「おっはよう!勇貴!」
教室に向かう俺の後ろから慎が元気よく声を掛けてきた。
「お、おはよう・・」
昨夜の二人の姿と、ほの白い背中がチラついて、つい、口籠もってしまう。
野郎の背中なんかに何どきまぎしてんだ、俺は?!
「お前。昨日すっごくかわいい子と手に手をとって青鬼から逃げたんだって?」
俯いたまま黙る俺に、慎が面白そうに話し掛ける。
俺は・・お前から逃げ出したんだ慎・・・・
「誰なんだ?」
ニッコリと俺の顔を覗き込む。
同じセリフを返してやりたくても返せない自分が腹立たしいが、慎に変に思われないように気を取り直して答えた。
「可愛い子?ああ、あれは妹の環だよ」
「風邪でも引いたのか?」
「いや、喘息なんだ。それで空気の綺麗なここにきたんだ」
「そうか、おまえんちも大変だな」
慎は笑顔を引っ込め、心配そうに柳眉を顰めた。
教室に入って俺の机に腰を掛ける慎のいつもと変わらぬ元気そうな様子に、昨日のことがどうしても気になって訊いてみる。
「慎、お前こそどうして・・」
せっかく思いきって切り出したのに、俺が言い終わらぬ内に三人の村の奴らがバタバタと俺たちの方に走って来た。
「慎さん!今日から蓮さん登校出来るんですか?」
同じクラスの犬山が興奮して訊いた。
「うん。昨夜(ゆうべ)、主治医から許可が出たんだとさ」
いかにも嬉しそうに、慎は俺の机の上細い足を組んだまま、返事をしている。
「ほらな、黒沢さんの車だったろう?」
「いや〜よかった」
「やっぱり、蓮さんがいないとなぁ」
三人が慎を囲みこんで口々に言う。
誰の話か解らずに一人ぽかんと蚊帳の外に置かれた気分でいる俺の前に、赤鬼と青鬼(慎は赤羽先輩と青柳先輩をそう呼んでいるのだ)にしっかり守られた、ひとりの少年がやってきた。
「なんだ蓮?お前1のDだぞ」
優しく慎が言っている。
「解っているけど、慎がいつも話してくれる志賀勇貴さんに逢って見たかったんだ」
透き通るような声で話すソイツは俺の方に澄んだ瞳を向けると、ふわりと微笑んだ。
「やっぱり、あなたでしたか」
・・・え?・・・
「何だ?蓮(れん)。勇貴に逢ったことあんのか?」
「うん。去年の夏の終わり頃に一度」
慎が面白くなさそうにチェッと舌打ちをした。
俺はそんな彼らの会話を、狐に摘まれた気分であんぐりと口を開けたまま眺めていた。
「な・・・なんで・・慎が二人もいるんだ?」
自分の声と思えないほど、上擦った声を出した俺は、小声で叫んだ。
慎も、青鬼、赤鬼、クラスの他の奴らも、ちょっと間が空いたあと、ドドッと笑い出した。
「お前!知らなかったのか?」
さも、可笑しそうに赤鬼が言うと、腹を抱えて笑っていた青鬼が、苦しそうな息の下から続ける。
「お、お前。あれだけ慎と一緒にいて、誰も教えてくれなかったのか?【郷守の双子】っていったら、此の辺りで知らん奴はいないぞ」
知らね〜よ!俺は!
「ククック・・お前のそんな所が好きだよ」
俺の肩をポンポン叩きながら慎の奴はまだ笑っている。
「よしなさい。志賀さんが困ってるじゃないか。ニュータウンに越して来られて間がないんだから、僕たちの事など知らなくて当然なんだ」
こんなのを鶴の一声というんだろうな、潮が引くように馬鹿笑いが消えた。
並んだ二人をあらためてじっくり見てみると姿形はさすがにそっくりだが、慎の方が一回り大きいことに気がついたし、全体の雰囲気もかなり違う。
美しいながらも野生的な力強さを感じさせる慎とは違い、澄み切った泉を思い起こさせる彼の清浄な姿は、環が言うようにまるで異世界の住人のようだ。
「勇貴!なに見とれてんだよ」
慎は間抜けた顔をして、じっと彼を見ていた俺を肘でこづいた。
「びっくり・・したんだ・・」
「俺、話さなかったっけ?」
「うん」
「僕は毎日聴かされましたよ。ここの所、慎はあなたの話しかしない」
慎の方をみて、柔らかく笑い掛ける。
「そ、そんなこと無いだろ!」
あわてて否定する慎を尻目に、真っ直ぐ俺の目を捉えてアイツは思いもしないことを言った。
「慎の話を聞いて、あなたに会えるのを楽しみにしてたんですよ。あの時はお話もせず、行ってしまわれたから」
「どうして・・俺だって解るんだ?」
「蓮は千里眼だからな」
青柳先輩があっけらかんと言ってのける。
なにばかいってんだ!千里眼だって?
みんなに寄ってたかって担がれてるんじゃないかと疑い深くなる俺の想いを遮るように予鈴が鳴って、みなそれぞれの場所に帰って行った。
「おやおや、志賀一人?」
学食でラーメンを喰ってる俺の前に、同じクラスの池山紘一(こういち)と清水真琴が座った。
この二人とは前にいた街が近かったせいもあって、けっこう仲良くしている。
「ああ、慎なら例の弟の所に行っている」
ろくに顔も上げずに返事だけをして食べ続ける俺に真琴が不思議そうに訊く。
「志賀くん、ほんとに双子だって知らなかったの?」
慎のせいであまり目立たないが渋谷で何度も大手の芸能プロダクションからスカウトされたというアイドルぽい顔立ちの真琴が可愛いく小首を傾げている。
「全然!」
憮然と答えてラーメン鉢を乱暴に置いた。
「俺たち中学で一緒だったんだぜ」
飄々とした風貌ながら、頭の切れる紘一は意味深な顔で俺を見て、身体をテーブルに乗り出すと回りに聞こえないように小さな声で囁いた。
「青柳さんの云ってた【千里眼】ってやつ、あれ本物らしいぜ」
「冗談だろう?」
朝からずっと担がれてるみたいで、信じられない面もちの俺に、いつもは人のうわさ話なんかしない真琴がゆっくりと話しだした。
「なんでもあの双子の家の社は龍神を祭ってるんだって。それで何代かに一度、その龍神に愛でられた美しい双子が生まれるらしい。
その双子を守るためにいるのが三鬼の鬼で、 郷守の双子が生まれた前後に生まれた赤羽、青柳、黒沢家の長男が赤鬼、青鬼、黒鬼って呼ばれて、二人に忠誠を誓うらしい。
双子は幼い頃から予知みたいなものが出来るんだけど十代に成るとふたりの成長に違いが出てきて、ひとりは強者に育ち能力を失い、ひとりは美しい神子になるんだって。
ぼくたちも始めはただの言い伝えだと思っていたんだけど、ちょっと前までは鏡に映したようにそっくりだったふたりが目に見えてちがってきてるし、この間、京都の資産家を狙った誘拐事件で子供が無事見つかったじゃない。あれ、ここの村からお嫁さんに行った人の子供だったらしくて。
蓮君、四月入ってすぐにその事で京都に行っててこのひとつき休んでたって」
「まるで・・・お伽話かS・Fじゃないか。ばかばかしい!」
「そうとばかりは言えないぜ。
実は俺たちが越して来てすぐに大きな事故があったんだ。
新しく宅地を広げようとした業者が工事をしているときに郷守の村から土砂災害が起こるからやめろって連絡が入ったらしいんだが。その業者はよくある地元民のただの嫌がらせだと思ってそのまま工事を進めたら、二週間後に事故が起きて何人か死人が出たことがあるんだ。
その後はお前の住んでるニュータウンの責任者も含めてこの一帯の開拓業者はみんな郷守の村までお告げを聞きに行くらしい。
それに、慎のほうはともかく蓮のあの美しさはどう見ても普通じゃない。村の奴らが躍起になってガードしてるのもむりはないんだ。
本人は気づいてないらしいが、理性をなくすほどのぼせあがってる奴もすくなくないんだからな」
ニヤリと紘一は口の端を上げた。
紘一たちと別れて食堂を出た俺はひとりになって考えたくて、バラ園の方へぶらぶらと歩いていった。
この学校は都会とは比べものに成らないくらい校庭が広い。
運動場やテニスコートの他にバラ園と呼ばれている四季の花々が植え込まれた西洋風の庭園が有り、中央には噴水まで有って所々にベンチが置いてある。
噴水の辺りには女の子たちが結構たむろしているのだが、端の方に行くと時折恋を語り合う生徒の他あまり人はいない。 と、聴いていた。
別段花に興味もない俺は初めて足を踏み入れて薔薇の薫りにむせ返りそうになりながら奥の方へと入っていく。
他の花も咲いているのだが流石に五月の薔薇は見事に咲き誇っていて、甘美な薫りにクラクラしながら人気のない奥のベンチにむかって歩いた。
色とりどりの薔薇やひらひらと舞う沢山の蝶を見ながら歩いていくとまるで桃源郷にでも迷い込んだ気分になる。
環の奴、ここに連れてきてやったら、きっと狂喜乱舞するんだろうな。
にんまりしながら生け垣を回り奥のベンチに座ろうとした俺の足が止まる。
そこには半身を預けるようにベンチの肘掛けに腕を廻し、ゆったりと腰を掛けたまま俺を見つめるアイツがいたんだ。
本物の・ア・イ・ツ
「あ!」
「しっー!早く座って」
アイツはひんやりした手で、凍り付いたように突っ立っている俺の手首を掴むとぐいっと引っ張った。
倒れ込むように座った俺はあわてて二人の間に隙間を空けた。
「どうして・・こんな所にいるんだ」
「ふふ、志賀さんこそ」
軽く切り返された。
「志賀さんに振られたって、慎が泣いてましたよ」
悪戯っぽい口調で訊いてくる。
「今日は学食だったし、別に必ず一緒って訳けじゃない!」
語気が荒くなる自分に驚いて思わず口籠もる。
「それに・・慎は・・えっと、郷守くんの所に行くって言ってたから・・」
「郷守くんじゃ呼びにくいでしょ?慎と同じように僕のことも【蓮】と呼んで下さい」
「え、でも・・」
「僕では、あなたの友人になれませんか?」
少し不安げに覗き込きこまれて、胸がきゅんと痛んだ。
「と、とんでもない。そんなこと!」
「うれしい・・・・・」
蓮は呟いて、俺の手を握ると花が咲くように可憐な顔を綻ばせた。
どうか、俺の鼓動が聞こえません用に。
「僕たちはなかなか普通の友人を持つ事が出来ないんです。
村のものは特別扱いしてくれるし、街の人たちからは遠巻に見られるだけだから。
でも、あなたは違う。
初めてあなたを見たときからきっと僕にとってかけがえのない人になると感じていました。僕はもう一度あなたに逢えるのをずっと待っていたんですよ。
ああ、ご免なさい、僕一人で勝手なことを言ってしまって。あなたは僕のことなど憶えておられないかも知れないのに」
乳白色の頬にさっと赤みが差してはにかむ蓮は周りの薔薇など霞ませてしまう。
俺だって・・あんたにもう一度逢いたくて・・・その為だけに此処に来たんだ。
「俺・・・」
忘れられるはずなんて無い。ずっとあんたのことばかり想ってた、考えてた、この想いが何なのかって・・・。
慎に遭ってただ美しさに憧れてただけだって解った時は心底ホッとしたのに・・・・ずるいよ・・今更俺の前に現れて、こんなに夢中にさせるなんて・・・・・俺はやっぱりあんたの友達なんかになれない・・・
「俺、もう行かなきゃ」
苦しい胸の想いを断ち切るように立ち上がる。
「じゃあ、僕も行こう。あんまり長い間隠れていると後が恐ろしい」
蓮は屈託無く笑うと俺の横を歩き始めた。
蓮の肩が俺の腕に触れて、制服から覗くほっそりした首筋や、華奢な肩に手を伸ばしたくなる。
「あれ?ちょっと止まって」
蓮の細い指先がとまどう俺の髪に伸びて来た。
「ねっ、花びら」
頬につま先立った蓮の吐息が掛かり、俺は堪らず蓮を抱きしめると、花のような紅い唇を奪っていた。
嵐のような一瞬が過ぎ、我に返った俺は、
「ご、ごめん!」
唇に指を置き、蒼ざめて立ち竦んでいる蓮を置き去りにしたまま、俺はバラ園を後にして駆けだしてしまった。
どっぷりと自己嫌悪に落ち込んだ俺は教室に戻ってからも、全く午後の授業に身が入らなかった。得意なはずの数学も問題の意味さえ何度読んでも解らない始末だ。
ほとんど、クラスの連中がいなくなっても俺はまだ自分の机にボーと座ったままだった。
なにかの用事で担任に呼ばれた慎は俺の姿を見つけると嬉しそうに帰り支度を始める。
「勇貴!待っててくれたんだ。よかったら帰りに駅前に寄ってかないか?」
鞄に持ち物を詰めながら慎が誘う。
「別に構わないけど・・お前とだけならな」
別に・・待ってたわけじゃないんだけどな・・・
無邪気に喜ぶ慎の顔を見るのも辛くて自分の手元に目をやる。
「何だ?俺とふたりだけって、変な奴」
椅子に掛けていた上着を着ながら、何も知らない慎は俺に笑いかける。
「赤鬼も青鬼も今日は道場で小学生に指南する日だし、蓮は黒鬼が迎えに来ることになってるからいないよ」
ほっとする気持ちの裏に、【黒鬼】が昨夜の男だろうと思うと焼け焦げるような想いが沸き上がる。
「だから、ふたりきりって、わけさ」
俺の気持ちなんかお構いなしに、慎は軽くウィンクを送ってきた。
慎なら平気なのに・・・
教室を出ようとして立ち上がると、静まり返っていた廊下を誰かが騒々しくこの部屋に走ってくるのに気づいた。
「やめて!黒沢さん」
「離すんだ!蓮」
「嫌だ!」
慎と俺しかいない教室に息を切らしたふたりが縺れあうように入ってきた。
「なにしてんだ?蓮と黒鬼は」
青ざめる俺の横で、慎が素っ頓狂な声を出した。
「慎は黙ってろ!貴様が志賀勇貴だな」
男は凛々しい顔に憎悪を漲らせて俺の襟首を掴み上げた。
「やめろ!黒鬼!なにがあったか知らないが俺の親友に手を出すな!」
素早い動きで割ってはいると俺を掴んでる黒鬼の手首を慎が満身の力を込めてもぎ取った。
ソイツに話したのか・・無理矢理キスされたって・・・
切ない想いが胸に広がる。
「いいんだ、慎」
冷たいくらい冷静な声が出る。
慎を脇に押しやると、教室の入り口で目に涙を浮かべてしゃがみ込んでいる蓮に声を掛けた。
「ごめんな、いやな思いさせて。あんたが俺を殴って欲しいって頼んだんなら、あんたの気が済むまで何発でもいいから」
言い終わると同時に黒鬼の拳が飛んできた。
男らしく踏ん張ろうとしたけど、なさけなくもドシンと尻餅をついた。
唇が切れて血の味がする。
「謝らないで!」
蓮の悲痛な叫び声に、もう一度殴りかかろうとした黒鬼も後ろから羽交い締めにしていた慎も、もちろん俺も殴られたことなんか忘れて一斉に蓮を見た。
蓮は堪えきれないように嗚咽を漏らす 。
「そ、そんなつもり・・じゃなかった・・ あなたを・・殴って欲しいなんて・・おも、想うわけ無いじゃない・・ずっと、ずっと・・あなたを想ってきたのに・・なのにどうして、どうして謝るの?僕のことあなたも想ってくれたから・・・してくれたんじゃなかったの?」
頬を伝う涙を拭おうともせず震える声で俺だけを見つめてぽつりぽつりとはなす。
「いやじゃなかったって・・・思ってもいいの?」
這うように側によって掠れ声できく俺に蓮はこっくりと頷いてくれる。
「結局、勇貴が何をしたって?」
イライラと慎が訊く。
俺と蓮が赤くなって返事に困っていると、吐き捨てるように黒鬼が言った。
「こいつが蓮にキスしやがったんだ!」
「キ、キス〜?」
大きな目をさらに見開いて、慎はまじまじと俺を見た。
「お前、以外と手が早いんだな。俺も気つけよぉ」
「お、お前にはしない!」
即座に否定する。
「ふ〜ん。じゃ、蓮にはまたするのか?」
「え?いや・・その・・」
肯定も否定も出来ずに耳まで真っ赤になっている俺を嬉しそうに慎はからかう。
「慎、なに馬鹿なことをいってるんだ!」
鬼のような形相で黒鬼が今度は慎を詰る。
「ばかだな〜黒鬼。蓮が嫌がってるんなら、いくら勇貴でも許せないけど、当の本人がいいっていってるんだぜ。俺たちの出る幕なんてねえじゃん」
それだけ云うと、蓮を優しく抱き起こして、ゆっくりと背中を撫でる。
「もう大丈夫だから泣くな」
「ごめんね慎。心配かけちゃって」
「バカ。気にするなそんなこと。
ああ、そうだ勇貴借りるぞ。ちょっと駅前に寄ってから帰るから」
「借りるって・・慎・・」
安心しきったように慎に凭れている蓮に笑顔が戻った。
仏頂面をしたままの黒鬼を慎が先に連れ出すと俺と蓮だけが誰もいない部屋に取り残された。
「ご免なさい、僕のせいで・・」
蓮は白いハンカチをポケットから取り出すと俺の唇にそっと当てる。
「痛っ〜」
忘れていたはずの痛みに顔を顰めると蓮はまた、今にも泣き出しそうな表情になる。俺はあわてて笑顔を作り、首を横に振った。
「大丈夫、このくらい何でもないよ。 あっ、ハンカチご免な?汚しちゃって。新しいの買って返すから」
蓮はハンカチを受け取ろうとする俺の手から逃げるように後ずさった。
「そ、そんな、僕のせいで怪我したのに。気にしないで」
身構えるように蓮は血の付いたハンカチを胸の前でしっかりと握りしめて、震える声で話す。
暫くなぜ蓮が俺から逃げるのか解らずにただ呆然としていた俺は、蓮の強張った顔を見ている内にようやくその意味が飲み込めた。
なんだ、俺のこと気にして・・嫌じゃないと言ってくれただけなのか・・・
そう気づいたとたん、俺はおめでたい自分に無性に腹が立ってきた。
優しくて綺麗な蓮、あんた残酷な人だな・・・
唇を噛み締めて地面に落ちている鞄を手に取り、踵を返すと振り向きもせず教室を後にした。
「志賀さん?」
小走りに蓮が追ってくる。
「怒ってるの?」
心配そうに訪ねる。
「なにも・・・怒ってなんかいない」
そうさ、ばかな自分が腹立たしいだけなんだ。あんたも俺のことを想ってくれていたなんておこがましいことを一瞬でも信じたなんて。
「ぼ、僕、黒沢さんに話してなんかいない。 ね?信じてくれるよね?」
懇願するように俺の腕を恐る恐る掴もうとする連を振り切って、俺は冷ややかに言い放った。
「そんなこと、別にどうでもいいよ」
蓮の顔から瞬時に血の気が引いた。
俺はそのまま下駄箱まで走っていき、ひもも結ばぬまま運動靴を履くと校門のところで俺を待つ慎を見つけて肩に腕を廻し、黒沢の悪意に充ちた視線も気にせずに黙ったまま学校の外に出た。