★☆★いつか見た夢★☆★

 

( 12 )

 

ハッとして、敦が振り返るとさっきまで眠っていた薄暗いベッドの上で神谷が手早く衣服を身につけていた。

敦の立つ場所からはリビングから漏れる光だけしかなく神谷の表情は容易には読みとれない。

しかし、その落ち着き払った動きからは、なんら、慌てた様子はうかがえなかった。

「課長から電話だったんだろう?きっと私がいないから心配して椎名にまで掛けてきたんだね」

敦が黙ったまま立っていると、ズボンを身につけ終わった神谷はイスにたたんで置いていたシャツを取りに明るいリビングに現れた。

青白い蛍光灯の下で改めて見つめ直した神谷の白い胸には、今さっき敦がつけた薄紅色の情交の名のこりがうっすらといくつも残っていたが一つだけその存在を誇示するかのようにはっきりと紅色の印が鎖骨のあたりに咲いていた。

さっきは無夢中で気が付かなかったんだ・・・・・・・

自分が付けた印とは明らかに違う他人の印から敦は辛そうに歪めた眼差しをサッと外した。

まだ数日と立っていないだろう証に、深夜の電話。
いくら敦が思いこもうと努力しても、高瀬川と神谷の間が終わった仲だとは思えなかった。

それでも、敦はその事実を認めたくなかった。

一夜限りの遊びだったってことか?

うそ、うそだよな・・・・・・・・・

帰り支度を淡々とすませようとする神谷に、敦は自分の携帯を差しだした。

「ここから電話してください」

グッと、奥歯を噛みしめながら、敦が振り絞るような声で言った。

「椎名?」

「高瀬川さんがあなたに連絡が取れないから、心配してるって・・・・・だからここから電話してください」

「今の電話は、じゃあ、課長からじゃなかったの?」

「今のは朝永からです。高瀬川さんわざわざ俺の電話番号を朝永に訊いたそうです」

「そう・・・・・・・いいよ。私が部屋に戻ってからかけるから」

敦の電話を受け取ろうとはせずに、神谷はそのまま玄関に向かって歩き出した。

その神谷の身体を追いかけた敦が玄関先で抱きすくめる。

「いやだ・・・・・」

もう一度、腹の底から絞り出したような声が椎名の噛みしめられた唇から漏れた。

「神谷さん・・・・嫌だよ・・・」

さっきまで自分のものだったはずの神谷の身体に敦は縋り付いた。

「課長の変わりなんかじゃ無いって・・・神谷さん言ったじゃないですか・・・なのに、なんで・・・・なんで・・・・」

帰ってしまう・・・・・・・

今、この腕を放したら神谷さんは高瀬川課長の元に帰ってしまう・・・・・・

夢だと思いたかった。

こんなことなら、さっき抱きあったすべてが夢ならいいのに・・・・・

放さまいと抱きしめている腕の中で神谷が小さく息をつくのが聞こえた。

「椎名・・・・わかったから、電話貸して・・・・ここから掛けるから」

スッと敦の手のひらから抜き出した携帯のボタンを神谷は椎名の腕に抱かれたまま器用に親指だけで押していく。

ピ・ピ・・パ・ポ・・・

おなじみの電子音が終わると、すっぽりと収まっている胸の中の耳にあてた。

「課長?私です」

神谷が携帯を片手に向かって話している。

抱いている敦の胸には椎名が話すたびに小さな振動が伝わり、時折電話機の向こうから微かに相手の声が漏れ聞こえてきた。

「ええ、今、椎名くんの部屋にいるんです。スミマセン。携帯部屋に置いたままでできたものですから・・・・・」

「知ってます・・・・・・来週の金曜日に帰ってくるそうですね・・・大丈夫ですよ。心配しないで下さい。課長もお気をつけて・・・・お休みなさい」

電話が終わると神谷は敦の腕の中でくるりと身体を反転させて、小さな顔を上げた。

「これで、いい?」

「あ・・・・はい・・でも・・・」

「なに?」

「こんな時間に俺の部屋にいて、課長は何も・・・その・・・・言わないんですか?」

俺ならきっと、恋人がこんな時間に誰かの部屋にいたら、きっと怒鳴りつけて、相手をだせって言うだろう。

それとも、俺なんか、何とも思われてないんだろうか?

「前にも、言っただろう?私には恋人なんていないって。
高瀬川課長も私のことを恋人だなんて思っていないよ。
私のことを心配してはくれても、私が今、椎名の部屋にいることをあの人は咎めたりしない・・・・・そう言う関係なんだ、私たちは」

「じゃぁ、俺のために、そんな関係もうやめてくれますよね?俺大事にしますから、俺・・・・・神谷さんのこと」

興奮気味に敦が愛の言葉を口にしようとしたとき、神谷の指先が椎名の唇にあてられた。

「椎名・・・・・・私はね、愛だとか恋だとかはもう、まっぴらなんだ。
私は椎名のことが嫌いじゃ無いから、出来れば今まで通り椎名とつき合って行きたい。
そのためにもし、椎名が私と寝ることが必要なんだと言うのなら、私は別に構わないよ。ただね、好きだとか愛してるとか、大切にするとかって言うのはやめて欲しいんだ。
もちろん、椎名を束縛したりしないし、私もされたくない・・・・・わかる?」

神谷さん・・・・・何を言ってるんだ?
俺とも寝てもいいけど、課長とも切れるつもりはないってことかよ?

「そ・・・そんなのは・・・・嫌だ!どこの世界に好きな相手が誰と寝ても平気な奴なんかいるもんか!!」

「そう・・・・・残念だね」

神谷がスルリと椎名の腕の中から抜けて微笑んだ。

「ねえ、椎名・・・・・椎名なら可愛い女の子がいくらでも好きになってくれるよ。私のことなんか早く忘れた方がいい・・・・」

狭い玄関先に、神谷の声が虚しく響いた。

To be continued・・・・