★☆★いつか見た夢★☆★

 

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放り投げた携帯が唐突にメロディを鳴らし出した。
ビクッと大きな体を震わせた敦の目の前を、小さな機械は生き物のように叫び声を上げながら放物線を描いて降下していく。

驚きに荒くなる呼吸を整えながら、敦は下駄箱にゴトリと落ちた携帯を拾い上げた。

神谷さんだろうか・・・・・・

一瞬、そんな期待が胸をよぎるが、まさかなと振り払って、見知らぬナンバーを表示した液晶にきつく眉を寄せると大きく息を吐いた。

「もしもし、椎名ですが」

敦は大きな手の中にすっぽりと収まりそうな携帯を耳元に当てた。

「夜分遅くにすまないね、高瀬川だが神谷君はまだそこにいるだろうか?」

あまりにも落ち着いた、深みのある大人の声が敦の胸を抉る。

「あ・・・・あの・・」

間の悪い間男にでもなったようないやな気分だった。

神谷が自分を選んでくれたというのなら、敦もこんな風に感じることも無かっただろうし、相手がいくらあこがれの高瀬川課長であっても退くことは無かっただろうが、自分とああいうことがあったというのに全く動じることのない二人の関係に、自分の立場の弱さを思い知らされたのだ。

「言葉を選ばなくてもかまわないよ。
だいたいの成り行きはわかっているつもりだからね」

本来なら罵詈雑言を浴びせられても仕方ないほど憤って当然の成り行きのはずなのに、なぜこの人も神谷さんもこんなに平然としていられるんだ?

わかっているつもりだって、それ、何だよ?

自分が電話をかけてきたら、さっさと神谷さんが俺を置いて帰ったってこともわかってるから確かめるつもりなのかよ?

俺なんか二人にとってとるに足らない存在だって思ってるわけ?

俺と神谷さんの間になにが起きても、そんなことは些細なことにすぎないってことかよ?

「お、俺と神谷さんがどうしてたとか、課長は気にならないんですか?
どうして、何にも訊かないんです?」

つい、高くなってしまいそうな声を低く抑えながら敦はどこにやっていいのかわからない視線をさっきまで神谷と一緒にいた部屋の中を巡らせた。

「気にしたところで起きてしまった事実が変わる訳じゃないからね」

「そんな!」

「すまない、今、君と言い合いをするつもりは私には無いんだ。神谷君がそこにもういないなら・・・・・・」

自分だけが、空回りしている腹立たしさに、高瀬川の言葉を遮った。

「まだ俺の部屋にいます。今、シャワーを浴びていまから、伝言なら伝えておきますよ」

敦のついた嘘に、手のひらの中にある機械が一瞬沈黙した。

「そうか・・・・・・いや、特に用事があった訳ではないんだ。私は今週いっぱい帰れそうに無いとだけ伝えてくれないか。こんな時に済まないと・・・・・
しばらく、神谷君を頼んだよ」

それだけ言うと、高瀬川の方から電話は切られた。

「くそ!」

つまらぬ嘘をついた自分にも、平然と神谷を頼むと言ってのける高瀬川にも敦は腹が立っていた。

しばらく頼むってどういうことだよ?
自分のいない間は俺にあずける?

神谷さんは犬や猫じゃないだろ?
しばらく帰れないから、俺に頼むだって??
なに考えてんだよ、まったく・・・・・・

むしゃくしゃしながら、ごろりとベッドに転がった敦の鼻孔に、微かに神谷の残り香が香った。
とたん、今まで怒りでいっぱいだった胸の中が切なさに取って代わる。

「神谷さん・・・・・・・」

ついさっき腕の中に確かに抱きしめていたはずの神谷の感触を求めるように、敦は神谷の匂いの残る寝具をぎゅっと力を込めて抱きしめた。

 

★☆★

 

「おはよう。椎名、あ・・・れ?」

数日後、本社の玄関前で、敦は朝永に後ろから声をかけられた。

都会の真ん中に立つ「HAZAMA電子」の回りにも緑化運動のために、樹木が何本も植えられているせいか、体感温度を何度も上げるかのように蝉が暑苦しい声で鳴いている。

「なんだ、今日は神谷さんは一緒じゃないのか?」

くるりと敦の前に回り込んできた、朝永は涼しげな織り生地のグレーのスーツを着ていた。

新入社員はたいてい紺色のスーツを着回すものだが、朝永は元来おしゃれなのかいつもちょっと毛色の違ったスーツを好んできているのだが、就業時間内はいつも白衣を羽織っているために、あまりそのことは知られていない。

「ああ。それより、涼しそうでいいスーツだな」

「見た目だけな。このくそ暑いのにサラリーマンなんて因果な商売だよな」

そうだなと、うなずいた敦に、

「話の矛先を変えたつもりだろうけど、どうしたんだ?神谷さんは」

微笑を浮かべた朝永が、ん?っと敦を見上げた。

「ちょっとな・・・・・・」

「どうしたんだよ?口ごもるなんておまえらしくないな」

朝永なら、どう思うだろう・・・・・・・

課長と神谷さんのことをさらりと流せる朝永になら、自分の神谷に対する気持ちを敦は分かってもらえそうな気がした。

「うん・・・・・・・・おまえ今夜、空いてる?」

「今夜?空いてるけど、またすっぽかすつもりじゃ無いだろうな」

「今日は大丈夫だって。俺たぶん外回りからの直帰になると思うから、あとで待ち合わせの時間と場所をおまえのデスクに連絡いれるよ」

敦の返事にうなずく、朝永のめがねの奥の瞳がうれしそうな色を浮かべた。

 

その日の昼食後、昼から回る数件の営業周りの資料を取りに営業一課に戻ってきた敦は、部屋のドアを開けるなり、奥のデスクに座っていた課長に手招きされた。

「椎名君、ちょっと出かける前にこっちに来てくれないか」

「はい!」

急いで向かった課長の机の両脇には敦の教育係を担当していた広瀬と、見慣れない長身の男が立っていた。

自分が長身のせいか、滅多に誰かの背丈を大きいなと思うことの無い敦だが、ずんぐりとしている広瀬と対峙する形で立っているその男はやけに大きく見えた。

To be continued・・・・