Crystals of snow story

*アルカデアをさがして*

[1]

 

いつ頃だったろう・・・・
僕たちが普通の兄弟じゃないって気が付いたのは。

小さな頃から兄は僕をとても可愛がってくれた。

7歳の年齢差がある兄は、幼い僕にとって共働きでほとんどうちにいない両親よりも身近な存在だった。
そしてそれは家庭生活がほとんどの割合を占める幼い幼児にとって世界中で一番身近な存在と言うことなのだ。

小さな頃の記憶はすべて兄と共にあった。
笑った顔も泣いた顔もすべて兄の横にあったのだ。

僕の一番古い記憶は兄の背中。

たぶん4さいころの記憶だろう。
転んで膝をすりむいて泣いていた僕を兄が慰め、背負って家まで連れて帰ってくれたんだ。
真っ赤な夕焼け雲の光に染まる、兄の白いポロシャツ。
幼い僕からすればまだ10歳すぎの兄ではあったけれど大人と変わらないくらい大きくて広い背中に思えたんだ。
もう怪我は痛くなかった。
兄は僕を守ってくれる存在。
兄さえいればなにも恐くないと信じ込んでいたあのころ。
優しくてハンサムで体格もよかった兄。
友達が「純ちゃんのお兄ちゃん優しくていいなぁ」と言ってくれるたびに僕はとても嬉しかったのを覚えている。

僕は大きくて優しい兄の笑顔が大好きだった。

保育園に迎えに来てくれるのはいつも学校帰りの兄だった。

お風呂に入れてくれるのも兄だった。

夜、お布団の中で絵本を読んでくれるのも兄だった。

おやすみのキスをくれるのも兄だけだったんだ・・・・・・

そんな僕が兄を拒めるはずなど無かった。

触れるだけのキスがいつしか啄むようなキスに変わり、いつ頃からだろうか『キス』が『くちづけ』になり、胸が苦しくなるものに変わったのは。

兄が中学に上がるのを機に母の言いつけでお風呂には一人で入るようになったけれど、母たちのいない日は「内緒だよ」と兄が必ず入って来るようになった。

兄は丹念に僕の身体を洗ってくれた。
隅々までこれでもかと言うくらいに。
僕がくすぐったくて身を捩ると兄は何故かいつも苦しげに眉を顰めて僕を強く抱きしめるようになった。

「お兄ちゃん?どうしたの?また、苦しいの?」

僕が訊くと必ず兄はこう応えた。

「純が好きで好きでたまらないんだ。でもね、このことは誰にも内緒だよ。二人だけの秘密だからね。さぁ、いつものようにしておくれ、もうとても辛いんだ」

僕は白く煙る蒸気の中、兄に教わった通りの方法で兄を苦痛から解放して上げる。
幼い小さな手のひらの中、兄は小さなうめき声を上げながら僕を抱く腕に力を込めた。

僕の手の中に熱いものが迸るとき、兄はいつも切ない声で僕の名を呼んだ。

「純・・・・あいしてる・・」と

兄の中で快楽と苦渋が激しくせめぎ合っていることに僕が気づいたのはもっとずっと後のことだった。

僕は兄が望んでいるからこその行為だと思っていた。
世の中のすべてより兄が一番大きな存在だったのだ。
その兄のする事に幼い僕が疑問など持つはずも持ちようも無かったんだ。
言葉通りに受け止めていた。
兄は僕のことが好きなのだと。

高学年にもなれば、僕たちのスキンシップがほかの兄弟とは違うと言うことに僕も薄々気づき初めはした。
それでも、ごくごく幼い頃からそうしてきた僕にはそれほど希有なことのようにも思えなかったんだ。

ほんの少し、僕たちはほかの兄弟より仲がいいのだと思っていた。
僕は兄に抱きしめられるのもキスされるもの決して嫌じゃなかったからだ。

そんな風になんの疑問も持たず、ことの善悪などわからない僕の笑顔が兄を狂わせていったのかもしれない。

背徳という苦悩を兄はきっと何年も一人で抱え込んでいたのだろう。
僕がその笑顔を初めて曇らせたその夜、それは堤防を超えて、堰を切るように流れ出てきてしまった。

あれは、僕の11歳の誕生日、兄が18歳の初夏のことだった。
その年、高校に入学した兄は新しく出来た友人の何人かを家に連れてくるようになっていた。
高校から割と近く、両親が昼間はいない所為もあって、彼らにとっても、ここはきっと居心地のいい場所だったんだと思う。

一ノ瀬琢磨・・・・・・彼もその中の一人だった。

 

次回へ

 

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