★☆★いつか見た夢★☆★

 

( 10 )

 


神谷の返事を聞こうともせずに、敦は掴んだ腕ごと神谷を部屋の中に招き入れた。

「どうぞ、散らかってますけど」

小さなダイニングテーブルのイスを神谷の為に引いてやり、テーブルの上に載ったままになっていた、雑誌を横の棚に押し込んだ。

散らかっていると敦は言ったが、独身男性の一人暮らしにすれば、それなりに片づいている方だろう。

モデルルーム並とは言わないが、男っぽい生活感を漂わせながら、数少ない家財道具や、雑貨がきちんとあるべき場所に収まっていた。

ツードアの黒い冷蔵庫から、とりあえず缶ビールを取りだした敦は、ビアグラスと一緒に神谷の前に置いた。

「先に飲んでてください。俺なんかつまみ捜しますから」

もう一度冷蔵庫を覗き込みながら、敦はウインナーと冷凍の枝豆を出して手際よく個別にボイルし、乾き物を入れてあるタッパーから柿の種を移して、小さなテーブルの上にてきぱきと並べた。

「相変わらず、手早いな、椎名は・・・・」

何度か休みの日に一緒に食事を作って食べたことがあるのだが、そんなときも大抵料理を作るのは敦だった。

姉たちにままごとの延長上で台所での手伝いをさせられていたからか、敦は大きな身体ではかなり窮屈なシンクに背を丸めながらいつも器用に料理を作った。

普段もまめに朝食などは自分で作るので、冷蔵庫にも色んな食材が常にキープされているのだ。

それに引き替え、ほとんど自炊らしい自炊をしない神谷の部屋の冷蔵庫には、缶ビールやペットボトルのお茶のほかは、マヨネーズやケチャップと言った調味料しか入っていない。

「こんなのは、茹でただけですから。
なんだ、神谷さん先に飲んでてくださいって言ったのに」

イスに腰を下ろした敦は、銀色のプルトップを引き抜くと、神谷のコップに注ぎ、そのまま自分のコップに残りを入れる。

「なんにもないですけど、さ、どうぞ」

敦に促されて、コップを手に取ったものの、神谷は何かを逡巡しているかのように何度も視線をチラチラと敦に向けてくる。

その視線が気になって、敦もグラスを空けることが出来なくて、よく冷えたビールを入れたグラスに浮き出た雫が神谷の小指に伝ってつぅっーーと手首に流れるのを、ただ、黙ったまま見つめていた。

マンションの空間が異次元になったような気がした。
息苦しい圧迫感と、微かに沸き上がる甘い疼き・・・・・・

好きな人とふたりっきりで部屋にいるのだということを痛いほど敦は感じて、大きくなる鼓動が神谷に聞こえはしないかと不安になり、先に沈黙を破った。

「俺が帰ってくるのを、待ってたんですよね?偶然出くわしたなんて見え透いた嘘は信じませんよ」

「私は・・・・・・ただ、一人でいたくなかったから・・・」

敦の言葉にパッと顔を上げた神谷は、すぐに顔を赤らめて俯いてしまった。

そうだよな・・・・神谷さん、別に俺と一緒にいたかったんわけじゃないんだ・・・・・・

分かってはいても敦は少なからず神谷の返答に傷ついていた。
本当なら恋人である、高瀬川の所にでも行くのだろうが、あいにく今日は出張でいないことを、敦も朝永から訊いて知っている。

「俺・・・・あなたのこと好きなんですよ?知ってますよね?」

「椎名・・・それは・・・・」

神谷が、唇を噛んで返答を濁した。

認めてしまえば、今の関係が壊れることは敦にも神谷にも分かっていた。
だから、敦も今まで想いを口にしたことは無かったのだ。

それでも、時折、神谷のうち解けた甘えるような態度に、自分の気持ちに気が付いていると感じさせる何かがあった。

神谷が「椎名くん」から「椎名」に呼び名を変えた頃から、敦は暗に「君は私のことが好きなんだろう?」と言われているような気がしていたのだ。

「何故、俺なんて待ってたんです?神谷さんには高瀬川課長がいるじゃないですか」

「椎名・・・・・なんで?」

「なんで知ってるのかって?神谷さんこそそんなに驚いた顔しなくてもいいんじゃ無いんですか?社内じゃ公然の秘密だって聞きましたよ。それに俺、課長とあなたがキスしてるとこ見たことあるし・・・・」

神谷の瞳にサッと動揺の色が走る。

「俺なら、あなたに惚れてるからいつでもあなたが呼べばしっぽを振って相手をするとおもったんでしょう?」

敦は枝豆の鞘から乱暴にまめを取りだし口に放り込む。

「課長がいないから俺を待ってたんですよね?」

畳みかけるように矢継ぎ早に出す言葉にどうしても険が混じる。

「ちがう・・・・」

敦の攻めるような問いに、神谷は大きく頭を振った。

「高瀬川さんの変わりなんて、そんなとこ全然考えてなかった。
私は、ただ・・・・
・・・・ただ、椎名なら一緒にいてくれると思ったんだ。
ごめん・・・・私が悪かった・・・・」

「俺なら、安全マークだと思ってるんでしょう?神谷さんがいて欲しいと言う間だけ、俺がニコニコとそばに付いてるって思ってるんだ。
俺が自分をセーブ出来なくなるとは考えないんですか?俺、あなたに惚れてるんですよ?」

「惚れてる?」

敦のきつい言葉に、神谷は悲しげに顔を歪め、笑った。

「椎名が私に好意を持ってくれてるのは知ってたよ。だけど、そんなんじゃないと思ってた。
いいよ・・・・・・椎名がしたいなら、したいようにすればいい・・・・」

手のひらの中で温くなってしまった、ビールを一気に飲み干すと、神谷は黙ったまま胸元のボタンを一つずつ外して行った。