★☆★いつか見た夢★☆★

 

( 11 )

 

今目の前で神谷の取っている行動が把握しきれなくて、敦は身じろぎもせずに神谷を見つめていた。

無言の部屋にはクーラーの出す、唸るようなモーター音と神谷の立てる衣擦れの音だけが聞こえる。

心持ち俯きながら、神谷がシャツのボタンをひとつづつはずすと乳白色の胸元が少しずつ現れてくるのだが、そのゆっくりとした動作自体がまるで夢の中の出来事のようで、声を掛けると消えてしまいそうなほど儚い美しさを帯びていた。

すべてボタンを外し終わった神谷のシャツは薄い肩をすべりおり、両腕が抜き出されると、神谷の膝の上に手早く小さく折り畳まれた。

「ここで、下も脱ぐ?」

両手の中に折り畳んだシャツを持ったまま、スッと顔を上げた神谷はまだグラスを握ったままの敦に問いかけた。

いったい、何が起こってるんだ?

神谷の言葉が耳から入って大脳に届いても、敦にはとても眼前の光景が現実に起こっていることだとは思えなかった。

もちろん、好きだと自覚してからは、キスやそれ以上のことを神谷とすることを考えないほど、敦だって聖人ではない。
実際には男同士がどういう風にするものなのかは分からないが、出来ないわけでは無いことを敦だっておぼろげな知識ながら分かっていた。

でも、まさか・・・・・

神谷さんは好きでもない俺と寝るなんてことが出来るのか?

それとも・・・・・俺のことを少しは思っていてくれている?

もしかしたら・・・・・

甘い期待がほんの僅かだが敦の胸に拡がった。

一人ではいたくないときに神谷は自分を待っていてくれた。

つまりは、神谷は自分を必要としてくれていると敦が思ったとしても当然のことなのかもしれない。

敦は決して、思い上がりの激しい男ではない。

どちらかと言えばおおらか性格には似合わないほど慎重な部分もある。

だからこそ、恋人の存在が匂う神谷にはいくら思いが深くなっても、いままでいちども思いの丈をうち明けようとはおもわなかったのだから。

だからそんな、敦にとって、神谷が好きでもない相手に身体を任せるということが考えられなかったのだ。

敦自身がそうだったからかもしれない。
今までに身を焦がすような恋をしたことはなかったが、つき合う相手は常に一人だけだった。

高瀬川課長の変わりなんかではないと、今さっきはっきりと神谷さんは言ったじゃないか。

引っ越しの日以来、神谷の部屋に誰かが来ていると感じたことはなかったし、課長らしき人影を見たのもたったの2回だけだった。

もしかしたら、もうすでに課長とは終わったっているのかもしれない。
今はもしかしたら・・・・・・

「神谷さんも・・・・俺のこと?」

ゆっくりと、神谷のそばに顔近づけて、敦は小さな声で尋ねた。

好きなんですかと、続けて訊きたかったが、やはり怖くてその言葉を口にすることが出来なかった。

神谷が何かを言おうとしたのを遮るように敦の唇が神谷の唇を塞いだ。

返事を訊くのはもっと先でもいいとおもったからだ。

神谷が過去だというのなら高瀬川とつき合っていた事実があったって構わないと思った。
自分にだって、過去の女性関係はある。

神谷もそうだと、思いたかった。
今は、誰のものでもないのだと。

今は、まだ敦のことを本気で好きではないとしても、少しずつ好きになって貰えばいいんだ

『椎名が私に好意を持ってくれてるのは知ってたよ』

そう言って、自分を受け入れても良いと、言った神谷の目の前の行動で、椎名はそう思いこんだ。

今は身体だけかもしれないが、いつか心も自分のものになるのだと。

 

二人はもつれ合うように薄暗い奥の部屋のベッドに雪崩れ込んだ。

何度も角度を変えて、重ねていく敦の激しい口づけを神谷は馴れた仕草で受け入れ、自ら舌を絡ませる。

神谷の薄い唇の内部は信じられないほど柔らかくて熱く、微かに残っていたホップの苦みが敦の鼻腔を抜けて拡がった。

直に触れると、ほっそりしている神谷の肌は今まで知っている幾人かの女性の柔らかな肉感とは違い陶器のようななめらかさと硬質感があった。

まるで、綺麗で繊細な作り物の人形を抱いているような気がした。

己の大きな身体で押しつぶしてしまわないように、壊してしまわないように敦は体重をかけすぎないように片肘で身体を支えて神谷に寄り添う。

首筋から鎖骨に唇を這わせながら、開いた腕で身体をなぞり降り、たどり着いた下肢からズボンを引き抜きぬいた。

だがこれから先何をどうすればいいのかがわからない。

「神谷さん・・・・俺・・・・その・・・」

戸惑う敦を潤んだような瞳で見上げた神谷はちょっと困ったように首を傾げながら椎名の肩のシャツを掴んだ。

「えっと・・・椎名って、初めて?もしかして、女性経験もないとか?」

「いえ・・・その・・・女の方はあります・・・」

「だったら、大丈夫だとおもうよ。それほど・・・・する事に変わりはないらしいから」

言葉に詰まりながらそう応えると、神谷は敦の手をぎこちない仕草で、そっと導いた。

「神谷さん・・・」

男同士が結ばれるなんてことは、もっと、大変なことかと思っていた。

それ故に女性とさほど変わらぬ自然さで行為が出来ることに驚き、憧れの人を征服する行為に震えるような喜びを感じた。

組み敷いた硬質な陶器が、時折漏らす甘い声と共に柔らかく溶けだしていく。

僅かな抵抗感を押し破り、敦に開かれた神谷の深淵は、唇の内部と同じように信じられないほど、熱を帯びて柔らかくて敦を包み込んでいく。

「し、椎名・・・あぁ・・・」

歓喜の声をあげて敦にしがみつく神谷に、敦は何度も何度も囁いた。

「愛しています」と・・・・・・・

その言葉は決して、声にはならなかったけれど。




ぐったりと身体をベッドに投げ出しながら、うつらうつらしている神谷の柔らかな髪を指先に絡めて弄んでいると、鴨居にかけて置いたスーツの上着の中から、聞き慣れた携帯の着信音がなっているのに気が付いた。

ぼんやりとした視界の中で、枕元に置いてある目覚まし時間を見ると時計はすでに12時を過ぎていた。

いったいこんな時間に誰からだろうと怪訝に思いながらも身体を起こして、もそもそと携帯を取りに行くと、すでにメロディは途切れているが、朝永からの着信があったことを、明るいオレンジ色の液晶画面が教えてくれた。

「こんな時間になんだよ?」

折り返し電話を掛けると、すぐに電話に出た朝永に訊いた。

「こんな時間って、1時間以上も前から何回も掛けてるのにお前が出ないんじゃないか!」

反対に不機嫌そうな声で怒られてしまった。

うそ・・・・全然気が付かなかった・・・・・・・

「わ。わりぃ・・・ふ、ふろ、そ、そうだ風呂はいってたんだ」

あわ、あわと言い訳する不審者のような敦だが、さほど不審がらずに朝永が忠告する。

「なんだ?酔っぱらって風呂で寝てたのか?危ない奴だな・・・・溺死することもあるんだから、気を付けろよ」

「あ、ああ、今度から気を付けるよ」

「ところで、神谷さん知らないか?」

ドキッ!!と敦の心臓が跳ね上がった。

いや、実際に数pその場で飛び上がったかもしれない。

「な、なんで?」

「いやね、課長から敦の電話番号を教えてくれって言われて教えたんだけど、お前、電話でなかっただろ?
だからさっきまた掛かってきてさ。
どうも、神谷さんに連絡取りたいのに取れないからお前がに見てきてもらおうと思ったらしいんだけどな。
神谷さん見掛けたら明日の朝でも良いから課長に電話するように言って置いてくれないか?」

「高瀬川さんが?」

いったい、今更なんのようなんだよ・・・・・・

朝永が敦の気持ちなどお構いなしに受話器の向こうでおかしそうに笑う。

「あの課長が、神谷さんに連絡が取れないってだけで、なんか、おたおたしててさ、可哀想だから、頼んだぜ。じゃな、おやすみ」

電話を切って、充電スタンドに携帯を差していると、

「高瀬川さんがどうかした?」

すぐ後ろから眠っていたはずの、神谷の声がした。