★☆★いつか見た夢★☆★
( 13 )
パタンと重たいマンションのドアを後ろ手に閉めた。
むあっとする不快な蒸し暑さが身体を包み、空調を利かせ心地よかった敦の部屋との落差に、神谷はあからさまに顔を曇らせた。
私は何をしてるんだろう・・・・・・
喘ぐように新鮮な外気を求め、マンションの共有部分にある手すりを掴んで大きくを息を吸うと、すっかり眠りに落ちている街を見下ろしながら自問した。
暗く静まりかえった箱庭のような街を、時折思い出したように眼下を通る車のヘッドライトが、照らしていく。
敦に酷いことを言ってしまったという自覚はあった。傷ついた瞳で見つめられるのが辛かった。
ここ数ヶ月、敦の気持ちに気づきながら利用してきたのは他でもない自分なのだから。
敦の屈託のない笑顔が好きだった。大きな身体で照れたようにはにかむ姿が好きだった。
まっすぐに向けられる好意が心地よかった。
昔、昔、まだ、男同士で恋愛が出来るなんて思いもしなかったあの頃を、今思い返せば一番幸せだったあの頃を再現しているようなそんな気がしていたから。
ただの先輩に対する好意以上の熱心さで、けれども決して愛情の押し売りをすることも熱烈な愛の告白をすることもない敦の態度は神谷にとって至極心地の良いものだったのだ。
あんな風な心地よさを感じたことがあった。ただ、一緒にいることが、幸せだと思えたことがあった。
特定の誰かに執着することが怖くて出来なかった神谷の心を溶かして、少しずつ染み込んでいくように、入ってきた心がかつてあった。
感覚の再現を夢見ていたのかもしれない。
昔々、彼といるだけで幸せだった。
屈託のない笑顔が好きだった。
自分にはない、おおらかさが好きだった。
だから、彼が求めているものがただの友情以上のものだと知ったときにも、驚きはしたものの、拒むことはしなかった。
愛されているのだと思っていた。
愛を交わす行為は愛情の証だとそのころの神谷は信じていたから。
愛しているからこそ出来る行為だと思っていた。
愛していない相手に肌を許すことなど出来ないと信じていた。
そう、確かにあのころは・・・・・・・・
それが今はどうだろう・・・・・・
愛などなくても、否、愛などない方が簡単に肌を許すことが出来ることを神谷は学んだのだ。
だからといって、敦を傷つけて良いことにはならない。
もう、わかっていたはずなのに・・・・・
敦が求めているものがなんなのか・・・・
わかっていたはずなのに、同じ過ちを何度も繰り返す己の愚かさに神谷は自嘲した。
所詮、自分に好意を寄せてくれる相手はそんな対象でしか見てはくれていないのだから。
もう、終わりだなと神谷は思った。
このまま、敦が神谷との距離を置くにしても、この関係が続くにしても、もう昨日までの優しい関係には戻れない。
椎名は高瀬川と別れてくれと言った。身体だけの関係などやめてくれと・・・・・・・
自分なら大切にするからと。あのあと、椎名が言葉にするのを遮りはしたものの、愛していると続けるつもりだったのだろう。
愛なんてものほど、あてにならないものはないのに・・・・・・
愛してると思うから切ないのだ。愛してくれているはずと信じるから苦しいのだ。
愛していてくれたはずなのにと思うから狂おしいのだ。
神谷はゆっくりと、頭を振った。柔らかな髪が夜の闇にサラリと揺らめいた。
ふと、敦と過ごしたこの3ヶ月が懐かしく思えた。
ほんのひととき見ることの出来た懐かしい夢のような気がして。★★★
神谷が出ていったドアがゆっくりと閉まるのを、敦は携帯を握ったまま見つめていた。
ドアがガチャリと重い音を立てた。
まるで神谷との関係を絶つように。
神谷の気持ちが分からなかった。
神谷さんは課長のことを愛しているんだろうか・・・・・・・
そう考えると、まだ神谷の感触が生々しく残っている身体に嫉妬の炎が沸き上がる。
課長は平気なんだろうか・・・・・・
こんな時間に、敦の部屋にいると電話を受けても敦が受けた印象では取り立てて取り乱してはいない様子だった。
神谷が言うように、お互いに束縛し合わない大人の関係だと言うことなのかと、敦は頭を抱えた。同時に何人とも関係を持つとか、お互いに誰とどうなっても良い関係など、どうしても敦には理解できない。
俺なら絶対に許せない・・・・・・・
歯がみするように呟くと、敦は手に持っていた携帯電話を汚れたもののように下駄箱の上に放り投げた。
To be continued・・・・