な夢。

身体の奥深くから歩くたびに疼くような痛みが沸き上がり、昨夜の愛の営みは紛れもない真実だと叫んでいても、そう思えるのならむしろその方が楽なような気がした。

 

 

NEXT:次回最終話は100000です〈笑〉