★☆★いつか見た夢★☆★

 

( 15 )

 

「今度、向こうから戻ってきた、三津浦くんだ。まだ、若いが、今日から課長補佐をして貰う。
広瀬君がいなくなると、君も戸惑うことが多いだろうから、三津浦くんにいろいろと教えて貰い賜え。
彼は、なにせ、未来の常務さまだからな」

課長が楽しそうにはははっと、わらい。
三津浦課長補佐の腕を親しげに叩いた。

確かに若いな・・・・・まだ、30前、もしかしたら広瀬さんと同期ぐらいかな?と思いながら敦がお決まりの自己紹介をし終わると、週明けに渡米する広瀬が帰国したばかりの三津浦に親しげに話し出した。

「三津浦先輩、こいつね、先輩の住んでたマンションにすんでるですよ」

へ??

欧米っぽく初対面の挨拶のシェイクハンズをしていた、敦と三津浦が広瀬の思いがけない言葉に同時にぱちくりと驚きの視線を交わした。

「へぇ?そうなんだ?」

敦とほとんど同じ高さにある瞳が優しく和んだ。

三津浦はいわゆる一般的にハンサムとよぶ顔立ちなのだろう。

高瀬川のように、雑誌から抜け出て来たような、かっこよさではないが、その分、親しみやすさが漂っている。

10人中7.8人までは嫌うこのとのない好感度の高そうな顔立ちの部類である。

そう、たとえば、家柄のいい、適齢期の娘をもつ親ばかに、うちの婿にどうだと、目を付けられそうな・・・・・・・タイプ。

「懐かしいな・・・・・まだ、エントランスをでた正面の大きな赤提灯の店はあるのかな?」

「あ・・・えええ、ありますよ。あそこ、安くてうまいですよね」

「そうか・・・・・・とも・・・・・いや、神谷くんはまだ?」

張り付けたような笑顔を浮かべたまま、一瞬何かを言いよどんで、三津浦は言葉を続けた。

「はい。開発の神谷さんは、お隣に住んでおられます」

「そう・・・・・隣に・・・・・・懐かしいな・・・・」

一段と和ませた目元に三津浦はフッと年相応の笑い皺が浮かばせ、第一印象よりも大人の雰囲気を漂わせた。

たった、3年じゃないですかと、三津浦と並ぶとよりずんぐりとして見える広瀬が会話に入ってきたのを機に、敦は会釈してその場を離れた。

外回りに言ってきますと、営業課から、廊下にでたあと、なんだか、胸の中にまたしても苦い物が広がるような気がした。

今さっき、三津浦さんは「ともみ」と言いかけたんじゃないんだろうか・・・・・・

智視・・・・・・・「とものり」とも「ともみ」とも読める神谷さんの名前・・・・

二人は名前で呼び合うような仲だったんだろうか・・・・・・

三年前まで、あのマンションの中、三津浦さんの部屋や神谷さんの部屋で過ごした親密な時間がもしかしたらあの二人にはあったのかもしれない。

いったい、どうなってるんだよ・・・・・

いらいらとエレベータを呼ぶボタンを数回押す敦の目の前でチンと音をたたて扉が開いたとき、何かがパチンと爆ぜるように敦の頭の中に一つの答えが生まれた。

そうか・・・・・・

そうだったんだ!

これで何もかも説明が付く。

神谷さんのここのところの体調の悪さも。
食堂での異様な様子も、この間の投げやりな態度も・・・・・・

そして・・・・・高瀬川課長の意味深な言葉も。

広瀬さんの転勤に動揺してた訳じゃなかったんだ。

神谷さんが気にしていたのは、気にかけていたのは、ずっと・・・・・
そう、最初から三津浦さんのことだったんだ・・・・・・・

俺は知らなかったけど、きっと広瀬さんの栄転は前々から予定にあったことで、その代わりに三津浦さんが本社に戻ってくるってことを、神谷さんは知っていたんだ。

その期限が3年・・・・・・・・

だから、俺と初めて飲みにいったときに、あんなことを聞いたんだ。

神谷さんはずっと三津浦さんを待ってた・・・・・・

だけど、なにか待ってちゃいけない理由がどこかにあって・・・・・・

だからここのところ、あんなにアンバランスになってたんだ。

転勤をきっかけにして別れてしまった?

それとも遠距離恋愛が耐えきれずに・・・・・・・・

別れてしまっていても、忘れられないほど好きだったんだろうな、きっと・・・・だから、課長のことも本気じゃなくて・・・・・・

でも、本当にそうだろうか?

三津浦さんも神谷さんのことを気にかけていたみたいだし・・・・・

ああ、もう!!何がなんだかわからないよ!


霧が晴れるように、ここ数日の謎が解けたはずの敦に、新しい疑念が山のように次々に降ってわいてくるのだった。

☆★☆

 

敦から連絡を受けた朝永は約束の時間より少し早めに、幾度か同じ科の先輩に連れられて来たことのある、小さなスナックについたのだが、奥にある小さなボックス席で、すでにグラスを半分ほど空けている敦を見つけた。

「わるい、待たせた?かな・・・・・」

急ぎ足で近づきながら、確かめるように朝永は手首のスーツに半分隠れていた腕時計をのぞき込む。

「俺が早かっただけだ、気にするなよ。水割りでいいか?その前になんか腹に入れる?」

華奢なガラス製のマドラーのせいか手早くグラスに水割りを作る敦の手がやけに大きく見えるなと朝永は思った。

「いや、いいよ。夕方に差し入れの饅頭食ったから。
おまえんとこに凱旋してきたろう?三津浦課長補佐だっけ?あの人アメリカに行くまで、高瀬川課長の課員だったらしくて、夕方に挨拶がてら、虎屋の饅頭持ってきたんだ。
課長、週明けまで戻ってこないんだけど、饅頭って結構足早いだろう?だから、みんなでわけて食べたんだよ。
にしても、変な人だよなぁ・・・・・
アメリカ帰りの挨拶に、ふつう、虎屋の饅頭なんか持ってこないよな?」

笑いながら、ボックス席の向かい側に朝永が腰を下ろすと、それまで、からからと氷をかき混ぜていた、敦の大きな手がとまり、じっと、朝永の顔を見つめていた。

敦の顔には何か言いたげで、でも何から話していいのかわからないとでも言ったような、苦悶の表情が浮かんでいる。

「ところで、なに・・・・・?俺に用事があったんだろ?」

いつも浮かべている、嘲笑するような笑みを消した朝永は、さっきまでのどこか浮かれていた気持ちを押さえつけて、あまりいい話題ではなさそうな敦に向かってワントーン低い声音で尋ねた。

To be continued・・・・